村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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ジャズの大巨人 Sonny Rollinsに学ぶ

 ~~「人生で、僕に影響を与えたこと?
9・11同時多発テロだね。
あの一部始終を、すぐ近くの39階の自分の部屋から見ていた。
そして、ずうっと考えていた。
自分に何が出来るんだろう、と」~~



僕の趣味の範疇のことで、のっけから恐縮だが、ジャズの神様的存在でテナーサックスの巨匠ソニー・ロリンズという人がいる。

モダンジャズの世界では、伝説的に崇拝されている人にチャーリー・パーカーと言う人がいて、このアルトサックス吹きからモダンが始まった。
その後は、テナーでは、ジョン・コルトレーン、ラッパではマイルス・デビスなど超人が出現したが、このロリンズも同じグレードに数えられる。

ビッグバンドでは、デューク・エリントンやカウント・ベイシー、古くは、グレン・ミラーやベニー・グッドマンというところだろう。
そして、ジャズの元祖としては、何といってもサッチモ(ルイ・アームストロング)であることは間違いない。

この巨人たちの殆んどが既にこの世にはいないが、未だに第一線で活躍しているのがロリンズで、日本にも毎年やって来るし、今年も来た。
大変な日本びいきの人である。
それに、仏様(仏教)の教えを至上のこととして尊崇している。
今年で丁度、80歳だ。
僕は、兎に角この人のプレイが大好きで、携帯のアドレスにrollinsの文字を入れているくらいだから。

今年の3月11日に、あの大惨事が起こった。
僕も、大きな地震があったので、近くのテレビのスウィッチを入れて、どんな状況かを確認したのだが、ロリンズと同じく、テレビではあったが、津波の一部始終を見ることになった。

ロリンズの心境と僕のそれと違うのは、9・11は、はっきり戦争とはいえないが、アメリカとアルカイダ?との戦いで、人間同士である。
しかし、3・11は、相手は大自然であった。

ソニー・ロリンズは、最近の雑誌の対談で9・11の時の心境を次のように語っていた。




(sax and brass magazine no17より)
「あれをみて、“人間は常に争いあうものなんだ”と気がついたよ。
人間の歴史は常に互いに憎しみ合い、殺し合い、爆弾を落しあうことの繰り返しだ。
これを個人が変える術などない。

その疑問に関しては、私は自分に問いかけることをやめたんだ。
その代わりに、
“自分は何なのか?”
“どうやったらもっと良い人間になれるのか?”
そう問うようにしている。
また、“自分の楽器をどんな風にプレイしたら、人々を心地よくすることが出来るのか?”
ともね。

つまり、私自身に出来ることは、それしかないんだよ。
~~この境地に到達するまでに、80年もかかってしまった」




僕は、このロリンズの対談を読んで、自分自身の心の持ち方を教えられたような気がした。
僕も、3・11のあと、ズ~ト、考えてきた。
「自分に何が出来るんだろう」、と。

思い起こせば、この3月26日に、吉祥寺の駅ビルで震災チャリティーのライヴを行なったが、あの時、聞いてくれたお客さんの中に、僕の演奏で涙している人もいたし、“万札を惜しげもなく義援ボックスの中に入れる人も何人かはいた。
コインは殆んどなくて、多くの人が札であった。

あの時は、自分も役に立って入るのかなあと、おぼろげながら実感していたが、はっきりとした輪郭はなくて、この気持ちは今日まで引きずっていたのである。
「何か、しなきゃ」なのだが、じゃあ、何が出来るんだということになる。
日本人の多くが様々な形で、東北の人たちにあったかい手を差し伸べている。『瓦礫の片付け』や『ヘドロの処理』など、出来ることを、しているのだ。

先のロリンズの発言で、目が覚めた。
そう、『自分のできることをすればいい』のだ。
僕の音色で、周りの人たちを、良い気持ちにさせたい。
それで、いいではないか、と。
戦争を止めさせる事も、津波を止めさせることも出来ないのだから。

さて、どうしたら、もっといい音出せるんだろう。
これから、毎日、基本練習に戻ることになるなあ。

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コメント
彰吾さん、こんにちは。

はい。ありがとうございます!


そうです。
総司の最後の碑の建っているところに、一度は行こうと考えています。


私は、福岡の、高校駅伝で有名な大牟田という所に住んでいます。


まだまだ、では表現おかしいですね。

二、三度行ったぐらいで、分からないですね。

小学校の頃に、八王子に、二回行ったことがあります。

一番上の姉が、八王子の美術学校に在学してて、住んでいるアパートに遊びに行ってました。

後は、兄は地元の吹奏楽部に入部してて、そのマーチングの全国大会を観に、武道館に行ったこと。

東京に行ったのは、それくらいですか。


はい。
まだ、いつ東京に行くか分からないけれど、行くと決まった日の前には、
是非質問・連絡させて頂きます。


ありがとうございます。

失礼します。
2012/09/05(水) 12:07 | URL | うさぎ #-[ コメントの編集]
nhkですか
うさぎさん
すごいところ、目指しているんですね。

良いことです。
そのくらいの、望みをを持ったほうがいい。

でも、NHK交響楽団に入るには、
ジャイアンツと同じですよ。
簡単に一軍には入れない。
レギュラーとして、やれるには、相当な年数が必要です。

それに、
大概は、一流の音楽大学出ですね。
そうでない場合は、特異な才能を身に着けているとか。
でも、
そのくらいの望みって、素敵です。
是非、かなえてください。

さて、
千駄ヶ谷って、総司の最期のところってことですか。
うさぎさんは、どこにお住まいかわかりませんが、
僕は、東京の杉並育ちで、日野住まいなので、
大概のことはわかります。

知りたいことは、どんどん言ってきてね。
それに、そう、
北海道の江差に向かう交通など、
本当に、不便なのですよね。
僕も、困りました。

でも、
あそこまで行ったってこと、すごいです。

僕の前回のコメントの中、
文字化けしているところがありましたね。
どうしてだか、わかりません。
こんかいは、
きちんとしていてほしいな。
また、日野に来るときは、ご連絡してね。

彰吾
2012/09/04(火) 00:50 | URL | 彰吾(癒部 次長} #VvKxtd/k[ コメントの編集]
彰吾さん、こんばんは。

そちらの都合も考えず、話を切ろうとしてしまい、誠にすみません。

彰吾さん、忙しい中、真剣に答えてくださり、ありがとうございます。


元から持っている才能に依存していては、自分をダメにしてしまうんですね。


努力に勝るもの無しとは、この事だったんですね。


なりたい職業。

私は、オケの奏者です。大河ドラマのテーマ曲やBGMを演奏なさっている、NHKの楽団に入れる人間を目指しています。

・・・実現はかなり難しいだろうけど、

実現できるよう、そんな人間に少しでも近付けるよう、頑張ります。




後、話、変わって申し訳ありません。

日野は、良いところですね。2回程行きました。

楽しかったです。


今度、東京に来るときは、のぶ姉さんのお墓や、調布だけれど、近藤さんのお墓にも、行こうと思います。

後は、千駄ケ谷にも。

しかし、東京の電車には、まだまだ慣れません。

なんせ、ごちゃごちゃしてて複雑で(^^;


そして、一人旅で、函館にも行きました。

碧血碑に線香を上げたり、江差に行く途中の、古戦場にも行こうと試みましたが、どこだか分からず行きも帰りも通り過ぎて、帰りに運転手さんに教えて頂き、気付きました。

もちろん、ヒグマの出没地だとは、分かっていましたが、知っていて、行こうとしました。

馬鹿なことを考えてしまいました(笑)


後、少し不思議に思ったのは、
碧血碑への道程は、藪蚊が多くて大変、とよく書いてあったりするのですが、
全く蚊に刺された記憶がないんです。

虫よけ対策もしてません。

二回ほど行きました。

5/23に行ったのですが、やっぱり、季節によって蚊の出る数とかも違うのかなぁと疑問に思いました。
2012/09/03(月) 20:26 | URL | うさぎ #-[ コメントの編集]
打楽器奏者
うさぎさん、
ここのところ、忙しくて、今拝見しました。
遅くてすいません。

そうですか。
僕は、まだ、ラ・マンチャの男を見ていないので、
どんな感動的な舞台なのかわかりませんが、きっと、
素晴らしいのでしょうね。

確か、松本幸四郎が主演でしたね。
最近、ロングランということで、随分と取り上げられていますね。
その、生音を聞いた訳ですね。

フ~ン、難しい質問。
だって、
僕は、学生時代からジャズをやっていいましたが、その当時の
仲間は何人も、今、プロとして活躍しています。
でも、僕は、プロにはならなかった。

と、言うより、なれなかった。
技量が足りなかったのでしょう。
だから、
なるつもりもなかった。

最近になって、
ようやく、
皆さんにご満足いただける音が出るようになって、
自信を持って、人前で演奏できるようになりました。

これは、僕の例です。

でも、人によっては、
特異な才能を持っていて、
若いうちから、よい演奏ができる人もいます。
そういう人は、その道で生計を立てることはできるでしょうから、
その道を選んでもよいでしょう。

でも、
ただ、願望だけで、
全く、プロとしての技量が足りなければ、止したほうがよい。

それは、
ご自分で、お分かりになると思います。
自分がどの程度の技術を持っているのか。

打楽器奏者とは、
オケの奏者になりたいのか、それとも、ジャズをはじめとした
ポピュラー音楽のドラマーなのか。

今、何歳であろうとも、
今から、真剣に、プロの指導者について学んで、その路で
生きてゆくには、5~10年くらいはかかるでしょうね。

僕の近くに起きたことですが、
Y君は野球で抜群のセンスがあり、
ジャイアンツから声がかかって、高校を出てから、
すぐに入団しました。

彼は、日野の近辺では、抜群の野球のうまさから、
ず~とヒーローで来ていましたが、
でも、とうとう、
入団後、一度も一軍に上がれることなく、万年二軍でどこかへ消えてしまいました。

アマでは、抜群の技量の持ち主でしたが、
プロの世界には、
その程度の選手はいくらでもいます。

プロとして、
その中でも、抜けた存在でなければ、
食べてゆけないでしょう。

安い給料のバイトで食いつなぎながら、
懸命に修行を続けることになりますよ。
それでも足りないでしょうから、
親からの援助が必要[紊・��]紊・����・��[/紊・��][筝�膩�]筝�膩���・��[/筝�膩�]かもしれません。

廻りに心配かけて、
いつ目が出るかわからない修行の道は、険しいですよ。
それでも、やっていける自信があれば、
やってみてください。

僕は、公務員になって、
安月給だったけど、時間がたくさんありましたので、
たくさん練習ができました。
そして、
今では、あちこちで、ライヴを行っています。
とても、満足です。

これだけは、
ご自分で、どういう人生を選択するのか、
冷静に考えてください。

癒部 次長より
2012/08/27(月) 01:03 | URL | 彰吾(癒部 次長} #-[ コメントの編集]
彰吾さんに、大変失礼な事を聞いてしまいました。

申し訳ありません。

甘くはないと分かっています。

けど、私は真剣です。


本当にすみません。
2012/08/24(金) 13:37 | URL | うさぎ #-[ コメントの編集]
村瀬さん、こんばんは。

難しい、かどうか分からないけれど、音楽に関わる相談をします。

私は市民バンドで打楽器を担当しているのですが、

博多座に初めて、
ラ・マンチャの男を見に行ったときに、
裏方の生演奏を聴いて、
「こんな職業に就きたい」と、強く思いました。


プロになるには、もちろん練習もそうだし、
後は、どんな事が必要とされてくるのでしょうか?


上記の相談をしたら、
25歳じゃ、もう遅いよ。と、言われてしまいました。

村瀬さんは、サックス奏者で、
打楽器とは違うけれど、参考として、何かアドバイスを頂けないでしょうか。


簡単な事でも良いのです。


宜しくお願い致します。
2012/08/19(日) 01:09 | URL | うさぎ #-[ コメントの編集]
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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