村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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残念・・・

四回にわたって『すってん業平になった歳三』を連載し、その後『すってん業平余話』と言うものを載せた。
そして、お世話になった”駒形どじょう”の五代目夫人、渡辺栄美氏にお礼のお手紙と僕の本を送った。

すると、ご丁寧にも、直ちに返事のお手紙をいただいた。
6代目からであった。
「母は、この3月に亡くなった」と、書いてあった。
そして、僕の「人間土方歳三」を早速仏壇に飾ったと言うことだった。

もう少し早く、お礼を言えばよかった。
残念。
でも、あのどじょうの伝統と『すってん業平になった歳三』の話は、浅草辺りに永遠に 語り継がれていくことだろう。
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この時代、幕末の志士たちから何を学ぶのか

今朝、職場の人が朝日新聞のコピーをくれた。
――『AAN世界の窓』fromアジアネットワーク――というコーナーで、早稲田大学教授 天児慧(あまこさとし)という人の論説だ。

そのタイトルは、《幕末の志士から何を学ぶか》というものだった。彼の主張を要約すると、
 「どのような方向に向かって動いているのか、その中で日本をどう位置づけ、どんな指針を示していくのか。今まさに日本の政治指導者が問われているのはこの一点である。
  そうした折に、未来へのメッセージを示すことなく、国際社会からの独立化と日本のプレゼンス低下をものともせず、ひたすら《靖国という過去》に固執し、自我を通し続けることがいかに愚かなことであるか」

 「こうした人たちの多くは吉田松陰や坂本龍馬ら幕末維新の志士たちを憧憬している。小泉首相は執務室に松陰のブロンズ像を飾っているという。彼らの何にあこがれ、尊敬しているのだろう」

 「彼らのすごさは日本が『鎖国の平和』をむさぼっていた時代に、いち早く新しい変化の兆候を嗅ぎ取り、それがとてつもなく重大なことだと受け止めたことにある。……勇気と知恵をもって『西欧列強の侵略』をかわし、旧体制を打破して新体制を打ち立てることに全身を投じたことにある」
 「いま、その精神と姿勢を学ぶことなく、幕末の志士を仰ぎ奉るのは『虎の威を借る狐』にも等しい」と、手厳しい。

 「近現代史の中で、この三国は厳しい対立・戦争を経験した。如何なる言い分はあれ、仕掛けたのは中国、韓国ではなく日本だった。そこを充分に認識した上で両国の人々の気持ちに配慮し、信頼と協力の関係作りに全力を屈すのが我々の使命ではあるまいか。
……未来のアジアの姿を見据えてこそ、日韓中の連携も可能となる」と、結んでいる。

小泉さんは、「心の問題」だといった。
相手の国の人にも『心』がある。
『心』を口に出来る人は、他人の心を思いやることが出来る人のことである。

僕は、このコーナーで過去何回か、幕末維新の志士たちから学ぶべ
きものがあるはずだと、主張して来た。
彼らの優れている論理は、目の前のことに囚われるのではなく、50年、100年先の日本を見据えていたことであった。後世の日本人に恥じない改革をしておこうと、必死だった。
でも、自分らのしてきた改革が決して国民のためになっているとは言えず、むしろ唯ひたすら身分の高い権力者や一部の商人らが利権をむさぼっている現実に、『維新のやり直し』が必要であるとして、反乱を起こしてきたのが萩の乱であったり、佐賀の乱であったり、西南戦争であった。

征韓論に敗れた西郷さんという表現を使う人がいるが、彼は一度として『征韓』と言っていない。遣韓使節なのである。
ヨーロッパからやってくる列強の侵略から、国を守らなければならない。そのためには、日韓中が力を合わせるべきであるというのが勝海舟の論理であったし、その弟子の坂本龍馬のテーゼでもあったし、西郷も影響を受けた。
日本は協力しなければならないその2国を侵略した。その謝り方が不十分だとして朝鮮半島も中国本土も納得していない。反省していないからだという。その上に靖国問題である。

A級戦犯が、東京裁判で、アメリカの、勝者の論理で行なわれたもので、あれに正当性はないと主張する人がいる。だとしたら、数百万人を殺したアノ戦争の責任は誰にあるのか。
わが国は、総括なし、放りっぱなしで戦後60年経過してきたことになる。
なんとも妙な国である。
こうしたことの繰り返しが、国際的な信用を下げてきている、失墜してきていることにならないのか。

昨日、自民党総裁選挙の立候補者が出揃った。
安倍晋太郎で大方決まりという雰囲気の中、多くの関係者は勝ち馬に乗り始めている。
彼は憲法を改正すると公約した。この憲法も、アメリカから押し付けられたものだという理屈である。
改憲問題というものは、そう簡単に口に出来ない最重要課題として、これまでの首相らも慎重に発言してきたのだが、どうしてか、安倍さんはやすやすと言ってのけた。
彼は長州の出だ。
思い返せば、この国の軍事体制を作ってきて、国民をマインドコントロールしてきたのも、山県有朋をはじめとした長州系の人たちである。

奇妙にも、A級戦犯否定派と憲法改正論者は一致している場合が多い。先の戦争は、軍部に責任はないと言い張り、今の平和憲法が、邪魔くさいと感じている人たちなのかもしれない。この地球上で行なわれている様々な紛争に、自衛隊が軍隊としてすんなり出動できないからなのか。

東京裁判も今の平和憲法もアメリカからの押し付けなのだが、これを否定する人たちは、どういうわけか不思議なことに、日米安保条約を維持しアメリカの傘の下が心地よいと考えている人たちなのである。

思い起こせば、幕末から明治にかけて有能な人たちが随分と「天誅」の名の下に暗殺された。開明的な開国主義者、又は平和主義者に、多く天誅が加えられてきている。
『攘夷』といってさえいれば、安全であった。
今も、そんな空気がないか。
靖国を批判すれば、家も焼かれてしまう世の中なのである。この国に、本当に言論の自由があるのだろうか。ものを言えば、権力や暴力で押さえ込まれる。
今こそ、憲法を大事にしたい。

憲法が、どういう経過で誰が創ったものかは、この際、大した問題ではない。重要なことは、今の日本国憲法を我ら日本人がどう思うか、感じているかである。
国際的には、すばらしい憲法であるとの評価が高い。
よいのなら、誰に押し付けられたものであろうと、誇りに思えばいいのである。
僕は、総じて、その精神上、これ以上の憲法は作れないと思っている。

改革というが、改悪に繋がらなければよいのだが。

すってん業平余話

前回まで、四回に分けて『すってん業平になった土方歳三』というタイトルで連載した。

この話、「実は、実話」である、と、言いたいのだが、そこまでの確信はない。
だが、相当の信憑性はある。
日野に、昔から伝わる土方歳三の所謂『聞き書き』の話がある。
今では、まことしやかに伝えられているのであるが、だとすれば、業平の歳三だって同じ次元のお話である。
だって、今でも、浅草に、伝説としてあの話は伝わっているのである。唯、書く人が殆どいないのと、伝え方がマイナーだからみんな知らないだけだ。

2004年の確か、秋口だったか、渡辺栄美さんという方から2冊の小冊子が送られてきた。
正直、その時は僕も『新選組特命主幹』になって連日、日野市内を全国からいらしたお客様をご案内していたので、また、新選組フェスタのことで頭がいっぱいだったので、その小冊子の価値がわからず、そのまま放置していた。
最近、これまでの資料を改めて整理していたら、約2年ぶりにその冊子を目にすることになった。ぺらぺらめくって読んでいたら、『眼からうろこが落ちる』ような文章に突き当たった。
「歳三が土佐の山内容堂と恋敵だった」という記事である。

この冊子(写真)は、『どぜう往来』というタイトルがついている。この時既に84号にもなっている。


これを送ってくれたのは渡辺栄美さんという方で、あの《駒方どぜう》の五代目の夫人であった。この『どぜう往来』の冊子の中の最初に“のれんと柳”という題のついた連載がある。ここは毎回五代目夫人がお書きになっているらしく、泥鰌にまつわる、また浅草に伝わる興味深いエピソードを紹介してくれているのだが、ここにあのお話が出ていたのである。
夫人は、駒方どぜうに伝わる話として、ここで紹介してくれている。それは、夫人の創作話ではなく、店に、あるいは浅草、吉原あたりに脈々と伝わる話なのである。
僕が4回に分けて書いた話は、夫人の話を基にして発展させた小噺なのだが、歳三が容堂の手下に襲われた話は、夫人が書いていたものである。

前回まで、四回に分けて『すってん業平になった土方歳三』として載せたのだが、実は、あれは、思いつくままに書きなぐったものなので、起承転結も序破急もない。だから、お読みになられた方は、おそらく大分読みづらかっただろうと思う。
改めて、お詫び申し上げます。
機会があれば、きちんとしたお話にしたいがーーー。

WBC世界王座決定戦

ガッツ石松 「これがまかり通るなら、僕はボクシング関係の肩書きは何もいらない」
―――WBC世界王座決定戦―――


僕は、このブログで、スポーツの大きなイベントがあるごとにコメント書いてきた。
8月2日に行なわれたボクシング・ライトフライ級の世界王座決定戦について、全くふれるつもりはなかったが、ああゆう判定じゃ言いたいじゃありませんか。

僕は、もう50年も前からボクシングは見てきた。とっても、特別なファンとか言うのではなく、唯、一般的なスポーツ好きのおじさんの範疇に過ぎないのだが、でも、世界チャンピョンの試合は大概見てきた。

僕ら団塊の世代は、力道山のプロレスやジャイアンツの野球、若乃花や大鵬などの相撲で育ってきた。大概、僕らの年代は、好き嫌いは多少あっても、こうした話題には入れる。
ボクシングは、白井義男やファイティング原田の想い出は今でも鮮明に残っているが、藤猛の有名な「岡山のおばあちゃん」「大和魂」は当時流行語になってしまったほどで、今ならさしずめ、『流行語大賞』間違いないところだろう。
あの時代(今から4~50年前)、誰でもがボクシングを話題に出来たほど、僕らの生活に根付いていた。
漫画の『あしたのジョー』が火をつけたという人もいるが、どうだろう。それより前から関心はあった。丁度力道山がアメリカのでかい奴らを空手チョップでやっつける小気味よさ、憂さ晴らしで人気があったように、ボクシングでも同じではないかと思う。

プロレスは、ショー的要素があるから僕らも割り切ってみていたところがある。それでも興奮した。
ボボ・ブラジルの頭突き、ルー・テーズの岩石落とし、フレッド・ブラッシーの噛み付き、デストロイヤーの四の字固めなど、力道山の額は血まみれで、強烈な印象が残っている。毎週、金曜日の晩は8時から『三菱ダイヤモンドアワー』が楽しみであった。でも、記憶では、ウォルト・ディズニーのアニメとプロレスが一週おきで放送していたように思う。

だが、プロレスと違って、ボクシングは真剣勝負で、八百長なぞ一切考えられない(実際は知らないが、そう感じる)。外国のチャンピョンを破ってタイトルを奪取しようものなら、日本中の人々が、無類の歓びであった。

こうした観点からすれば、この間の亀田興毅の試合は勝ったのだから喜んでもいいように思うが、素直には嬉しくない。
僕だけか?
いや、違う。
みんな、僕と同意見だった。
だから、TBSに抗議の電話が既に55000件も入っているという。
超異常。
何も、テレビ局に抗議しても仕様がないように思えるが、皆さん、晴れない気持ちを、どこへも持っていきようがないからそうしている。
日本人が勝ったからといって、喜び、放っておくのではなく、おかしな判定に納得いかないから行動を起こす我ら大和民族。
こういうところは、国際的に評価されると思うが。
まだまだ見所がある。
逆に嬉しくなってきた。

あの、判定については、僕は改めて強くは言わない。
だって、みんな同じように思っているのだから、その必要がない。僕は、どうも、その後が気になる。
一体、スポーツ関係者はどう思っているのか。
彼らの多くは、報道によると、『仕様がない』で片付けているらしい。ボクシングは以前から、《アウェイ》の時はああゆう結果が出ていた。今回もその一つで、「よくあること」なのだそうだ。ボクシングではアウェイとは言わず、ホームタウンデジションと言うらしい。
だから、不思議はない、と。
確かに、外国で行なわれたタイトル戦は、日本人に不利な判定が出ていたことが、往々にしてあった。結果、日本以外でやるときは、判定ではダメで、「倒せ」と。
でも、それは、ボクシングに限ったことではなくて、サッカーではもっと日常茶飯事だという人もいた。だから、この間のワールドカップでは、ドイツで開かれたのだから上位は皆、ヨーッロッパの国々だった、と。
例の、ジダンの騒ぎも今はもう落ち着いているが、ヨーロッパでは、人種差別的発言で相手の選手を攻撃するくらい、よくあることらしい。

サッカーというゲーム、どう考えたらいいのだろう。
外国でよくある、あの、暴力的なサポーターの馬鹿騒ぎといい、北朝鮮の選手たちの審判への暴行なり、ちょっと、野蛮すぎない?でも、今回の判定結果は、もしかして、国際問題にもなりかねない要素もあるような気がするが。
考えようによっては、もっと“野蛮”な結果なのかもしれない。あれじゃ、ルールも判定基準もないに等しい国だと。
ガッツ石松は言った。
「これがまかり通るなら、僕はボクシング関係の肩書きは何もいらない」と。
決して、“OK牧場”とは言わなかったらしい。

どこか、違うところで何かの『力』が働いていて、その力は大きな権力を持っていて、その権力がすべてを動かしているように思えてならない。亀田父子も、もしかして、その犠牲者なのかもしれない。
ここまで社会問題化すれば、あの父子、「ベルトを返上してもいい」と考えているかもしれないのだ。そのほうがすっきりするし、改めて同じ相手と試合をして、今度はすっきり勝つと。(---その保証はないが)
だって、そうしないと、彼ら、これからお天道様の下を、堂々と歩けないんじゃないの。
あの浅野内匠頭を、江戸城松の廊下で後ろから羽交締めにして、500石から1200石に出世した梶川与惣兵衛だって、「武士の情けを知らぬ奴」として、世間から散々な目に合わされた。それは、孫子の代まで祟ったそうな。これは、僕の本で書いたから、詳しいことはめくってみてね。

ベルトを返して再戦して、それで、真の世界チャンピョンになる。
でも、権力がそれをさせない。そもそも、ああゆう結果にしたのは、その権力だから。
と、このように、思いたくなるのです。

今回は、せっかく取れたベルトなのに、僕がイチャモンつけているようですが、でも、全国的に同じ思いの人が多いらしい。

もうひとつ。
あの、テレビ番組、夜7時半からの放送だった。だから、それまで4チャンネルで野球を見ていたのだが、6チャンネルに変えた(東京だから)。でも、一向に始まらない。じりじりしてきて、また野球に戻した。それから、6チャンネルと4を行ったり来たり何度も往復した。とうとう1時間立って8時半になった。それでも、まだ始まらない。だから、また野球。
そしたら、野球のゲームが終了した。
もう、9時近かった。
失敗した。ボクシング、終わってしまっているかもしれない。あわてて、6にした。9時なっても、まだ試合は始まっていなかった。7時半からの放送でですよ。
ひどいと思いませんか。それでも平均視聴率大阪では44%、一時的には50%を超えたそうな。

これで、ボクシングはスポーツじゃなくなって、バラエティーになった。あの、タレントが出てきて騒ぎ立てる女子バレーと一緒になった。

あれだけ前評判で煽っていたから、誰だって、ボクシングを見たこともない人たちも、みな見た。でも、結果は、ボクシングというスポーツの印象をいたずらに悪くしただけだった。
ほとんど一方的な試合で、亀田はただ突っ立って防戦一方だったように思えた。たまにパンチを繰り出すが、腕が縮こまっていて殆どヒットなんかしていない。
アナウンサーが大げさに亀田びいきに怒鳴りまくるから、そのような錯覚を覚えるだけで、どう公平に見ても、負け試合だ。

北朝鮮がミサイルを撃っても、日本が世界に訴えても、いまひとつ聞いてもらえない。
何故?
日本が、アメリカの属国化しているからではないのか。例の拉致問題にしても、諸外国はもう一つ真剣になってくれていない。それは、わが国が信用を失墜しているからではないのか。
不当だといっても、国債の格付けは100位以下らしい。
靖国問題もすっきりしない。
そのあたりが理由なのか、拉致やミサイル発射で、中国に同意を求めても、はなからダメだろうに。
日本という国、戦後は勤勉で技術力も高く、全世界から評価されてきたようだが、いまや、落ちるところまで落ちている。先進国の多くは脱原子力を進めているが、原爆を落とされた唯一の国なのに、原子力政策もはっきりしない。何よりも、マンションの耐震構造がいい加減で、非人道的な設計がまかり通っている国なのである。国民から集めた貴重な年金原資も、どこへ行ったのか、目減りしている。だから、掛け金を上げると。
こうしたことが、逐一外国に情報としていきわたっている。
今回の判定が、わが国の評判の失墜に、拍車がかからなければいいが。
村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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