村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

土方歳三の軍服、本当は青色?小道具への皆様のコメント、全体の8割ぐらいきてます。感謝してます。残りもよろしく

先日、歳三の軍服を作ってくれるところを探して、再び秋葉原へ行った。
この間のブログで、久しぶりに秋葉原へ行ったことを書いたが、人生不思議なもので、行くときはまとめて行ってしまうものなのか、何日もたたないうちに、また行くことになった。
土方歳三の軍服を作りに行ったのだ。
12月10日から始まる『新選組誕生』で、皆さんに着てもらうためのものだ。
今、函館の伊藤さんから借りたものが歴史館にあるのだが、これは展示用になるもので、ファンの人たちの写真撮影用のものは別に作っている。
といっても、実際は今、訪れる人たちにはズルして、着させてあげてる。内緒で。
ここで言ってるんだから、内緒も糸瓜(へちま)もないのだが、伊藤さんには申し訳ないが、着させてあげてる。
多分、心の広い人なので、このくらいは大丈夫と、僕が勝手にそうさせてもらっている。

ところで、その軍服を作ってくれるところなのだが、秋葉原の駅を降りて、御茶ノ水方面へ向かって歩き、湯島の聖堂から降りてきた坂下の道の脇のビルの5階で昌平橋の近くである。
店の名は、『武器屋』だ。
すごい名だ。
狭い階段、ぼろいビル。
途中の階にある店は、みんななんだか怪しい。
小さいビルだから、ワンフロアーに狭い店が2件しかない。
5階もそうで、武器屋のほかのもう一つは、安全、防犯対策器具の店であったが、ちょっと覗いてみたのだが、防犯どころか、攻撃用の武器そのもを売っていた。
つまり、30メートル以上離れていても、狙った敵を打つことができるなんて危ないものなのだ。
この場合の撃つっていうのは、体を貫通するほどの威力ではないのだが、十分相手に衝撃を与えられるほどの飛び道具なのだ。
当たり所によっては、大怪我であろう。
そんな店の隣りが、『武器屋』だ。
一人の店員が出てきた。
40歳手前ぐらいの男だったが、髪の毛は肩より長く、サングラスで皮のズボン。
様々な装飾品を身につけている。
一種、異様であった。
アポイント、とってあったから、すぐ話は通じた。
その男は、名刺をくれたが、よく見ると“代表取締役”と書いてあった。
この店の雰囲気といい、その男の姿といい、名刺の肩書きがてんでそぐわない。
でも、話してゆくうち、お互いに趣味趣向が一致していることがわかってきた。
用件はわかっていたから、早速その時代の武士の服装、洋装したときの様子、生地などをこまめに教えてくれた。
土方歳三のフロックコートの襟のところは、色が違っているという。白黒写真でも、それがよくわかるのだというから、覗いてみた。
確かに、よーく写真を見てみると、その通りなのだ。
だから、そこだけは生地が違うというのだ。
変に納得した。
そういえば、伊藤さんから借りているあのコートも、襟のところがビロードのような生地になっていたのを思い出した。
その社長さんは、力説した。
この色合いからして、襟のところよりもコート全体の色が薄くなっていると。
つまり、このコートの色は青みがかっているんだと。
結果、ソレで良いからと、注文した。
日本では、作っていないという。
アメリカでつくると出だした。
あの当時から、アメリカ人が来て作っていたという。
えっ、フランスじゃなかったのかと思ったのだが、社長が言うには、「あの頃は、南北戦争が終わったばかりで、失業者が多く、函館に多くのアメリカ人が出稼ぎに来ていたんだ」という。
だから、土方歳三のコートばかりでなく、ズボンもベストもすべてアメリカ製であると。
そういうものかと、納得。
ソレが、今でも、アメリカで作るというのだ。
僕は、なにもアメリカでなくともーーー、と言いたかったが、社長が拘った。
社長は、本物以外作りたくないという様子なのだ。
そのこだわりが嬉しくなって、他の客そっちのけで新選組の話から坂本龍馬殺害犯人の話にまでなったものだから、優に2時間近くになってしまった。
アメリカからの輸入になるから、早くても2ヶ月はかかるという。
それじゃ、間に合わないよ。
そしたら、社長、
「いいですよ。僕の持っているこの土方歳三の服、ソレまで貸してあげます」という。
ソレも、ただでいいという。

NHKからの、例の小道具といい、このたびの軍服といい、みんな良い人が多い。
新選組に集まってくる人たちの特徴なのか。

一通り用件が済んだので、外へ出た。
もう陽が落ちてしまっていて、辺りが暗い。
神田方面に足が向いた。
このまま歩くと、須田町である。
そうか、これも久しぶりに『まつや』に行ってみようと思った。
まつやは明治初年から続く蕎麦屋で、僕はすぐ近くにある『藪そば』よりもこっちの方が学生時代から好きだった。
店の中に入ったのは5時過ぎだったが、中は既に一杯であった。まだ5時なのに。
普通、混む店でも、混み始めるのは6時過ぎからだろうと思うのだが、まつやは違っていた。
僕が何年も行かないうちに、すごい人気店に変貌していた。
僕の学生時代は、すぐ近くの神保町にあった『響』というjazz喫茶に入りびたりだったが、大晦日もそうで、店が11時ではねると、常連客みんなで蕎麦屋に行った。
あの辺りは、老舗の蕎麦屋が多く(神田だからあたりまえか)、藪そば本店のほか、出雲そばなどにも行った。確かソレは錦町にあったと思うが、例の割子そばだ。若かったから競って食べたが、20杯ぐらいが限界だった。

昔話をしていると、いくらでも書けるし、長くなってしまう。
神保町から靖国神社まで、たいした距離じゃないので歩いたこともあった。
初詣である。
その頃は、あまり深く、誰も考えなかったから、抵抗なく行った。
その『響』という店、あの頃の学園闘争で逃げ隠れする学生が多く、機動隊から逃れて、店のシャッターを閉めたこともあった。
そうした連中も一緒に、さんざんjazzを聞いた挙句、初詣に出かけた。
面白い時代だった。

小道具へのコメントのお礼、たくさん書かなければいけなかったのだが、これ以上だと長いので、今度まとめてお礼を言いますね。

あっと、それから、
例の誠の旗、本日から、歴史館のページに写真載せたので、みんな見てね。
それから、歳三の刀と総司の刀も。
写真だけで満足しないでよ。
実際にも、皆さん来てね。
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江戸ツアーアンケート




管理人より

新選組江戸ツアー幹事のもまさんより、アンケートの詳細が届きましたので、アンケートを実施します。
江戸ツアー参加をお考えのみなさま、是非ご協力お願いします。

「これはアンケートで、申し込みではありません。
昼食の場所、予算は未定です。
新年会は5~6千円程度で予定していますが、人数等によって変わる可能性もあります。
募集の都合がありますので、11月末日までにお願いします。
ご質問はBBSに書き込んでください。」

とのことです。
アンケートへは上のバナークリックからどうぞ!
はじめましての方も、是非ご参加ください。

京都新選組ツアーに参加なさった方へ

管理人より

掲示板(BBS)のNO.29でノルンさまが、撮った写真を送ってくださる旨、書き込みなされてます。
是非BBSを覗いてみてください。

今日(11月20日)、内緒で、独りで、国立競技場に行った。勿論、高橋尚子を見るためだ。土方歳三とダブってきた

最近のブログで、芸術は『間』だ、なぞと書いたことがあった。今日は、もっと大きく考えて、『人生は、締めくくりが大切』だといいたい。

財をなした人とか偉い政治家なぞが、最後の最後に失態を演じて、ソレまでの苦労、実績がぜーんぶ吹っ飛んだなんて例は、ここ2~30年でいくらでもある。
NTTの会長職にあって長らくドンとして君臨してきたあの人、進藤さんていったかな(字が違っていたらごめんなさい)。田中角栄とか、最近ではダイエーの中内オーナーとか、西武の堤さんとか枚挙に暇がない。
バレなければ、銅像の2つや3つ建ってもおかしくないような方々が、監獄行きなんてことも多々ある。

近藤さんの最後は、立派だった。
僕は、アレでいいと思っている。
新選組局長として、立派に責任を取った。
腹も切らせてもらえないせつなさ。
それが新選組。
世間の見る目は、そんなものだった。
土方は痛いほどソレを、実感している。
悔しい。
だから、戦う。
戦うしか、彼には行き場所がなかったから。
でも、函館湾に釣りで出たとき、3人のところに早く行こうと決意した。
もう、生き恥晒すのは、この辺で良いだろう、と。

土方は、ああゆう風に、自身の幕を閉じた。
実に、格好良かった。
締めくくりに、狂いがなかった。
だから、140年たった今日まで親しまれ、惜しまれている。
義経伝説も同じである。
いかに、締めくくりが大切か。

ところで、今日(11月20日)、そっと独りで国立競技場に行ってきた。
そう、高橋尚子を見たくて。
俺も、相当、いってるな。
と、自分でも思いながら、足が向いた。
マラソンなぞ、今まで一度も見に行ったことがない。
だけれども、今日はどうしても行きたかった。
ここ数日、テレビというメディアで、盛んに高橋尚子の特集をやっていたからだ。
それで、行きたくなってしまった(ミーハーの典型)。

彼女、2年前の同じ東京国際マラソンで、あの、丁度試衛館と伝通院の近くの心臓破りの丘で、アレムに抜かれた。
その後、マラソンどころか陸上の選手としての人生を締めくくろうとまで考えたらしい。

あれほどの実績を残した人でさえ、常人には考えられないほどの苦しみ、悩みを抱えてしまうのだ。
ソレも、マラソン6連勝していて、その間、オリンピックにも勝って、世界新まで出して、それでもたった1回負けただけで、『ダメ女』の烙印を押されてしまっていた。
もう、高橋はお仕舞いだと。
あの時の高橋は、ホントニ、かわいそうだった。
出場レースを間違えたのか、小出監督と何かあったのか、真実はわからないけれども、その後、チームQという仲間を作って、アメリカで高地トレーニングをしてきた。

結果は、皆さんご存知のように2時間24分39秒で立派に優勝した。
そして、ながーいインタビューをさせられていたが、その中で、彼女、たくさん立派な発言をした。
「今、悩んでいる人たちを勇気づけたかった。
みんな平等に1日24時間与えられているのだから」というような意味のことをいった。
また、「陸上を止めようかと思ったこともあったが、オセロの黒を全部白に変えることができた」ともいっていた。
白に変えることができて、本当によかった。
若し、かえられなかったら、彼女、マラソンを止めざるを得なかっただろう。
一気に、落伍者にされてしまうのだ。
恐ろしい。
歳三は、とうとう黒のままだった。
白には戻すことが出来なかった。
でも、彼には、ソレがまたよかったのかもしれない。
若し、戻っていたら、今日のような騒がれ方はされなかっただろう。
人生の締めくくり方って難しい。
榎本は、明治政府の高官にまでなった人だが、よく言う人があまりいない。
変だなあ、と思う。
榎本の復権をしてあげたい。
最近の政治家と違うんじゃ、私利私欲じゃないんだ、国のためにしたことなのに。

ところで、高橋を4年で6億円で抱えた企業がある。
ファイテンという名の会社らしいが、よかったね。
今日の優勝で、10億、否、20億以上の価値がある。

ところで、高橋。アレだけの実績を残しながら、ようやく6億である。
同じ4年契約で、松井は62億円だ。
僕たち日本国民にとって、イチローや松井、高橋などスーパースターたちはどの程度の価値があるものなのか。
アメリカ大リーグが、バスケットと並んで飛びぬけて年俸が高いといえるのかもしれない。
それにしても、差がありすぎる。
彼らは、ひとつのチームに貢献しているだけだ。
勿論それだけではなく、我等日本人に夢を与えてくれていることは事実だが。
高橋は、これまで何年もの間、どれだけ俺たち日本人に夢と希望を与え続けてくれたか。
その貢献度は計り知れない。

メディアの操作は恐ろしいもので、いったんだめになると徹底的にいじめる体質のようなものがある。
だから、本当のことを知らない僕たちは、本当にダメなのかと思わされてしまう。
このダメさ加減の中で、『救世主は「コイズミ」の大合唱』を作り上げ、そのほうに導く。
否、そう導く本心はないとしても、結果としてそうなってしまっている。
責任は大きいと思うが、---どうだろう。
そして気がついてみれば、大増税。
ソレもこれも、みんなあれだけ支持したんだから、仕様がないんだと。
これまでの数十年間、憲法を変えるなぞ、実に大変な一国の重大事として扱われ、腫れ物に触るように扱われてきたのだけれども、最近では、いとも簡単に改正だと、論議され始めている。
ミーんな、支持したんだからと。
複雑な心境だ。
わずかに、支持しなかった外国人だけが、『靖国はダメ』だといっている。
言う資格があるのかもしれない。日本人には、『靖国はダメ』だという資格さえ、もうないのだろうか。

改革の気持ちのない人たちが、改革を口にしている。
国民は、改革派だ思い込んでいる。
変えてくれると期待している。
明治政府にかわって、本当に、ソレまでより人民は幸せになったのか。土方歳三は、よっぽど、徳川のときの方がましだと思っていた。

「KOIZUMIさん」の最後はどう締めくくるのだろうか。
来年らしいが、その後がまた恐ろしい。

お願いがあります。大河ドラマ『新選組!』で使われた小道具類に、コメントを寄せてください

前回のこのコーナーでも、お知らせいたしたのだが、NHKからいただいた小道具類、僕には何話のものなのか、どういったシーンで使用されたものなのかがわからない。
僕のブログをお読みの方々で、記憶されていらっしゃる方は、どうかコメントを書き入れて欲しい。
そのまま、出来るだけ、今度の展示に使わせていただくつもりだ。

ただ、あの道具類は、歴史館のものなので、歴史館のホームページに掲載することになる。
だから、そちらでご覧になっていただきたい。
HPは以下の通り。


そして、コメントは僕のページ…新しく「教えてください」というブログを作ったので、そちらに入れて欲しいのだ。

「教えてくださいブログ」

なんだか、ややこしいが、歴史館のホームページには書き込みが出来ないからなのだ。
何せ、市役所なので。

大河ドラマコーナーだけでも、全部で200点以上にはなると思われるが、その全部を展示は到底出来ない。
主だったものを3回に分けて、ふた月ずつ展示するようになると思う。
バランスよく飾りたいので、今から振り分けを考えたいのだ。
とりあえず、NHKから貰った品物はすべて写真を撮り終えた。
だから、皆様にUPしてお見せすることが出来る。
ただ、それ以外の魅力的なものは、まだこちらに来ていないので写真が撮れない。
それらも、そろったら写真に撮ってUPするので、改めてコメントが欲しい。
皆様のご協力なしには、今度の展示会はありえないのだ。
よろしく、お願いします。

回答の仕方だが、歴史館のHPの大河ドラマ展示物コーナーに飛んでもらい、そこに4ページ画像を貼っているので、タイトル横か画像横にある番号と、「教えてくださいブログ」の番号を見比べて答えて欲しい。
このブログではなく、新に作った方にお願いしますね。
番号が無いのは(コルクやのれん)何度も出てきているものなので、あえて番号をふってません。
もし、詳しくは分からないものでも、何話で出てきたかが分かれば、それだけでも結構なので、教えてください。
回答する時は「名無し」でも結構です。

それでは、みなさん、よろしくお願いします。
お友達で大河「新選組!」に詳しい方がいらっしゃったら、是非その人にも協力要請をしてくださると嬉しい。
あと、歴史館のHPも、HPやブログを持っている方はどんどんリンク、紹介してください。
色々陳列されてても、歴史観OPEN自体を知らないとお客さんが来てくれないので・・・。

12月10日に向けて、準備が忙しい。松任谷由美の実家にも寄ったりして

今日は朝から、はしずり廻っていた。
いよいよ歴史館のオープンが近くなってきたので、じっとしていられないのだ。
午前中は、八王子の街中を、染物屋を探して徘徊していた。
お目当ての染物屋がたまたま休みで、途方にくれてしまったからである。
だから、ほかの店を探して市内を歩き回っていた。

何故染物屋?
オープンの日に、招待客に配る手拭である。
例の、西本願寺へ引っ越したときに配った手拭だ。
先着500人くらいの人に配りたいが。
アレを作りたくて、製造してくれるところを探して歩いていた。
甲州街道を西八王子方面に、店を探して歩き始めたら、『荒井呉服店』の前に来た。
見本を出して、作れないか店の人に聞いてみた。
出来ることはできるが、新井呉服店も結局染物屋に出すので、余計な経費の増大になるだけだとわかった。
それなら、やっぱ、染物屋に直接頼んだほうがよい。
八王子は、昔から呉服屋の街だから、簡単にあるだろうと思ったのだが、染物屋はなかなかなかった。
ちなみに、この『荒井呉服店』は、あの松任谷由美の実家である。
時々帰ってきては、この店を手伝うことがあるそうだ。

いい加減、歩いて(約2時間ほどか)、JR八王子駅の近くまで戻ってきた。
腹も減った。
甲州街道から2,3軒入ったところに一軒の染物屋が目に入った。
すぐ入って、名刺を差し出した。
年のころは25,6の細身の娘さんが座り机から腰を上げて、こちらへやってきた。
そう、畳に座っていたのである。
丁寧に手をついて挨拶してくれた。
なんとなく品がよい。
事情を話したら、たいそう歓び顔になって、
「私も、父も母もみんな、新選組が大好きなんです」と答えてくれた。
僕は俄然、目が輝いた。
これまでの疲れがいっぺんに吹っ飛んだ。
お父さんとお母さんは、あと30分で帰ってくるという。
だから、僕は近くの店で飯を食って時間を待った。
あっ、そう、一平という中華屋だ。
そこは駅の近くだが、何を食べても結構うまい。
ラーメンもうまい。
しかもこのラーメン、味がいいのに、何と290円である。
だから、昼時は近所のご老人が多い。
安くてうまいからだ。
僕はここの焼きそばが好きなので、いつも注文は決まっている。
塩味なのだが、大盛りにしたくなるほど味がよい。

そこの店を出て、一目散に先ほどの染物屋に急いだ。
ご両親ともいらして、僕を待っていてくれた。
用件を言ったら、ご夫婦とも大変乗り気で、その手拭、当店で作らせてくれという。
見本を見たら、気に入ってしまって、自ら作りたいというのだ。
そのくらい新選組が好きなのだという。
結局、その店が作って、当歴史館が買い入れることになりそうだ。
確かに、そのほうが安く入るから、うちとしてもメリットがある。
当然の成り行きで、僕の本の話にもなる。
今度、もって行って読んでもらうことになった。
商売そっちのけで、手拭を作ってくれることになりそうだ。
なんだか申し訳ない。
でも、疲れきって探した挙句が、この成果だ。
世の中、わからない。

その足で、直ちに調布市の国領に急いだ。
そこの装飾美術屋さんに、僕の目的のものがあるから。
早速見せてもらった。
そう、あの『誠の旗』である。
約4分の1程度が燃えていて、ボロボロになっている。
確かに金の刺繍が施してある。
ブラウン管で見た、本物である。
これを来月の10日から当館に飾る。
そして、近藤、土方、藤堂、原田、沖田、島田、山南、井上などの刀を見せてもらった。
見覚えのある刀である。
沖田のは、鞘が白かった。
今度の続編では、その刀、市村鉄之助が使っていたそうだ。
これらも皆、当館で展示する。
ご期待して欲しい。

今日は一日、疲れきった。
でも、オープンに向けて、着々と準備は整っている。

今日でひと段落、あとは、『新選組誕生』だ

僕のブログのほかに、BBS(掲示板)というコーナーを作った。
皆さん、たくさんお便りを寄せてくれるので、とっても嬉しいのですが、僕ばかりでなく、お友達どおしでお話したい雰囲気も伝わってきますので、その方たちのために、直接話していただける掲示板を作ったのです。
今後は、そちらを大いにご活用ください。

ところで、もう昨日になるのか、9月23日から行なっていた『巽聖歌』展が、終了した。
子孫の方々と一緒に、5時過ぎから打ち上げを行なったのだが、アルコールは一切なしで、ケーキと白菜の漬物、お稲荷さんだった。
特にお稲荷さんは巽家に伝わる伝統のものだそうで、細長いもので、まるでサツマイモのような形であった。
たきびの作詞者だからって訳でもないのだろうが、なぜか、形が焼きいも風なのである。

これでひと段落ついた。
これからは、来月10日に迫ってきた開館特別展示『新選組誕生』に向けて、全精力を注がなければならない。
展示物も、大体めどがついてきて、後は展示するばかりになってきているのだが、僕の担当している『大河ドラマコーナー』も結構なものがそろいそうで、6ヶ月間、十分に楽しめる内容の展示が出来そうである。
ただ、大河ドラマに疎い僕には、展示物のコメントにいまひとつ自信がなく、全国でこのコーナーをご覧の方々にご協力をいただいて、進めることになるのかもしれない。
その節には、お詳しい方、『アレは、第何話のO〇シーンだよ』と教えて欲しいのだ。
乞う、ご期待。

芸術は間である。そういえば、栗塚旭の土方も、静寂と間の演技だったように思えるが

今日、「エル・プロダクツ」の代表の桑野さんがいらした。
最近よくいらっしゃる。
僕の大好きな女性のみの劇団のグループだ。
僕のいる歴史館の前には実践女子短大があり、道をちょっと行くと4大もある。
彼女たちの多くが実践の卒業生で、縁が深い。
出し物は新選組ものが多く、ツイこの間も恵比寿で公演があって、見させてもらった。
いつみても、この劇団はテンポがいい。
『水鏡』というタイトルで、お芝居をしていたが、この題名は土方歳三の俳句集豊玉発句集から取ったものだろう。
確認はしていないが。

この人たちは全員が女性の集団で、近藤さんが桑野さんで、以下、土方歳三から沖田、井上、永倉、原田などすべて配役が決まっている。
特に、土方歳三の雰囲気がいい。
胸前で腕を組んで、気難しそうに演技するあの姿が、僕は好きなのだ。
また、兎に角テンポがいい。
テンポがいいということは、間がいいのである。
芸術は、すべて間である、と言い切りたい。
僕はjazzを若い頃から演奏してきた。
自分の演奏は上手ではないが、大事なのは間であることはわかっている。
でも、うまくいかない。
とかくアマチュアは、不安だから空間を音で埋めたがる。
音が多いのは、うるさいだけである。
マイルス・デビスは、間の天才であった。
特に覚えているのは、「オール・オブ・ユー」だ。
皆さんに聞いて欲しいな。
オスカー・ピーターソンのピアノは、実に音が多い。
それでいて、すごいスウィングだ。
でも、飽きる。
対照的なのがカウント・ベイシーで、4小節で音がちょこんと4つぐらいしかないこともある。
ソレが、粋なのだ。
だから、ベースとドラムスのコンビネーションが浮き上がって、それにフレディー・グリーンのギターがかぶさる。
こうやって書いているだけで、その情景が浮かんできて、たまらないスウィング感が伝わってくるのだ。
僕は、ベイシーが日本にやってくると必ず見に行った。
あの爺さん。
ニコニコ笑って、ピアノに手を下ろしているが、顔は会場のファンの方を向いている。
実に楽しい。
日本古来の芸能、能や狂言も間が大切らしい。
歌舞伎もそうだと聞いたことがある。

さっきも、桑野さんとのお話しで出てきたのだが、あの演出はすべて彼女が行なっている。そして、随分と、その間について、気を使って稽古をするらしい。
『水鏡』は確か、3時間もやっている芝居だったが、普通なら飽きが来るのに、ちっともそんなことがなく、あっという間にフィナーレになってしまう。

その桑野さんが、僕の本を読了してくれた。
熱く感想を語ってくれたのが、今、一番嬉しいのだ。
近藤と土方の別れるところ、つまり、流山と綾瀬川のシーン、そして、山南の最後の場面を沖田と一緒に迎えた、あの、嵐山が特に気に入ってくれたらしい。
雪の嵐山が、湯豆腐の白さがシンクロしていいのだそうだ。
そうか、そういえば、渡月橋に花嫁が通る。
勿論、白無垢である。
僕は、その辺りは無意識で書いていた。
彼女からの指摘で、本日、初めて『白づくめ』を認識させられた。
そして、間を意識して、書いていたのを思い出す。
結果として、すごくよかった。
桑野さんも褒めてくれた。
だから、彼女にお願いした。
「おたくの劇団で、近藤と土方の別れの場面をやってもらえないか」と。

桑野さんがおっしゃるには、あのシーンはアップで見るべきところが多く、映像向きなんだそうだ。
芝居では、雰囲気が出せないと。
残念。

僕のいる歴史館は何度もお知らせしてきているように、この12月10日にオープンすることになっている。
大河に関する展示は勿論、大げさに、例のあの旗をはじめとして陳列するつもりだが、セレモニーのあと、午前と午後2回にわたってエル・プロの新選組芝居を見せていただけることになった。
今日、そのシナリオをいただいたのだが、またまた、面白いコメディーである。
吉本なんぞと違った面白みがあるので、皆さんお誘い合わせの上、いらしてくださいな。
きっと、満足行く内容になりますよ。

懐かしい秋葉原のテキヤと、「春木屋」対「丸福」の元祖ラーメン対決

今日(11月1日)と明日、防火管理者の講習会だ。
初日だけど、もう疲れてしまった。
朝から夕方5時まで、びっしり、授業を受ける。
まあ、新選組歴史館や日野宿本陣のような建物を管理してゆくには、どうしても防火のことは第一義的に考えておかなければならないことだから、この講習は必須のものだ。
場所は秋葉原から御徒町(おかちまち)方面へ歩いて5分ほどの神田消防署の隣りだから、電気街の中を通り抜けていく。

久しぶりに、帰りに駅の近辺を歩いてみた。
今から15~6年前、秋葉原の駅前によく来たものだ。
あの頃は、僕は消費者運動を懸命にやっていたから(民主党の菅直人もこの頃一緒だった)、洗剤の運動もやっていた。
合成洗剤は危険だから、石鹸に変えようという運動である。
日野市は、学校給食や保育園給食の現場から合成洗剤を追放して、既に20年ぐらいはたっている。
僕と栄養士と調理員などで運動して変えたのだが、並大抵の苦労ではなかった。その後、地場野菜を使って給食の食材にしたりして全国で有名になり、いまだに視察が絶えないし、日野市の学校給食と言えば、ちょっとは名が通っている。

それがどう秋葉原と関係あるかということだが、駅の改札口を出ると『サトー無線』のビルが目の前にあるが、駅ビルとそのビルの間で、見ていて飽きない『テキヤ』のようなたたき売りが何軒か必ず出ている。秋葉原の名物になっているほどなのだが、その中で、洗剤を売っている出店がある。
その人は尾上さんという人で、僕は昔からよく知っている。兎に角面白くて上手だから、ツイお客さんが買ってしまうほど見事なのだ。
まさか、今日はいないだろうなと思って覗いてみたら、なんと、いまだにやっていた。
尾上さんご自身も、さっき、売りながら言っていたが、もう28年も秋葉原でやっているそうだ。
久しぶりで聞いていたら、昔と口上がまるで一緒だった。

合成洗剤とは、どんなに危険なものかを訴えて、安全でよく落ちる『ハイホーム』を使いましょうと、その場で実演をするのだが、実に見事なものなのだ。
あまりに見事なので、10年以上前に、わざわざビデオカメラを持っていって、撮らせてもらったことがある。

そのビデオは、いまだに、僕の手元にある。
見たい方は、いつでも見せますよ。

「合成洗剤は、蛍光剤を使って白く染めているだけなんだ。決して汚れが落ちているわけじゃない」と、実証してみせる。
ジュースを持ち出して、「その色は合成着色だから」と、見事に布に染め抜いて、瞬く間にジュースを透明にしてしまう。
偽者のジュースだという。
「こんなもの飲んでいたら、癌にかかって旦那さん、会社を辞めるようになってしまうから飲んじゃダメ」「これを胃がん退職というんだ」と。
また、ゴキブリのおもちゃを一匹出した。
ママレモンをかけて殺す。この生命力のあるゴキブリが一発で死ぬ。いかに危ないかがわかるというものだ、と。
今度はまとめて、10匹ぐらい出した。
「こういうときは、ママレモンじゃダメで、ファミリーを使えば一発で死ぬ」と、しゃれていた。

秋葉原には、まだ有名なテキヤさんが何人もいる。聞いていて飽きないから、機会があったら是非見てみると面白い。
ただ、必ず買いたくなるから、注意が必要だ。

帰りに、荻窪で降りた。
僕のHPの自己紹介で、ラーメンのことを書いたことがあった。
テレビや雑誌などでは、「春木屋」というラーメン屋がうまいともっぱら評判だが、僕はちっともうまいと感じない。
「丸福」のラーメンが、今まで食べた中でサイコーである。
いまだにそう思う。
前にも、ブログに書いた記憶があるが、今の日本のラーメンブームのさきがけが、「丸福」なのである。
テレビで、もう30年も前のことになると思うが、永六輔と愛川欣也の二人が、あまりに並んでいる店と全く客が入っていない店が2件並んでいるんで、ソレを番組で紹介したのがきっかけだった。
並んでいる店は、勿論「丸福」である。
番組名は忘れた。
放送局は、フジかTBSのどちらかだった。

久しぶりで、丸福を尋ねたら、偶然休みだった。
仕様がないから、春木屋にいった。

不本意だが。

そして、ワンタンメンを頼んだ。
最近、僕は丸福でワンタンメンを食べているからだ。
結果、ぜんぜん美味いとは思えなかった。
どうして、皆さん、「春木屋、春木屋」と騒ぐのかわからない。
それに、値段が高すぎる。
ワンタンメンが、1100円ですよ。
ワンタンの具が、たくさん入っていて、口に入ったときの感触が絶妙なら我慢もするのだが、ソレは丸福のほうにある。
伝統の中華の味なのに、セ油を浮かせて、しつこすぎる。

実は、その丸福だが、昔からの本店はこの3月に閉まっていた。
僕がこのHPを開設してまもなくだった。
今日、行ってみたら、カレーハウスになっていた。
荻窪駅前の青梅街道沿いなのだが、どういうわけかあの並びにはカレー屋が多い。理由はわからない。5~60メートルの中に4,5軒はある。
こういう不思議な現象は、あちこちにあって、ぼくの家の近くに日野自動車の本社があるが、正門前の道には、ほんの100メートルの間に、薬屋ばかりが4件もある。マツモトキヨシのような店じゃなくて、昔ながらの薬屋がだ。あの道は静かで、他に店は殆んどないから、やけに目立つのだ。
こういうことは、日本全国結構あるんじゃないかと。

丸福だが、本店は閉まっていたが、支店がもっと駅よりのところにあるのだ。味は、昔ながらの丸福伝統の味を受け継いでいるので、こちらでも十分味わえる。

僕が荻窪で降車する理由はもう一つある。
荻窪で降りたことのある人なら、経験したことある方が何人か入ると思うのだが、「焼き鳥屋」の美味そうな香りが漂っているのだ。
なんともいえなく、よい香りで、つい食べたくなる。
僕は若い頃から、その匂いの本元、荻窪駅前の「鳥もと」に通っている。
兎に角、美味い。
安い。
昔からの店だから、汚い。
焼き鳥屋って、不思議なことに、汚い方が美味く感ずる。
荻窪には駅前に、昔の商店街がまだそのまま残っている。
新宿のゴールデン街と同じものだ。

いづれは、壊されてしまうのだろうが。

「鳥もと」は、座席は殆んど店の外で、ビールケースの上に板を載せて、そこに座って食べる。
唐辛子などの香辛料と並んで、何故か武富士のPR用のティッシュがあちこちにおいてある。べとついた手を、ソレで拭きなさいというわけである。駅の入り口のすぐ目の前で、そのティッシュを配っている若い男性がいた。

この店は最近、若い女性が多い。
きっと、あの香りにほだされて、み―んな入ってしまうのだろうが、昔は、ああゆう立ち飲みは、女性は行かなかったものだが、今は平気。
美味いから、行くんだね。
隣りは果物屋、その横がふるーい中華屋。ここも美味い。満珍亭という。全部、僕が子供の頃からある店だ。

鳥もとで、串をかじりながら、新選組の話しなぞ、いいと思うよ。
仕上げは、ラーメン。
食べることばかり。

“My funny BALENTINE”、ロッテとタイガースは、真剣と竹刀の差か

日本シリーズは久々、ロッテが優勝し、米国のワールドシリーズでは、シカゴのホワイトソックスが何と88年ぶりにチャンピオンになった。
とにかくロッテが強い。
第1戦が10-1で霧のため、コールド。
第2戦が10-0
第3戦が再び10-1
第4戦のみ、接戦で3ー2。ロッテの4勝0敗で終わった。
トータルの点差では、33-4だ。
こんな差が、この両チームにあったのだろうか。
さまざまなメディアで、論評があったことだろう。

僕は小さいころから野球少年だったから、もちろんかぶりつきでこの模様を見ていたのだが、だから40年以上、日本シリーズを見てきたが、こんなつまらないのも珍しい。
ロッテが強すぎたのか、タイガースがだらしがなかったのか、原因なぞわかるはずもないのだが、でも、どこかに求めたくなる。
一般的には、ロッテの『勢い』が勝ったという論評が多いようだ。
そして、タイガースの優勝が決まってから決戦までが長すぎて(3週間もあった)、調整がうまくできていなかったと。
セ・リーグで優勝したあと、タイガースの面々はきっと、いろんな連中に誘われて、今日はミナミ、明日は祇園などと付き合っていたのではないだろうか。
勿論、来るべく日本シリーズのために練習はした。
だが、ソレは練習でしかない。
ソフトバンクと『真剣』で死闘を演じてきたロッテナインとは、竹刀と真剣の差があった。
あの金本や今岡が、ぜんぜん自分のバッティングをさせてもらえなかった。カルーく手玉に取られていた。第2戦のロッテの投手、渡辺のアンダースロウに対して、全く手が出なかった。あそこまで、だらしがなくなってしまうものか。
タイガースの研究不足、もしかしておごりもあったのか。
むしろ、バレンタインに徹底的に研究されていた。あの監督、情報の分析に優れているのではないだろうか。
“My funny BALENTINE”

タイガースに同情する余地も、あるのかもしれない。
が、あのシリーズを見ていると、実力的にロッテの方がはるかに勝っていたと思うしかどうしようもない内容だった。

投手力にしても、打力にしても守備しても、すべてにロッテが勝って見えた。
ロッテの選手たちはタイガースの選手と比較すると、総じて若い。そして、はつらつとしていて、迷うことがない。ごく自然体で普段着の野球が出来ていたように思える。

物事、本番を控えると、大概は緊張する。
僕は、若い頃からジャズを演奏してきたから、随分とステージに上がってきた。年に一度の演奏会などを控えると、本番直前、ソレはソレはあがるものだ。
その緊張は適度であれば、思いもかけないほどよいほうへ結果が出たりする。練習のときに出なかったフレーズが、意外や、本番で出たりすることがある。逆に、緊張が過ぎると、普段の実力を全く発揮できないまま、あれよあれよと言う間に、本番が終わってしまったりする。

ロッテのバレンタインという監督、選手のよさ、長所を伸ばしてやることにかけては、超一流らしい。
決して強制はしない。
失敗しても責めない。
何処がいけなかったか、反省する。
選手の自主性に任せる。
すると、選手たちは工夫し始める。ソレが、個性に発展する。
軍隊式の上意下達方式は、日本のチームの得意とするところだが、岡田阪神はまだ若い監督さんだけど、大リーグ上がりのチョコレートにやられた。
今回は、夫々の選手の力量を十分に発揮できるよう、長所を引き出すやり方が勝った。

土方歳三の選手(隊士)起用法はどうだったのだろうか。
これまでは、鬼の副長として、徹底的に押さえつけ、規律でしばるやりかたで通したと思われてきている。
でも、僕は少し違ってみている。
土方歳三の価値は、函館まで戦い続けたところに求める人たちが多いのだが、僕は絶対に京都時代の土方歳三に価値を求める。
ソレは、土方歳三が人間(隊士)の欲望を上手にコントロールして扱ってきた成果が、新選組の発展につながったと思っているからだ。
『飴』と『鞭』の使い方が、実に適切だった。
時に、鞭の遣い方が行き過ぎて、脱走や分離などという現象も起きたのだが、総じて新選組は土方の思い通りに進み、発展し、作品として完成に近づいていた。
でも、幕府瓦解と共に、土方歳三や新選組の運命も恩讐の彼方へ飛んでいってしまった。
この哀しさが、またいいのだがーーー。
村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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