村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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新選組な毎日、土方歳三漬の一年だった。夢中で走っていた

自分のことで恐縮だが、そもそも僕はjazzをやっていて公務員もやっているという、変則的な人間なのである。
なぜ、jazzをしているから変則なのかというと、僕のいる世界では、少なくともそのような環境なのだ。
変人。
ただ、僕のは、趣味のzu_jaだから、仕事とは関係ないのだけれど、世間の見方は違う。

12歳のときに、トランペットをはじめて吹いて、その魅力に取り付かれて『ズーと』(歳三の口癖)楽器を吹いてきた。
その後は、クラリネット、アルトサックス、そして今はテナー。
ちっとも上手くならない。
だから、いまだにいつもケースから取り出すと、2時間やるとして、半分以上の1時間は基礎練習ばかりだ。
時々、自問自答する。
「何処が面白いんだ」
でも、基礎練習していると妙に気分が落ち着く。
正しい呼吸法から始まってロングトーンをして、音色が良いか悪いかを確かめる。
そして、それぞれのスケールの練習など。
殆んどがソレで終わってしまう。新しいことなぞ殆んど出来ない。

楽器というものは、いつも同じ気分ではない。
楽器にも、気分があるのだ。
その原因は、大概が持ち主に原因があって、気が落ち着いていないときは、それなりの音しか出してくれない。
きちんと準備してから、マウスピースにそっと『口付け』してやらないと、荒っぽく接触すれば、あらっぽく返ってくる。
特に、今のこの寒い時期に吹こうとすると、冷え切っていて、とてもそんな気分じゃないのだ。
そう、卑猥な表現をスルト、『前戯』というものが大切なのです。
十分に暖めてやってからでないと、いい音色で鳴いてはくれないのです。(このコーナーって、小学生も読んでいるのかなあ)
身体の調子の悪いときもある。
特にサックスという楽器は、管に穴がたくさん開いていてタンポというもので塞いでいるのだが、たとえ10分の1ミリでも息が漏れているだけで、まともな音は出ない。
吹いている自分が悪いのか、楽器のせいかわからないこともある。
だから、時には、練習するつもりが、全部の時間を治療にとられてしまうことだってあるし、楽器修理屋へ入院することもある。
でも、そうしている自分に満足。
やることやっているという、“言い訳”みたいなものか。

ここ2,3年、生活が変わってしまって、『毎日が新選組』に変化してしまった。
去年と一昨年は、書くのに精一杯の年だった。
資料アサリから文章の表現、そして何といっても新選組のメンバーたちのキャラの設定に最も時間を費やした。
あの人たちが、一体、どんな人間だったのかということだ。それを自分なりに決めつけなければならないという、責任重大な作業であった。
本は残る。
10年も20年も、いや、僕が死んでからも、あの『人間土方歳三』は存在するはずだ。
だとすると、そんなに無責任に登場人物のキャラを決めつけられない。だから、もうこれで間違いないというところまで突き詰めてから、そして書きながら何度も修正をして、『これなら、大丈夫』というところまで確信を持ってから、校了とした。
そういう経過だから、多摩の四天王、近藤、土方、沖田、井上の人間性には自信を持っている。

音楽の話をもうちょっとする。
よく、プロの演奏家たちは、この『音楽』という字について、音を楽しむことなんだと説明する。
楽しくなければ、音楽じゃないよということか。今をときめく綾戸千絵さんが言いそうな表現だが(言ったのかどうかは、知らない)、なるほどと思う。
でも、これはこの字を使う日本人や中国人(使う?)だけの感覚で、西洋人にはそんなものはない。
なくてもいい、そんな感慨を持つことが出来る私たち日本人、幸せ。
だから、日本語は優れているのだ。
いい国に生まれたもんだ。一番のことは、食いもんが美味いということだ。
何で、そんなに、食いもんに拘るんだと、非難されることもある。だって、「人間は所詮、食って出す」もんだし(汚い表現で申し訳ないが)、ソレが満たされて初めて礼節を知るもんだから。

この表現を歳三に、京都で言わせたことがあった。
歳三は、あの京都で稀有の才能を発揮して、新選組という未曾有の軍事集団を運営していたのだが、隊士達を把握し、働かせるための基本的な操縦法として、副長は人間の『生理』を上手く利用した。
もうこれ以上、話をそらさない。
戻る。

この間、ブログで、高橋尚子が東京国際マラソンで優勝したときのことを書いた。
アレを載せたら、いろんな人から「同感」だとコメントをいただいた。あの時、Qちゃんは「周りの人に支えられて」みたいな表現を何回も繰り返した。
一番はチームQで、次にファンの人たちらしい。

この『人』という字も、先人たちが多くのことを言ってきている。
人は一人では生きられない。そして互いに寄り添って初めて生きることが出来る。だから、寄りかかっているんだと。
成る程。
そして、『人間』という字も。
人と人の間と書く。
ソレも、ほかの動物と違って、生まれたときから独りでは生きていけない。必ず、誰かの世話を焼いて、初めて生きていける。

でも、人間というのは、調子に乗り始めると、いかにも自分の実力でそこまで言ったと過信する。
この間の、選挙を思い出す。
『勝って兜の緒を閉めなおさ』ないと、手痛い仕返しがまっている。
今の株高も心配だ。
調子に乗りすぎてはいないか。
儲かっている人は、ひとまず利益を確保してしまうのも得策だ。
だって、今から約20以上も前になるのか、ブラックマンデー。
年明けになって、湾岸戦争が始まってから地合いが悪くなっていったような記憶がある。
株価も地価もゴルフの会員権も、みんな紙くずになってしまった。
みんな、気をつけないと。

自分のことに振り返ると、この4月に『人間土方歳三』を出版した。
とても順調にいって、ネット販売でも人気があったし、実際の評判も上々だった。
でも、いつまでも続くものでもない。
それに、こうなれたのも周りの人たちが応援してくれたからなのだ。
協力なしには成功なんてありえない。
そして、今、読んでくれた人たちが集まり始めてくれている。
こんな幸せなことはない。
僕の本は、あくまでも『キッカケ』でよい。
酒のつまみのひとつでいいんだ。
いろんな人たちが集まってきて、会話を交わす。
そして、その人たちが生きていることに充実感を味わう。
実に楽しそうなのだ。
11月に京都へ行ったときも、夕食の宴会で僕が挨拶はしたけれど、その後は、僕の存在など、もうどうでもよかった。
『キッカケ』だけだった。
でも、それで十分。サイコーの幸せ。
1月14日には、江戸ツアーを予定している。
既に、満杯で、キャンセル待ちだ。
ここでも、新しいつながりが出来ることだろう。よいことだ。
だって、人間は弱い。
独りでは生きていけない。だから、寄り添うものだから。
素直になって、お互いに寄りかかればいい。
新選組の仕事の前に、教育委員会で学務課長をしたことがあった。
子育てに悩む人、引きこもりや不登校の子供を抱えている人、みんな悩みごをを内に秘めないで吐き出せばいい。必ず同じ悩みを持っている人が必ずいる。
人間、さらけ出すとスッキリする。
そして、解決にはならないが、新たな希望が見えてきたりする。

来年も、ソレで行きたい。
みんなが『生きてる』コトに『充実感』があれば。
それに、お役に立てられるものなら。
江戸ツアーの次は函館になるのかなあ、それとも会津か。
今から、ぞくぞくする。
来年もみんな、読んで欲しいな。

感謝―――村瀬彰吾
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大江戸新選組ツアーの募集締め切りました

先週から募集していた大江戸新選組ツアーですが、定員になりましたので募集は締め切りました。
ありがとうございました。

近藤勇人形





今朝、近藤さんの人形が出来上がったと連絡が入った。
早速作者の高橋富子さんに届けていただいたが、よくもまあ、あんなにそっくりに出来るものだと感心した。

今、新選組歴史館には、中へ入ると、ロビーには真ん中に函館湾のジオラマ、その前に『誠』の旗、そして展示場入り口には両脇に、土方歳三の人形が出迎えてくれる。
このお人形さんは厚木の岩崎さんという方の持ち物で、実にあの写真の歳三そっくりにつくってあるのだ。
黒のコートと、セピアのコートの2種類を作ってくれたので、その両方を飾ってある。

実は、連絡があって、作者の高橋富子さんが本日歴史館に来るというのだ。
突然なので、びっくりした。
この人は、そっくりさんの人形を作らせたら天才的な人で、その2体の土方歳三のほか、当歴史館のロビーには彼女の作品が、今、並べられている。
左からオードリー・ヘップバーンの2体、そして大地喜和子の太夫、寅さん、笠智衆、宇野重吉なのだが、作者の高橋さんから連絡があって、『今朝、近藤勇の人形が出来た』からもっていきたいというのだ。
近藤さんといえば、土方歳三と同じく例の2枚の写真があるが、アレを基にして作ったものらしい。
「直ちに、持ってきて欲しい」
「本日、早速陳列します」から、といった。
午後一番に、彼女は大きなバッグに詰めて、2体の近藤勇をお持ちになられた。
見た途端に、びっくりした。
兎に角よく似ているのだ。
皆さん、近藤さんの写真はご覧になったことがあると思うが、本当にあの近藤が、写真から飛び出てきたような人形なのです。
これをこのブログにアップするので、ゆっくりご鑑賞されたい。
これは、歴史館のHPにも、アップしてあるが、僕のこのブログにもアップすることにした。
恐ろしいほど、よく似ている。
実際の近藤さんは、きっとこんな感じだったに違いない。
作者の高橋さんから、様々なエピソードをお聞きしたのだが、例えば、近藤さんがはいているはかま、アレを作るのに相当苦労されたそうだ。本物のはかまを購入してきて、まずソレを全部ばらしてみたそうだ。
縫製をよく研究し、その形なども研究したそうだ。
そして、髪の毛だ。
ヨークみると、近藤さんは月代を剃っていない。総髪である。だが、ちょんまげが乗っかっていない。スルト、後ろへたらしていることになる。
スルト、殆んど土方歳三と似た髪形ではないか。
幕末の頃は、ああした、つまり束ねた髪の毛を結んで、後ろへたらす髪型が一種流行したそうだ。
特に、攘夷の志士たちの間で人気があったそうだ。
また、家紋も近藤家の三つ引きのものを使っていた。
写真上では、はっきりと確認できないのであるが、高橋さんがそうしたということだ。

本日から、2体ある土方を1体にして、もう片一方は近藤さんに変えた。
やはり、新選組はこの二人である。
二人そろったことにより、いっそう重みが増してきた。
まだ歴史館に来ていない人は勿論、一度来た人も、近藤さんを見に再び来て欲しい。
お待ちしていマース。

出演映像をUPしました

管理人より

12月10日に村瀬が新選組のふるさと歴史館館長として日野ケーブルTVに出演しました。
(詳しくは先日のブログ参照)
その映像をこちらでUPしています。
興味のある方は是非ご覧ください。

今度の展示は『新選組誕生』というテーマだ

ケーブルテレビのインタビューで、目玉を語ったが、やはり、歳三の奉公話だ。


オープン初日の10日に、ケーブルテレビのスタジオでインタビューを受けた。
7分間の収録だったが、土方歳三のコスチュームでの出演だった。
日野ケーブルテレビのスタジオは、日野宿本陣の斜め前にあって、歴史館からでも車なら5分とかからない。
ここに、櫻井さんという女性のキャスターが今年から新人で入った。
この人は実践の4大を卒業して就職したのだが、実はこの人には大分世話になった。
というのも、僕がこの新選組の仕事についてまもなく、実践女子大の中に新選組研究会を発足させようと奔走したことがあった。
この大学は市役所と目と鼻の先にあって、そこの企画部長とは前から懇意にしていたので、僕と二人で協力して研究会を作った。
だけど、こういうのは、こっちが一所懸命でもダメで、肝心の学生にやる気がなければ先へ進まないものなのだ。
そのとき、この櫻井さんがリーダーとして活躍してくれて、研究会を引っ張ってくれた。
櫻井さんたちのもともとのクラブは、《着付研究会》であった。
実践のこのクラブは優秀で、毎年入賞どころか、優勝しているはずである。
櫻井さんは、そこの部長でもあった。
この人、今はジーンズで飛び回っているが、着物を着させたら、実に迅速に、きっちり着る。
また、姿勢もよいから、出来上がりが美しい。
彼女から、インタビューに応じてくれとのオファーがあった。
なにか、因縁めいている。
また新選組つながりなのだ。

質問の中に、「今度の展示の目玉は?」
というのがあった。
展示のタイトルは、『新選組誕生』なのだが、目玉というと、やっぱり、歳三の奉公の一件だろうから、ソレを話した。
これまでの定説では、11歳と17歳のときに奉公に出たことになっている。
どちらも1年と続かなかったようであるが。
だが、今回出されている石田村の宗門人別書上帳には、14歳から24歳まで奉公に行きっぱなしだったというのだ。

これは、どう考えたらよいのだろうか。
土方歳三の天然理心流入門は、文書では、三鷹の竜現寺にある神文帳で安政6年3月9日となっている。
歳三25歳の頃で、遅すぎるといわれてきた。
もっと早く、剣術はやっていたはずだと。
だって、次の年には府中の六所宮で、剣術の模範試合をしているのだから。
入門一年で模範試合はないだろうということなのだ。
それに、この頃、関東一円の剣豪を記した書物の中に歳三の名がある。『武術英名録』というものだ。
そんなに早く、上達するか?
だが、今度の資料は、歳三の遅い入門を裏付ける結果になっている、ともいえる。
24歳まで、奉公に行っていたのだから。

でも、これが本当なら、彼は、家業の石田散薬を担いで行商をしたなんて話もないことになるだろうし、まさか、奉公先で、剣術の稽古はありえない。

やっぱし、謎だ。
はっきりとしない。
いろんな推測は成り立つ。
例えば、この間、奉公といっても、実際は佐藤彦五郎のところへ行きっぱなしだったとか。
ソレを、書類上は、奉公のままにしておいた。
彦五郎のところならまだよいが、奉公には出たが、そのまま行き先知れずの風来坊だったかもしれない。
とりあえず、奉公ということで、放っておいたとか。
そして、そのうち、いつの間にか試衛館に転がり込んでいたなんて。
よい方向にも、そうでない方向にも解釈できる。
何よりも、これだけの資料で、断定的な発言は出来ないということだ。

ただ、不思議なことに、現存する28通の手紙のうち、歳三は、京都から実家に1通も手紙を書いていない。
アレだけ筆まめで、彦五郎をはじめふるさとに書いているのだがーーー。
実家に寄り付いていなかった可能性は、十分ありえる。
これは、決して実家が嫌いだという断定ではなくて、年頃を過ぎて既に、とっくに大人の年齢になっているのに、いまだ行く末定まらない自分がみっともなく、世間の目もあって、石田村には居づらかったと見るべきではないのか。
ただ、そうだとしても、手紙を書いていないのは何か不思議だ。

もっと不思議なのは、これは僕は自分の本の中でも書いたのだが、歳三は鳥羽伏見の戦のあと、一通も手紙を認めていない。
何故なんだろう。
特に、函館にいるときなぞは、いくらでも時間はあっただろうに。
やはり、もうとうに、自ら、土方歳三という人間を消し去っていたのだろうか。
まだまだ、考えることが多い。
楽しませてくれる男だ。

今度の展示で、目玉はまだある。
次のブログに譲る。
続きを読む

大江戸新選組ツアー参加者募集

管理人より




村瀬と一緒に貸し切りバスで行く
江戸の新選組ツアー(その後新年会)に参加なさいませんか?


夜に予定がある方はツアーのみの参加ももちろん大丈夫です。
大いに新選組話に花を咲かせてください。
はじめましての方ももちろん大歓迎!
沢山の方のご参加をお待ちしております。


■日時
2006年1月14日(土)

■日程
9:00 JR四谷駅集合
1:市谷試衛館跡(彼らの日常風景にもあったはずのお稲荷さんの社に、当時が偲ばれます)
2:伝通院(浪士隊が集合した処静院跡地、清川八郎の墓など)
3:文京シビックセンター(25階展望台から山岡鉄舟や永倉新八の住んだ場所をご案内)
4:斎藤一旧居跡地(本郷真砂町の警視庁時代と晩年に住んだ場所)
5:昼食(「深川釜匠」で本場の深川めしをどうぞ)
6:深川江戸資料館(江戸時代の深川の町並みを再現。彼らの時代にタイムスリップ?)
7:今戸神社(沖田総司終焉の地、松本良順旧居跡)
8:上野公園(彰義隊の墓、西郷隆盛像)
9:板橋新選組墓所(近藤、土方、永倉の墓)
16:00 JR板橋駅解散
新年会に参可される方は、会場までご案内します。
■費用 4,000円(貸切バス、昼食代) 他に資料館入場料300円がかかります。
■募集人数 30人

■応募締め切り 12月22日(木)

他新年会などの詳しい内容、申し込みフォームは上のアイコンからどうぞ!

12月10日、新選組のふるさと歴史館がオープンした

あの手拭欲しさに、暗いうちからファンが並んでくれていた。


昨日(10日)、オープンだった。
9時30分からセレモニーがあって、10時にテープカットして入場したのだが、今の時期にしては、お天気にも気温にも恵まれて、幸せな開館だった。

ただ、ああゆうのは、あまり経験したくないものである。
当市は今、関係する衆議院議員が3名もいて都議会議員が2名いるから、それだけで5人である。
この人たちの席順から、挨拶順、テープカットの並び、他の重鎮との発言や並び順の順序など、神経が疲れきってしまう。
また、招待状の出し忘れなどだ。
「やっべえー」などと、頭抱える。

11時と14時の2回、例のエル・プロの人たちによる芝居があった。
この間、このブログでも紹介したが、彼女たちの芝居はとても面白ろかった。
僕が、押し付けがましく、ここで言うのも変なのだが、でも、ご覧になった多くの方々が、「とてもよかった」「すごい」といってくれた。
どこかで、公演がないのか、見に行きたいという声が多かった。
プロだと思っている人たちもいた。
そのくらい、優れている。

ところで、展示内容だが、大河の展示については、このコーナーをご覧の方々はもう既にご存知の方が多いので、コメントはしないようにしたい。
でも、ちょっとだけ。
あの隊旗。
金色の刺繍してある高価なものだが、ボロボロに燃えてしまっている。
だが、神楽教授のコメントにもあったように、相当なインパクトがあると思う。
僕は、あの焼け具合を見たとき、京都での新選組の華やかさがもともとの旗の色だとすると、今の無残な姿は、土方歳三を象徴しているように思えて、どうしても、あの場所に飾りたかった。
大げさに言わせて貰うと、
日野の、うちの歴史館に、飾る資格があるような気がして、―――。
土方歳三のふるさとに、戻してやりたいのである。
最も似合うのである。
と、勝手に僕は思っていたから、ほかの事はともかく、あの旗だけにこだわって、NHKに交渉してきた。
その熱意が通じたのか、持ち主のT装飾が優先的に、半年間貸してくれることになった。
残念ながら、手に入れる(買う)ことは出来なかった。
今、T装飾の関係者が言っていたが、函館から「貸してくれ」との依頼が来ているとのコト。
先でよかった。

その旗の前に、今度のドラマ「最期の一日」で放映されるジオラマが置いてあるのだが、その意味がわからない人が多い。
まだ、テレビで映していないのだから仕様がないのであるが、五稜郭で、函館政府の幹部連中があの周りで軍議をし、結果、大鳥圭介がぶっ壊すらしい(と、僕は、関係者から聞いた)。
だから、今うちにあるものはかなり壊れている。
「なんだ、これ」
なのである。
早く、1月3日になってほしい。
そこから改めて、あのジオラマの価値がわかるのかもしれない。
《歴史街道》という月刊誌に、特集記事が載っていて、あのジオラマを囲んでいるシーンが載っていました。
立ち読みを。

大河の展示コーナーは、おまさちゃんの暖簾をググって、そこには竹箒が逆さに立ててあってなどと、完全にお遊びのつもりのスペースなのだが、それでも、歴史を好きな人たちでも楽しめると思う。
壁には、伝通院に張り出してあった幕府募集の浪士組の編成表、あのでかいのを飾ってある。
単に、ドラマだけにしないで、改めて、浪士組上洛の意味、意図を考え直して欲しい。
平日に、皆さん来ることをお勧めしたい。
とても静かで、ゆっくり座って物思いにふけって欲しい。
僕は、自分で作った閉鎖空間なのだが、今日もそこで、独りで、ものを考えていた。
とても、気が休まるのです。
目の前に、コルクが置いてあって、山南さんの位牌、野菊、両刀、土方歳三のあの小紋の刀、沖田が使っていた白鞘の刀もすぐそこですよ。
これだけそろっているんですから、来ていない人は、すぐ来なきゃね。
斎藤一が彫っていた、あの彫刻。
四つあるんですが、アレは、2月以降に飾ります。
そう、いっぺんじゃ、げっぷが出ちゃう。
小出しにさせてください。
そして、何回も日野に足を運んでください。

大河以外の展示物のことについては、長くなるから、次回にします。

明日OPENです

管理人よりお知らせ

ついに明日、日野市立新選組のふるさと歴史館がOPENします。
本来なら村瀬が直接お知らせすることなのですが、準備で忙しく、管理人で失礼します。

明日は先着200名に「どこかで見た」手ぬぐいをプレゼント!
当日は、AM8:30より整理券をお配りします。
整理券は、お一人様1枚に限り有効です。

写真について:
誠の旗の前で写真を撮ることができます。
ただ、触らないようお願いします。

あと、館内は原則撮影禁止ですが、大河コーナーの中のみ、撮影はOKです。
くれぐれも、

大河コーナー以外では

撮影をしないようお願いします。


催し物としてはL.PRODUCTSの演劇公演があります。
「新選組Let's伝パート2」~間違えられた男~
11:00~11:30 14:00~14:30の2回上演

村瀬曰く「面白いから是非見てほしい!」とのことです。

また、明日、大河の土方歳三が使った刀がご覧になりたい方は3時30分前にお越しいただくことをお勧めします。
4時から日野ケーブルテレビに村瀬が出演する際、その刀を持っていくので、ご覧になりたい方は早めのご来場がいいかと思われます。
(その刀が会場にない時間帯は他の刀を展示する予定ですが)

それでは皆様、ご来場をお待ちしております。
続きを読む

『練習のために費やした時間は、決して無駄にはならない。最後には、必ず報われる』――ソニー・ロリンズ――

10日から皆さんに着てもらう衣装、来年の2月にならないと、アメリカから出来上がってこないというので、ソレまでの間、借りることになっていたので、再び、武器屋に行った。

武器屋の代表取締役、とってもいい人で、自分の衣装を貸してくれた。
今日もいろいろな話をしたのだが、今月の27日、日本テレビで「河井継之助」の放映があるそうで、そのときの武器類と衣装などすべて、この武器屋が提供したらしい。
何故だろうと思った。
他に調布にT装飾なぞの大手があるのに、こんな小さな店じゃなくても、と思った。
僕も図々しく聞いた。
「何故、おたくなの」
「ソレは、うちがこだわりの店だからですよ」
という返事だった。
社長が言うには、幕末ものなら、時代考証を初め、すべてにこだわって本物志向は、『うちしかない』ということだ。
だから、本物に似せた戦闘シーンを撮るには、武器屋に頼むしかない、と言って憚らない。
今度一緒に、そうした撮影シーンを見に行きましょうと誘われた。
一度は、見てみたいものである。

武器屋を出て、今日は御茶ノ水を通り過ぎて、神保町方面に行った。
ここも久しぶりなので、懐かしい小路をあるいたら、懐かしいお店が健在であった。すずらん通りには『さぼうる』、タンゴの『ミロンガ』などという昔ながらの店がいまだに顕在だった。
とても嬉しくなった。
靖国通り沿いには、神田淡路町辺りから小川町、駿河台下、神保町専修大学前、靖国神社と続くが、本屋を始め昔からのお店が健在で、スポーツ洋品店や画材屋などがおおい。

若い頃は、僕は不真面目だったから、本なぞは滅多に読まなかった。
ただ、スキーは大好きで、毎年何回も行ったから、ヴィクトリアをはじめミナミ、市川スポーツなど、ここら辺りのスポーツ用品店には随分と通った。
また、お茶の水から小川町、神保町付近は以前より楽器屋が多い。
下倉を始め、黒沢、宮地楽器などいくらでもある。

一軒の楽器屋に何とはなしに入ったのだが、そこで釘付けになってしまった。
楽器屋には、当たり前だが、楽譜や教則本なぞを売っている。
片っ端から立ち読みしているうち、『俺は、もっと真面目に練習しないといけない』と反省を始めてしまったのだ。

思えば、新選組、土方に出会ってから、“そっち漬”になってしまっていて、けっして昔からおろそかにしては来なかった楽器の日々の練習も、いい加減になっていた。

兎に角、10日を無事迎えることが出来たら、その後は、今までどおり、毎日がTsとFlの基礎練習だ。
そのために、まとめて3冊のzu-ja関係の書物を買ってしまった。

ソニー・ロリンズというTs(テナー・サックス)の巨人がいる。
先月も来日していたが、今年で75歳になる。
ジャズの名盤を何枚も作ってきている。
あの、伝説のチャーリー・パーカーやマイルス・デビス、ジョン・コルトレーンなどとの競演は語り草になっている。
その人が、いまだに、『大事なことは毎日のロングトーンと深い呼吸だ』と、雑誌に書いていた。

そして、特に、次の言葉に釘づけになってしまった。
『練習のために費やした時間は、決して無駄にはならない。最後には、必ず報われる』と。

実は、自分は、この年になってもまだ、『いまだにこんな練習しているのか』って否になることが、間々あったのである。
辛さから逃げ出したくなることがちょくちょくだった。
今日の、ロリンズの一言は、迷っていた僕のわだかまりを解消してくれた。

ロリンズの演奏は、実に叙情的で美しい。
あの、泉のごとくあふれ出る躍動感のあるフレーズには、若い頃からジャズの素晴しさを堪能させてくれ、心を奪われてきた。何度でも同じレコード、曲を聴いて来ている。

特に、ヤッパ、アルバムでは『モリタート』
そして、今夜もマック・ザ・ナイフを聞いてから寝る。

12月10日(土)、歴史館のオープンですが、11時と14時からの芝居、絶対、見てくださいね

本日(12月1日)、10日にお芝居をしてくれるエル・プロダクツ代表の桑野さん(近藤役)がお見えになった。
最近は、木曜日にいらっしゃる。
本番に向けて、彼女、下調べに来てくれているのだが、殆んど僕との会話に時間を費やす。
ソレは、僕に責任があって、彼女をいつまでも引き止めてしまうからかもしれない。

何故?
う~ん、多分、ずるいのだが、僕の本を隅々まで読んでくれて、最大限評価してくれてるからかもしれない。
(軽薄短小、単純で馬鹿な男)
彼女たち、先日函館に行って(全員が芝居の出演者)、僕の本に書いてある、あの函館湾での歳三の体験を遊覧船に乗って、実際に体験してくれてきたのだ。
是非、函館湾から半島を眺めたかった。そして、そのときの歳三の気分に浸りたかった。ソレを体験してきた、というのだ。
そして、その体験が、僕の『人間土方歳三』全くその通りの情景だった、といってくれた。

僕は、あの本を書いているとき、お読みになる皆さんに是非、一度はあの湾に出て、美しい函館半島を遠めに眺め、白亜の領事館や公会堂なぞを確かめながら坂道を確認し、当時の歳三の心境に入っていただきたいと、思いながら進めていた。

独り小舟に寝転がる歳三。物音ひとつしない。
京都にいるときとは、「大分人が変わった」と他人はいう。
だが、無口なところは昔と変わらなかった。
船頭は、そんな土方という人間をよく知っていて、小舟の先端に座って黙々と煙管をふかしている。
右手には、新政府軍の攻撃を防御するための弁天台場が設置されていた。
既に、旧新選組の面々が、ここに陣取っていつでも戦闘体勢に入れるよう控えていた。

物音ひとつ聞こえない。
静かだ。
時々寄せる波音が船腹にぶつかり、船体が揺れる程度である。
抜けるような青い空と、春の函館湾。
半島の緑が、ことさら美しい。
日野だって良いところだ。あそこには、白雪をかぶった富士山がまだこの季節、高幡山の向うに堂々とそびえていて、その威容は何処にも負けない。
歳三の唯一の、ふるさと自慢である。
空の青さは、ここも日野も大して変わりはしなかった。
唯、違うところがあった。
三つ、雲が見えた。
1つは近藤さんだ。もう1つは源さん、そして最後が総司に見えた。みんな、もういない。
自分だけ、いつまで恥を晒しているんだ。
いや、もうすぐだ。
みんな待っていてくれ。

こんな心境の土方を書いた記憶がある。
本とは、表現が違うかもしれないが、歳三の心持は同じである。

エル・プロダクツの代表の桑野さんは、僕の想いをよーく理解してくれている人だ。
全編、読んでいて、情景が見えるとも言ってくれた。
世辞か。
でも、嬉しい。
僕は、綾瀬川の近藤と土方、渡月橋の山南と総司にしても、情景をとっても大事にしてきている。
ソレを素直に評価してくれる桑野さんが演出して、10日に芝居を見せてくれる。
戯曲を読ませていただいた。
相変わらず、テンポ、リズム、間がいい。
今度のタイトルは、『間違えられた男』という、殆んど喜劇である。
30分ものだが、とても楽しみだ。
皆様も、ご覧いただきたい。

アンケート締め切りました

管理人より

アンケートにご協力ありがとうございました。
近いうちに、江戸ツアー参加募集を正式に行なう予定です。
アンケートに答えそこなった方も参加できますので、興味のある方は是非ご参加ください。
村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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