村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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山本耕史主演で「新選組」の続編が決定した。たのしみだ。

本来なら、土方歳三と大久保利通の続編を書かなければいけないのだが、やっぱり、この話題を先に触れないわけには行かない。

先々週の日野新選組まつりで、山本耕史さんと山村竜也氏のトークが行なわれたが、その模様を日野ケーブルテレビが中継していたので、僕はDVDに録画しておいた。
昨晩、改めてその模様を見てみたが、二人の会話の最後の場面で、続編の話題が出ていて、「正月に」「単発で」「2時間枠」程度で、など具体的な話をしていた。

今年に入って、1月に、僕はうちの市の市長と二人でNHKにご挨拶に伺った。
もちろん、大河のお礼だ。
番組制作局の局長さんはすでに替わっていて、今度は女性の人だった。
でも、広報局長や「新選組」プロデューサーの吉川氏を始め関係者は皆同じ顔ぶれで、お会いできた。

このとき、様々雑談をさせていただいたのだが、よく考えてみればあの時、「続編は考えていますよ」と、言っていた。
そのまま信じていれば、今更驚くこともないのだが、社交辞令で言っていたのかなあと、僕も市長も思っていたから、思いっきり期待はしていなかった。

だって、大河は確かすでに43作は行なってきているが、過去に『続編』なるものなぞ、見たことがない。にわかには信じられないではないか。
それに、役者さんのスケジュールなどもおさえなければいけないし、半端じゃできないことだし。
よくNHKは決心してくれたものだ。改めて感謝したい。

だが、こうした結果をもたらしたのは、一昨年の春から日野の商工会を始め、新選組同好会が中心になって『箱館まで』という署名活動を行なってきたからだといえる。
つい最近まで、それは続けていて、数万人の署名が集まっていたはずだ。

このブログをご覧になっておられる方々の中にも、『私もした』という人が大勢いるに違いない。
皆さんの想いがあのNHKを動かしたのです。

僕ら、一人ではたいした力ではないけれど、みんなの意気込みを結集すれば、過去に例を見ない快挙を得られることすらできるってこと、改めて身にしみた。

あの署名活動を、中心になって献身的に動いてくれたのは、同好会会長の峯岸さんだ。
改めて、頭が下がる想いだ。

ところで、三谷さんは新聞紙上で、すでに執筆に入っておられるといっていたが、どのような土方歳三を描くのだろう。
また、山本耕史氏は近藤亡き後、北へと転戦していく中で、どんな心持で演技をするのだろうか。
楽しみで、期待が胸を膨らませる。

山本さんは、和装より軍服姿がより似合うような気がする。
僕は個人的に、しっとりとした落ち着きのある土方が見たいのだが、これは、皆さんいろんな意見があって、闘い続ける男土方がいいなんていう人もいて、今から、議論百出だ。

でも、今からこんなに楽しませてくれるなんて、NHKもなかなか味なことをする。
こういうNHKなら、受信料支払い拒否なぞ、なくなると・・・思う・・・。

受信料、ずっと払うから、2時間なんていわないで、2時間×3日にしてじっくり見せて欲しいのですが。
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土方歳三と大久保利通 -その1-

この15日から17日までの3日間、鹿児島へ行ってきた。
僕が西郷好きなせいもあって、2~3年に一度は行きたくなってしまうのと、GWに出ずっぱりだったので、一寸骨休めにgolfもしたかったからだ。

日野に住んで新選組を語り、土方歳三を書いた人間が、西郷好きだとは許せないとお思いの方もいらっしゃるだろうが、勘弁して欲しい。
好きなものはどうしようもない。
これは、男と女が惚れあうのと似ているような気もするが、そうとばかりはいえなくて、理屈でも好きなのだ。

世の中で、坂本龍馬を好む人が多いのは無理もないところだ。彼の場合は行動力もさることながら、その思考の意外性、公平性、先見性などが群を抜いているからだろう。
もちろん命もかけている。
龍馬は、激動期の日本国を思えば、自分の生命なぞ、取るに足らない存在だと思っていた。
だが、こうした想いは龍馬だけではなく、あの時期、どんな志士でも幕府側の人間でも生命はかけていた。
新選組だって命がけだった。

鹿児島へ行くといつも思うことがある。
西郷と大久保の育った家が目と鼻の先で、歩いて2~3分のところなのだが、加治屋町という甲突川沿いの下級武士の一戸建て団地のようなところだ。
幕末に、あの混沌とした時代に、日本の歴史を大きく動かした維新の立役者が何故、こんなにも近所に住んでいたんだろうと。

あの加治屋町の一角は彼等2人ばかりではなくて、ほかにも幕末明治期に日本丸のイニシアチブをとっていた人物が大勢排出している。
西郷隆盛の弟の従道、大山巌、東郷平八郎など、ほかにもたくさんいる。
あの地へいって、歩きながら考える。
ここがそんな特別なところなのかと。
今はビル郡にさえぎられて直接は見えないが、昔は錦江湾の向うに雄大な桜島が噴煙を上げていたに違いない。
温暖な気候と厳しい階級差別、死を恐れない武士道教育で幼い頃から示現流で鍛えられた武家の子供たち。
また、開明的で名君の誉れ高い殿様の島津斉彬の存在が大きかった。
西郷はもちろんだが、青年たちの結社「精忠組」の面々は皆、斉彬の薫陶を受けた。
こうした複合が彼らを生んだのか。

西郷の偉業について述べるのは別の機会に譲るとして、西郷隆盛(吉之助)の右腕として、幕末期に、公家の岩倉具視と伴に活躍したのが大久保利通である。
見ようによっては、吉之助以上の働きをしている場面も多々ある。そして、明治期に入ってからは、事実上この大久保が日本政府を仕切った。
黎明期の日本という国を、富国強兵、殖産興業のために、冷静に、時に厳しく引率して驚くほどの成果を挙げているのだが、これら強引とも思える一気の変革が各方面から反発を招いた。
そして、最後は吉之助と対立することになり、明治10年には朋友の西郷を薩摩城山で抹殺し、翌11年には西郷信奉者に大久保自身が殺されることになった。

明治以降、優れた政治家は大勢いるが、一人だけ偉大な人物をいいなさいといわれれば、迷わず多くの人が大久保利通を上げるだろう。
伊藤博文は最初の総理大臣には違いないが、大久保の前には小間使いのようなものだ。
大久保の思慮深さ、内政また外交力、冷静沈着さ、指導力また西郷ほどではないが、そのカリスマ性には群を抜いているものがある。

どういうわけか、この大久保と土方歳三が、僕の中で妙にシンクロしてしまうのだ。
自分の書いた本の中で、海援隊をつくった坂本龍馬と土方歳三を対比させたこともあったが、ナンバー2として、女房役として、大久保の心境と土方の心境に近いものがあったに違いないと思うからだ。
この2人の共通点と違いについては、次回、ゆっくりと考えてみたい。

山本耕史は、意外にも、トーク上手で粋な男だった(番外編)

---日野新選組まつり「山本耕史トークショウ」---

 耕史さんのトークが終わってから、何故か本人と俄然、直接会話をしたくなった。
 といっても、彼の周りにはガードマンがついているし、その周りに関係者が固めていて、なかなか近寄れないようになっている。僕も関係者の一人だから、舞台裏には容易に入れたのだが、とうとう直接には話すことは出来なかった。

 僕が直接話したくなった理由だが、トークの中で、彼が迷っている様子だったからだ。
 山村氏が、その後の土方歳三について、NHKが準備に入っているニュアンスの発言をしていたのだが、耕史さんは全然そんな話は知らないと(とぼけて?)応えていた。
 僕も真偽のことはわからないが、既に決定している可能性が高い。とすれば、近藤勇の斬首以降、土方が翌年の五月に命を全うするまで、どう演じるべきかについて、耕史さんが考えていないはずはないのだ。
 だが、これは京都にいたときの歳三と違って結構難しく、どのような土方を演じるかというキャラクター付けをしなければならない。もちろん、脚本家や演出者の意向が基本になることは間違いないのだが、特に土方を演じる際には、本人の心持がとても大事になる。

 本番がはねてから、楽屋の入り口で耕史さんのお母さんに偶然出くわした。こういう者ですと名刺を出して挨拶した後、早速自分の本を差し出して、「歳三が、箱館において自己の半生を振り返って吐露した物語です」と説明したら、とても気持ちよく受け取ってくださった。
「……、そういう内容でしたら、早速本人に読ませます」ということだった。

 NHKが、まだはっきりと続編を放映すると発表したわけではないが、もし、彼が演じる際には、私の土方歳三を参考にしていただけると嬉しいが……。

山本耕史は、意外にも、トーク上手で粋な男だった(後編)

---日野新選組まつり「山本耕史トークショウ」---

司会進行役の山村竜也氏は、質問事項を紙に書いておいて、それを見ながら聞いていく形式だった。それが時にぎこちなく、たどたどしかったので、我慢できないほどの緊張感が走りそうになると、耕史さんが助け舟を出して、自ら話し出したりしていた。(あの若さで、あの気遣いはたいしたもんだ)

その時の模様を再現してみると、
山村「新選組に共感したところは、どんなところでしたか」
耕史「うーん、よく聞かれるんですよ。武士道について。難しいですよね。土方歳三はヒーローで、男たちの憧れで格好いいですけど、今、語れといわれても……、簡単には語れませんね」

耕史の語りに熱っぽさが増してきた。

「自己を通すために、殺してもいいのか……。当時は許されていて、当たり前だったのかもしれませんが、自分にとっては、……微妙」

このあたりから、僕は俄然、耕史のファンになりつつあった。

耕史「ああゆうふうになりたいとは、言い切れませんね」

この人、てんで正直もんだと思った。
普通なら、この質問に対して、忠義を全うした土方に男を感じるとか、誠の旗の下に若き命を投げ出した男たちに、共鳴するとかの表現があってもいいのだが、耕史は本音でものを言っている。「でも、殺しはまずいんじゃない」と。

山村「もし幕末に生まれていたら、新選組に入りたいですか」
耕史「うーむ」

応えに窮している耕史。「カメラさんなどともよくこの話、したんですよ。入りたいかって……」
山村「土方のような隊士になりたいですか」
耕史「うーむ、どうですか。……島田魁がいいかな」

僕はこの時思った。耕史さんは、土方的生き方が自分にとって最高なのかどうか、いまだ結論が出ていないのだと。矢継ぎ早の質問に対して、体裁を整えて、「ああゆうふうに生きてみたいものだ」と言えばいいのに、言えない正直さを持っている人なんだと思った。

また、耕史さんはこんなコメントもしていた。

耕史「もし、新選組が勝ち残っていたら、今のこういう時代はありませんでしたよね」

山本耕史って人は、きっと、根っからの平和主義者に違いない。いけないもの、許されないものは駄目という、自己の信念を持っているんだ。例え、あの時代でも、自分は殺しに加担したくないという感性が先にあって、その上の演技なのだろうか。

役に簡単に迎合しない、一本筋の通った、人間臭を感じさせる大物役者に成長する予感を感じる。

どんな役柄を演じても、その人の誠実さが伝わってきて、自然、極上の作品にさせてしまう名優がいる。時代劇で言えば北大路欣也とか、加藤剛さんなど。はたまた里見浩太郎、高橋秀樹か。

もっとも、ファンにしてみれば、いつまでも土方歳三でいて欲しいのかもしれないが。

山本耕史は意外にもトーク上手で粋な男だった(前編)

---日野新選組まつり「山本耕史トークショウ」---

5月7日(土)、8日(日)の二日間にわたって行なわれた日野新選組まつりは、昨年のような雨にたたられることもなく、無事に終了した。

今年の目玉は、昨年の大河ドラマ“新選組”で土方歳三役を演じた山本耕史さんがトークを行なう企画だった。

8日(日)の午後3時から本番だったのだが、朝10時から整理券が配られた。会場の中に入れたのは約1000人で、僕の見るところ、市民会館大ホールに入ることが出来ずにあぶれてしまった人たちは、2~3000人以上はいたと思われる。

その人たちは、外に設置された2台のスクリーンで楽しんでいたが、トラブルもなく和やかな雰囲気で進められた。

トークショウの一部始終については、いろんな人たちが様々なところで語るだろうから、僕は印象に残ったところだけをここで紹介したい。

司会進行をつとめた相手役は、大河で時代考証を担当した山村竜也氏だったが、僕はこの人とは以前から親しくさせていただいている。良く知っている人だから言えるのだが、これまでにも彼はいろんなところでトークを行なってきているが、お世辞にもお上手とはいえないのだ。

だから、今回も心配した。
そして心配したとおりの進め方になったのだが、びっくりしたのは、主役の耕史さんがその場を大変気遣って、彼がショウ全体をリードしてしまったことだ。

この模様はケーブルテレビが実況中継していたので、僕は家に帰って再度、直ちに録画したDVDを見た。

山村さんというお人は、とても紳士で品の良い人物なのだが、その分あまりおしゃべりが得意の方ではない。だから、耕史さんが相手を気遣って、面白いほどの饒舌になっている。

『禍転じて福と……』という諺があるが、かえって主役の良さが引き出てきたのかもしれない。あんなに彼の話が聞けるとは思わなかったし、会場にいたファンの人たちも本人の意外な一面を再発見したのではないかと思われたほどだ。

僕はこのトークを聞いていて、山本耕史という人を惚れ直した。
今までは土方役の耕史だったが、この度のトーク以降は「人間山本耕史」としてだ。

どんなところで、そう感じたのかについては、長くなるから次回に回したい。

新選組と日野、その魅力は……

このゴールデンウィークは、1日と3,4,5日に“新選組ツアー”を行なった。

連休中、ほとんどを日野市内の新選組関連施設ご案内に費やしたのだが、疲労したけれども愉しかった。
募集した人数より多くの方々がお申し込みになり、キャンセル待ちになっていたが、キャンセルもほとんど出なかったせいもあって、とうとう参加できない人たちが続出してしまった。
一回に40人を超える日もあって、私一人では到底目が届かないので、安全性重視で昨年活躍してくれたボランティアガイドの人たちの助けを借りて、市内を巡回した。

昨年は大河ドラマ新選組の年であったので、月に10回ほどはツアーを行なってきたのだが、毎日が愉しくて苦になったことは一度もない。
ただ、異常に暑い日が続いたこともあって、真夏のツアーはほとほと参ってしまったのだが、このGWは連日お天気がよく、気候も最適だったので気分のよいご案内ができた。

それにしてもお客さんたちはみんな、何故こうも日野に来たがるのだろう。大河ドラマで、多摩や江戸を3ヶ月も放映していたからという理由もあるのだろうが、異常に日野人気が続いているような気がする。
日野に住んで、毎日を生活している身としては、取り立てて魅力的には感じないが、外部の新選組ファンの人たちには羨ましいほどに映るらしい。それならと、思いっきりご満足していただくために、張り切ってその魅力をご紹介した。

歳三の墓のある石田寺を皮切りに、土方歳三資料館、高幡不動尊、日野宿本陣、井上源三郎資料館、八坂神社、源さんの墓のある宝泉寺と廻ったのだが、参加された人たちのほとんど全員の方々が生き生きとしていて、目が輝いていた。

歳三が幼少の頃遊んだ浅川の堤を愉しく歩いたし、惣次郎や姉のミツが住んでいた場所も連れて行ってあげた。また、土方歳三資料館や日野宿本陣は、昨年よりさらにグレードアップしてお客様をお迎えしている。
昼ごはんは、高幡不動駅のすぐ目の前にある幕末めし処「池田屋」にお客様をご案内したが、皆さん異常な喜び方であった。ああゆうところが嬉しいんですね。思い思いに『土方歳三丼』『市村鉄之助丼』『坂本龍馬うどん』などを注文していました。それに、あそこは安いしね。大体5~600円程度だし。

大河が終わってしまったのだから、すべてを縮小してしまうのが普通であろうが、日野はその逆で、今年の方がさらに魅力アップさせている。
だから、この7日と8日に行なわれる「新選組まつり」には、昨年以上の人訪れるのは間違いないはずである。
それもそのはずで、8日にはあの山本耕史が来るのだから、当たり前か。

私は、その”新選組まつり“にも出勤で、7日の13時には「人間土方歳三」を市民会館会議室で講演する。

皆様をお待ち申しております。
少々、天気が心配ですが……。
村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
    サイトに関してのお問い合わせ(動作不具合など)は管理人までお願いします。
    村瀬へのメールはこちら






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