村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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ド演歌!!瀬川瑛子『命くれない』

ーーー最近音楽づいてきたーーー

明日、24日に、一つ演奏を頼まれている。
多摩地区にある大きなホテルで、フルバンドでの演奏である。
昨年秋に財務大臣表彰というのを受けられた方がいて、その栄誉を祝して盛大に祝賀会を開催するというもので、列席者は300人を越えるという。
この表彰は、毎年秋に、皇居内で天皇陛下に拝謁して行なわれるものらしく、大変厳(おごそ)かなものだと知った。
叙勲にあやかったO氏とは以前から親しくしていたので、フルバンドの演奏を頼まれたのだった。

このフルバンドというのは、ジャズの編成でも大きなもので、最低17人は必要としている。
最近では、経費節減で、どこのテレビ局も《歌番組》で生のバンドを入れるということがなくなってしまったが、以前は、必ず歌手の後ろにフルバンド編成の演奏者が伴奏している姿が見えた。
僕の記憶するところで、ざっとバンド名を挙げると、
   原信夫とシャープスアンドフラッツ
   宮間利之とニューハード
   高橋達也と東京ユニオン
   ブルーコーツ
   小野満とスイングビーバーズ
   見砂タダアキと東京キューバンボーイズ
   有馬徹とノーチエクバーナ
などで、このほかにも勿論たくさんのフルバンが活躍していた。

印象深いのは、スマイリー小原とスカイライナーズ。
確か、フジテレビの『ザ・ヒットパレード』で、毎週後ろで演奏していた。
このスマイリー小原という人、実に目立っている指揮者で、常に踊っていたのである。バンドが演奏し、歌手が歌うのであるが、そのほか指揮者が踊るのである。それがまた見事で、いわゆる“のり”がいいのである。
今で言う、あのマツケンサンバの踊りを考えた人、よくテレビに出てくるあれ。あの踊りによく似てるんだが、あんなイヤラシイモノではない。
もっと品がいい、イカしていた。
今でも、あれやったら、格好いいんじゃないかな。
その上、声が男性的で、低音のすばらしい人だった。だから、後年歌も歌っていて、『ミスターベースマン』という曲を掛け合いで歌っていた。
この番組、レギュラーはザ・ピーナッツで、他にも当時活躍していたミッキー・カーティスや平尾正晃、中尾ミエ、伊東ゆかり、弘田三枝子など、挙げれば切りがないが、ロカビリー歌手やロック系の歌手も大勢出ていた。テレビが出始めの頃で、日本中、家族みんなで、毎週この番組は楽しみにしていたはずだ。
いわゆる、昭和30年代で、東京タワーの出来たての頃。東京オリンピックは昭和39年だから、その前の頃の話である。

今、その時代、テレビに出ていた人たちはどうしているんだろう。僕らの先輩の世代だから、団塊の人たち以上の年齢である。時々、ドラマの脇役で拝見することもあるがーーー。

おっと、バンドの話をしていたのだった。
現在では、こうしたプロのバンドは、NHKがたまに、夜8時から歌謡番組の中で生のフルバンドを入れているが、民放では殆んど見られなくなってしまった。民放では、歌番組があっても、バンドが後ろにいるのは、暮れのレコード大賞ぐらいか。その殆んどが、コンピューター処理の音なのである。
ついでに、色気のない話をしてしまうが、皆さんが歌っている「カラオケ」のあの音の殆んどは、コンピューターの音である。

NHKが主に使うプロの楽団は、大概、僕の記憶するところでは『三原綱木とニューブリード』である。この三原さんは昔グループサウンドで一世を風靡した人で、『ジャッキー吉川とブルーコメッツ』というグループでギターを担当していた人だ。
そう、あの、”ブルーシャトウ“というヒット曲を歌っていた人たち。
その三原氏は若い頃、ジャズを勉強していたから、後年その経験を生かして今は、ニューブリードのバンマス(バンドマスター)をやっている。

僕は、人間がひねくれているのか、テレビを見るとき、脇役を見ている習性がある。
野球なら、審判の動きとか、相撲なら行司とか、サッカーでも審判など。歌番組では後ろに陣取っているバンドとか、時代劇などでは悪役やロケの場所とか。
そういえば、最近お会いしていないが、俳優のあの栗塚旭さん。時々、テレビで拝見する。水戸黄門には良く出る。また、この間の正月番組でも出ていたし、暮には尾張の徳川宗春役で出ていた。
特に、時代劇で使うロケの場所は、そこへ行くのが大好きである。
また、話がそれるから、この話題は今度。

思うに、『三原綱木とニューブリード』というフルバン以外に、プロのバンドは存続していけない時代になってしまったのではないかと思う。
それだけ、日本という国は、芸能とか芸術とか文化のレベルが下がってしまったのではないだろうか。プロのミュージッシャンたちが、その仕事だけでは食っていけないのである。
ジャズだけのプレイでは、職がない。
だから、様々なことをこなさなければならない。最盛期の昭和30~40年代だって歌謡曲をやらないと存続できなかったらしい。でも、それで食っていけた。今は、音楽だけでは、何をやっても食えないのである。せいぜい、弟子を多くとって、教える程度か。
クラシックの演奏者たちは、もっと悲惨で、日本フィルという一流のオーケストラの団員たちですら一時期、生活保護を受けていた。今もそうであるかは知らないが、好転しているとは思えない。
すると、地方のオーケストラの団員たちは、どうやって生活しているんだろうと思う。
つまり、日本という国では、”チョウ“がつくほどの有名人にならない限り、芸術家は『食えない』のである。

我が国で、恐らく、唯一といってよいのだろうと思うが、生き残っているフルバンドが、『三原綱木とニューブリード』なのである。
時々、シャープスアンドフラッツが出てくることがあるが、あれは仕事が入った時に、臨時に集めた編成であって、常時そのメンバーで活動しているわけではない。

こうしたフルバンドの実情が背景にある中で、僕に演奏依頼が飛び込んできた。アマチュアのバンドだけれども、謝礼は出る。
でも、プロの楽団を使うよりははるかに安い。
僕は、最近はフルバンドの演奏はしていないので、過去、自分が25年間所属していたバンドに依頼したが、断られてしまった。
皆さん、サラリーマンで、午後3時に集合は出来ないという。最もだ。
でも、演奏をすると請合ってしまったので、何とか他のバンドを探さなければならなかった。東京都ビッグバンド連盟というのがあってそこの人たちとも親しいので、聞いてみたが、皆さん勤労者で無理だった。
こうなると、残るは学生バンドしかない。
僕の出身校の中央大学に『スウィングクリスタル』というビッグバンドがある。このバンドは、日本の学生バンドの草分け的な存在で、多くの優秀なプロのミュージッシャンを送り出しているし、僕の子供の頃から『大学ジャズバンド合戦』では毎年優勝していた記憶がある。芸能人では、あのクレイジーキャッツの谷啓もトロンボーン奏者としてここの出身である。

このバンドが受けてくれた。
早々、演奏曲目の話になったが、何せ、年配者の宴会である。あの曲をやれ、この演歌の伴奏をしろ、と注文が多い。
出来るだけ、リクエストを受けた。
お目出度い席なので、サービスに徹することにした。
しかし、演奏者は20歳前後の若者たちである。僕は、頭を抱えてしまっていた。
リクエストは次のようである。

  歌の伴奏として、
   雪国(吉幾三)
   命くれない(瀬川瑛子)
   昴(谷村新司)
  他に、演奏リクエストとして、
   学生時代(ぺギー葉山)
   琵琶湖就航の歌
   見上げてごらん夜の星を(坂本九)
   川の流れのように(美空ひばり)
  皆さんの斉唱として、
   ふるさと

このレパートリーを学生が、おいそれとできる訳がない。
先週、僕が指揮をして練習をした。場所は、中大の彼らの部室である。長時間やったが、出来上がらない。
当たり前である。
いまのメンバーって、女性が多い。
中学、高校と吹奏楽をしている80%以上が女たちである。あの『スウィングガールズ』という映画の出演者も女性だった。したがって、大学のバンドも女性が半分はいる。華やかで良いのだが、でも、演歌の伴奏をするとなると、大変な苦労が伴う。みなさん、ぜーんぜん知らないからだ。
聞いたことも、勿論、歌ったこともないという。
その子達に、テレビで見るプロの楽団と同じ音を出せと強要するのである。無理な話だが、何とか近い演奏までもって行かなければならない。
皮肉なことに、彼らはジャズは好きだから、そこそこの演奏はする。だけど、演歌はダメなのだ。でも、今回ばかりは、ジャズは下手でもいいから、演歌や歌謡曲は上手にやって欲しいのだ。

ド演歌!!   瀬川瑛子  『命くれない』

先週も、雪模様の中、土曜日に、彼らの部室で遅くまで練習をした。
ようやく、何とか様になってきた。
明日の本番、上手くいって欲しい。
結果の報告は、近日中に。
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今、『レジ袋の有料化』が話題になっているがーーー

前にもここでいったことがあるが、僕の日野市役所では毎日、新聞速報が切り抜き記事で報じられるのだが、これは僕ら職員たちには大変重宝していて、この仕事を担当してくれている図書館の人たちには、多いに感謝している。

この1月15日の速報は、A3三枚にぎっしり情報が載っていたが、気になったものが2つ並んでいたので、紹介する。
といっても、僕が以前担当したことのある仕事内容に関わることなので、これを読んでくれる人たちには、面白くもおかしくもないかもしれないが、最近のニュースにも関連するので、言わせて欲しい。


最初は、『ごみ有料化も視野』というタイトルで、府中市の審議会が答申を出した記事だ。
このことは大変重要なことなのだが、今日は、これに関連した最近話題の『レジ袋の有料化』について考えて見たい。
このことは、現在、日野市でも盛んにキャンペーンを行なっていることで、買い物袋を持参して、レジ袋はもらわないように、と、市民に徹底をお願いしている。これは、当市ばかりではなく、全国的にどこでも始めていることだから目新しいことではないが、ここ数日のニュースになっている。
というのも、杉並区がその方針を出しているのと、区内のスーパーマーケットがいよいよ一枚5円で売り出すというからだ。

そのスーパーにしてみれば、客足に多いに影響することだから、断腸の思いで決断したに違いないが、とにかく環境を優先させての決定だとすれば、英断だろう。
でも、そこは営利追求の企業だから、これだけ世間で話題になれば、その逆の効果も狙っていたかもしれない。
こういうひねくれた見方は、歴史を考える上では結構重要で、『過去の出来事』や『英雄たちがしてきたこと』、『考えてきたこと』を推察する際に、単純に表(おもて)ばかり見ていないで裏から見ることも大切だということにつながる。だって、過去の偉人たちの思考は、そんな単純なものでなくて、人の心理を読みながら、裏の裏まで予測、推察して、戦略を練って戦ってきている。関が原の戦では、どこの武将がどこに陣取って、どう攻めてくるかとか、また、誰が裏切るかなどまで予測する。
鳥羽伏見でも同じだ。
淀藩だ土佐だ藤堂だと、裏切りが続出して、それが結局勝敗を決してしまっている。でも、戦以前に、裏切るような、また裏切らざるを得ないような伏線まで打っている場合だってある。
勝海舟は、西郷隆盛という人物を、親兄弟、嫁、部下以上に理解していて、また尊敬もしていたかもしれないが、慶応四年3月14日、江戸総攻撃を前にして『江戸城無血開城の談判』をした。お互いに、裏の裏まで読みあっていたのだが、あそこまで高度な駆け引きになると、敵味方の武将同士で、面白いもので、逆に『信頼』が優先するのかもしれない。
それにしても、近藤が4月3日に自首する際、大久保大和として、うまく敵をだませると思っていたのか、それとも、斬首を覚悟してのことだったのか、よくわからない。その時の、土方歳三の進言はどうだったのだろう。そして、直ちに歳三は勝海舟邸に急いだ。新選組は、勝に嫌われていたことは間違いない。ナノに、何故?
これも、面白い。何故、土方歳三は、勝なんだろう。
このあたり、勝と土方歳三との関係について、僕も含めて新選組の研究者たちは今ひとつ追究が足りない。

いつものことで、話がそれた。
あにはからんや、レジ袋を5円で販売するスーパーは、環境にやさしい企業として評価が高くなるかもしれない。

僕がここで疑問を持ったのは、“買い物袋を持参すると、何故ごみが減るのか”
ということだ。
大して効果はないと見る。
だって、どっちにしろ、ごみを出すときは何かの袋に入れる。それがスーパーの袋か黒い袋か、自治体が指定した有料のゴミ袋かってことじゃないのか。ごみの量が変わらない限り、袋の量も一緒だろうに。
大切なことは、中のごみの量をどうやって減らすかってこと。中味が減れば、自然、ゴミ袋の量も減るし、レジ袋も邪魔になる。

日野市の家庭や企業では、ごみ改革の後、ごみの量が約半分に減っているから、このレジ袋が相当邪魔になっているはずだ。だって、指定の袋でないと持って行ってもらえないからだ。
でも、これはレジ袋が、すべてゴミ袋になるって言う前提に立っている。レジ袋の数があまりに多すぎて、ごみとして出しているケースもあるから、一概には言えない。

日野市は今から約6年前にごみ改革をして、ゴミ袋を有料化してしまったから、指定の袋以外で出しても持っていってもらえない。だから、スーパーの袋が各家庭にたまりにたまる。今、多摩地区では、続々と指定ゴミ袋に変わってきているから、レジ袋の有料化はこの辺では効果が上がるが、全国レベルではどうなんだろう。レジ袋は、ゴミ袋として重宝しているんじゃないかな。
このこと自体では、ごみの減量には繋がらないと見る。むしろ、家庭内で出るごみの総量をどうやって減らすかってことを考えるべきだろう。
そのためには、第1に、『分別』である。
でも、分別して、リサイクルへまわしたからって、それでごみが減るわけではない。リサイクルしてもいずれはごみになるからだ。唯、寿命を延ばしているだけ。でも、何もしないよりはいい。

最も大切なことは、我々日本人は、『江戸時代以前を学べ』ってことかな。当たり前だが、不必要なものはいらない。必要なものでも、いらなくなってもすぐには捨てない。使える限りは、リユースやリサイクルする。
僕の小さい頃は、江戸時代の名残がまだあって、お祭りのときに母親が浴衣を新調してくれる。それは寝巻きになる。それもだめになると、オシメになる。最後は雑巾になった。これは、うちばかりでなく、どこの家庭でも当たりまえだったに違いない。僕が幼い頃、いろんなところに、よくオシメが洗濯物として干してあったが、大概、浴衣のお下がりだったように記憶している。
洗剤だって、当市の学校でも保育園でも、給食ですべて石鹸に変えた。というより、戻したといってよいかもしれない。僕がまだ30代の頃だが、組合と消費者運動の協力の下で換えたのだが、大変な抵抗、妨害にあいながら、苦労して戻した記憶がある。今は、給食の調理員たちは、石鹸が当たり前として使っているから、何の抵抗もない。
だが、これだって、まだ全国的には、殆んどが合成洗剤を使っているに違いない。変えたくても変えられないのだ。
便利さになれてしまっているのと、我が国が、消費者より洗剤メーカーよりの施策をとっているからだろう。だから、消費者のための行政が重要なのだが、その予算も年々減らされてきている。
こういうところは、増やしても減らしちゃいけないんじゃないかな。その記事も同時に載っていたので、載せる。


こういう、生活の後戻りが、僕らに出来るかってことにかかっている。でも、こうしない限り、いらなくなってすぐ捨てる生活を営んでいる限りは、ごみなんて、またCO2も減らない。

最後に、僕が最近学習している江戸時代の風俗・習慣の中で、参考になる『損料屋』について紹介する。

『損料屋』とは、レンタルをビジネスにしている店だ。
僕の小さい頃は(三丁目の夕日と同じ昭和30年代)、街中に『貸衣装屋』という店があって、商売として成り立っていた。勿論、質屋やその流れ品を扱う古道具屋や一六屋なぞもあった。
この『貸衣装屋』は、主に結婚式や葬式に着る衣装なぞを貸し出すのだが、とても合理的な気がする。僕も、最近はメタボリ―――症候群になってきているから、何年か前に造った背広や衣装類が着られなくて困っている。もう捨てるしかないのか。
和服じゃないから、息子にも譲れない。
着物ならサイズは殆んど関係ないから、子孫に受け継いでいけるのだが。こういう無駄が金銭的にも、ごみ的にも良くない。

この損料屋だが、昼間だけ貸すのを、カラスが活動する時間だとして《烏貸し》といった。夜間の場合は《蝙蝠(こうもり)貸し》といったらしい。
貸すものは、ありとあらゆる日常品や、調度品、冠婚葬祭用品など多岐に渡っていたが、かんざしや紋服、羽織袴はわかるが、褌(ふんどし)まで貸していたというから、これはすごい。
しかも、洗濯しないで返していいんだってーーー。

正月とは、―――リセット儀式だ

新しい年がやってきてから、約10日間が過ぎた。
静かだった街中の道路に、車や人間が出てきて、普段の喧騒が再びやってきた。
僕は、若い頃から、正月のあの静けさが大好きだ。
みんなどこへ行ってしまったのだろうと、思われるほど、静寂な中に新鮮な空気を感じる。

今、世界的に温暖化が進んでいて、昨今のニュースでは北極の氷が徐々に溶け出していて、いずれは、僕がこないだ行ってきたヴェネティアなぞは、そのうち海に沈んでしまうらしい。もしそうなら、あんな素敵なところが亡くなってしまうなんて、大変悲しいことだ。
一体、地球はどうなってしまったのだろう。

でも、今日あたり(1月12日)、まだ太平洋側のこの関東地方では、いつもの冬と同じで寒気がやってきている。1月の朝の、この冷たい、肌に突き刺さる寒さがまたなんとも心地よい、好きだ。
ここ、日野・八王子あたりは、どういうわけか、都心より約2~3度は気温が低い。
多分、多摩川を越えて、環境が変わるからそのような現象になるのだろうが、ここのところの気温の低さと天気のよさは、空気がきれいに澄んできていて、毎日の通勤が気持ちよいのである。

ところで、正月というと、日本人には一年を区切りとして人生をリセットする儀式がある。儀式というと大げさだが、多くの人たちが『初詣』に出かける。
あれは、どうして行くのだろうと思う。
若い人たちは「ダセエー」から行かないのかと思いきや、うちの息子たちなぞは、大晦日の晩から気合を入れていて、いつの間にか出かけてしまい、家にはいない。毎年楽しみにしているのだ。
前の年にいやなことがあった人は、すべてを忘れて新たにやり直したい、と思うのかもしれない。息子たちは、何でもいいから騒ぎたいだけなのだろうが、僕だって若い頃は似ていた。
学生のころは、大晦日は神保町の『響』というjazz喫茶に集合して、常連客と一緒にまず神田須田町の“まつや”か“出雲そば”で年を明けて、そのあとは神田明神か靖国神社に初詣だった。そうしないときは、その店の若い連中とお客で、暮れからスキーに出かけていた。今思い出すと、大概は群馬県の奥利根スキー場で、大したところじゃないのだが、近くに宝川温泉があって、雪の中で露天風呂に入っていた。男女混浴で、面白いことがたくさんあったが、ここでは書けないし、長くなるからまた今度にする。
そんなことだから、自分の家なぞには殆んど居たことがない。
元来、人生とはやり直しが聞かないものだが、正月というのは、皆さん、リセットして再出発の気持ちになれるのかもしれない。

今、神様から、
「人生のやり直しを一回だけ許す」
と、いわれたら、何歳まで遡るようにするか。
まさしく今現在、うちの娘が受験で苦労している姿を毎日見ているから、受験のある18歳以下はいやだし、かといってこれから就職試験もいやだし、新たな仕事を見つけるのも面倒だし、じゃあ、今の人生に満足しているかといえば、そうでもないし、―――唯、わがままなだけか。

それでも、「ああ、生きててよかった」と、思うことが、最近良くある。
随分とキザな表現をしてしまったが、「生きている」ことの喜びを感じられる人生を歩めるのは、それだけで、この時代特に幸福である。

僕は、若い頃からいろんなところへスキーに行っていたから、様々な雪模様なるものを見てきたが、特に、この国の雪景色が大好きである。東京でも、大雪が降れば一面銀世界になって景色が一変する。世の中のすべての汚れが一瞬だが、隠される。きれいに洗い流してくれればいいのだが、そうはうまくいかない。だから、雪解けがやってくると、その反動でか、街がほこりだらけで逆に汚くなる。
外国の雪景色はテレビの映像や雑誌などの写真で見た知識だけだが、スイスやフランス、中国、アメリカなどと比べると、外国のは大概が『大味』なのである。広くて雄大なのだから、当たり前といえばそうなのだがーーー。

僕は、この日本という国の”繊細さ”が好きだ。
このことは雪景色に限らず、すべてのことに共通して言えるような気がする。いつも、通常感じるのは『日本食』にだ。僕の世代は、ものがない時代に育ってきて、食えるものは何でもありがたくいただくという風に教えられてきてはいた。
戦後の一時期、うちに金も物もなくて、食卓に大根とねぎしかないことがあった。
もう何年も前になるが、NHKの朝ドラで「おしん」という番組があった。その中で『大根飯』を食べていたシーンがあって、それが貧乏の象徴のように思われてきたが、僕の家だって、広い家ではあったが、卓袱台(ちゃぶだい)を出して家族で囲み、ご飯に大根とねぎだけの時もあった。今思うとあの家は不思議だった。結構広い敷地で、200坪程度はあって、家もだだっ広かったのに金がない。
ま、それはいいとして、それでいて、成人してからは、食に対して特別関心があってよいものを求める癖がついてきている。美味しいものを探し回るようになってきた。
昨今、すしやラーメン、まぐろ、かにや牛肉など、安くて美味しいものを探し求める文化がはびこってきている。それが行き過ぎてしまって、最近では、無駄に物を捨ててしまう風潮さえある。
だから、日本発で『もったいない』などという言葉が国際的にも吹聴されることになってきたのだが、キャベツや白菜が出来すぎたからといって、トラクターで潰していて、「もったいない」を大切にしてゆきたいなんて、女性大臣が声を大にしていっている。
ほかの国では、食べるものがなくて飢え死にする子供が続出しているのに、この国、どうにかしている。

安倍総理は、『美しい国』をつくるという。
うちの市長は、『芸術の薫る街』にするという。
う~ん。
もっと、基本をしっかり身につけてからにしても遅くはないと思うが。
それにしても、我が国が『核兵器を持つ』ことに関しては、どんなにしても賛成できない。
何でそんな、議論が、平気でまかり通る国になってしまったのだろう。だって、日本という国が唯一、威張って『核』に対して反抗できる国じゃなかったのか。
世界は、それを、認めてきている。
また、日本のその姿勢に感謝し、期待もしている。
日本という国だけは、その考えを変えて欲しくないのが、世界なのだ。
『悪党党』が何を言おうと放っておけ、理屈は通ってなくても、いい。
あの日本だから、核兵器に対して反対でいいのだ。

でも、危ない。
その日本が、変わろうとしている。
もし変わったら、国際的に、既に崩れてきている日本に対する信用、評価が決定的になってしまう。

『徴兵制』が頭をよぎる。
その前に、『憲法改正』だ。
その前に『教育改革』と『防衛省』だ。
この『防衛省』は、つい先だって成立した。
これから、どうなってゆくのか。
悪く“リセット”されていってないか。

年頭に当たって、―――でも、思うことは去年と同じ

新しい年がやってきた。
いや~、参った。
そう、そうなんです。
僕は、今年、年男。48と言いたいところだが、その一回り上。
もう、新年を迎えても、お目出度くもなければ、抱負もない、誕生日が怖い。6月が誕生月だから、あと半年で60歳になってしまう。
どうしよう。
昔、自分が若い頃は、60歳の人間などというものは、もう爺さんで、あとは死ぬしかないように思っていた。現実に自分がそうなってしまったのだが、気分は全然若くて、40代の頃とさして変わらない精神性を持っている。勿論、肉体的には衰えてきていて、今はやりの『メタボリック・シンドローム』とか言う兆候も見えてきているし、顔だってしわっぽくなって来ている。
いくら自分がいきがってみても、若い人たちから見れば、僕なんか「ジジイ」には違いない。

でも、それじゃ、あまりにも悲しい。
そこで、一体、世の中の、僕と同年齢の人たちってどのような人がいるんだろうと気になってきたので、調べてみた。
とりあえず、テレビに出ているような人を探ってみると、次のような人たちだった。

  1947年生まれ。
 北野武、橋本大二郎、衣笠祥雄、高田純次、星野仙一、西郷輝彦、平野レミ、吉田拓郎、千昌夫、寺尾聡、江本孟紀、せんだみつお、アニマル浜口、泉ピン子、西田敏行、森進一、根津甚八、立松和平、布施明など。

このほか、タモリ、武田鉄矢、中村雅俊、テリー伊藤、志村けん、三宅祐司など生まれ年は違うが、同世代はたくさんいた。
この人たちを見てみると、いいオジサンには違いないが、僕が幼い頃から想像していた60歳の爺さんを連想させる人は殆んどいない。そう考えると、今の時代、60歳なんてのは、まだまだ、本当は若いのかもしれない。

よし! 
このように考え直して、今年も前向きに生きてゆくことにしよう。

そこで、抱負はないが新年を迎えて思ったことがある。
いつもの癖なので、お読みになられる方は、「ああ、また、あいつの性癖が出たな」と思ってくれれば、それでよい。

今日は1月の4日で、新年最初の出勤日である。
毎年恒例だが、朝一番で市長の「年頭あいさつ」が市民会館であった。これは日本国じゅうどこの役所でも同じだろうし、民間会社でも社長の訓示らしきものや所属長の挨拶もあるに違いない。
この訓示はもう30年以上も前から聞いてきているから、正直、「また、あれね」みたいな感じで足を会館に向けた。しかし、今年は、少々参った。
昨年の日野市のスローガンは、『着飾って歩ける街』だったのだが、日野市長は冒頭で、今年は『芸術文化の香る街』にする、と言い出したからだ。

日野市は、今から約6年前に有名な“ごみ改革”を行なった。その時の改革推進課長が僕だった。あまりに強烈な改革案だったので、連日、テレビやラジオが関心を寄せてくれた。僕は、担当課長だったから、そのときはちょっとした有名人だった。NHKの首都圏ネットワークから筑紫哲也のニュース23、関口ひろしのサンデーモーニング、小宮悦子のニュース番組なども取材に来た。
その後、皆さんご存知のように大河ドラマで『新選組』が放送されたが、僕が新選組担当主幹になった。随分と研究調査をさせてもらったから、あの『本』も書くことが出来た。―――感謝してます。
今また僕の役職が、『芸術文化担当主幹』なのだ。---サックスを吹くから?
何の巡り会わせか、いつも自分がその渦中にいる。
これらは、自分の仕事の範疇のことだから、手前味噌になるのでコメントはこのくらいにしておくが、なんの因果か、大概いつも大きな出来事に関わっている。
もう、あと1年で終わりなのにーーー。

ところで、僕の職場には、毎日、新聞の切抜き記事というものが配られてくる。
これは、その日の朝刊を図書館の担当者が隅から隅まで目を通して、重要と思われる記事を切り抜いて、毎日A3・3枚に貼り付けて印刷し、各職場に配布するのである。
地方公共団体たる日野市の職員として知っておくべき情報として、その日の午前中には配られるのだが、これが毎日の作業で図書館の職員は重労働、時間に終われて大変―――図書館の職員に感謝。

本日の記事、見出しを見ていると、いやはや、うんざりなのである。
紹介すると、
“定年70歳時代へーーー厚労省 促進策に奨励金も”         産経新聞
“少子化対策で重点戦略―――政府方針 例月中旬にも検討会議”    読売新聞
“引退後の社会参加「相談受けます」---団塊・シニア世代向け”   朝日新聞
“出生数6年ぶり増加―――06年”                 東京新聞
“公務員の昇進 能力重視にーーー政府、2009年にも OB口利きに罰則”  
  日経新聞
“新成人4万人減―――139万人、総人口比は最低”         日経新聞
“「厳罰化」にばらつき 多摩の自治体 八王子など9市ほう助含め原則免職”
  読売新聞
             
 昨年辺りから、やたらと『団塊』とか『少子高齢化』『格差社会』『公務員の不祥事』なぞが目に付くが、本日の記事も、記事同士で何か関連しているように思えてならない。団塊の世代の僕らは今年で定年を迎える。
定年後、どうするんだろう。僕だって、他人事ではない。
でも、こんな話題、何故今頃毎日取りざたされるんだろう。定年の話題なんて、毎年のことだし、特に人数が多いからってどうして騒ぐんだろう。『2007年問題』なぞといわれてもいる。

このことは前にも書いた記憶があるが、国の指導者たちの本音のところは、『高齢化』よりも『少子』のほうにより関心が深いのではないだろうか。
実は、僕は今から約20年ほど前に、”年金”の仕事をしていたことがあるのだが、その頃から30年先、50年先の年齢別の人口構成比などが発表されていて、今のような高齢化が進むことは誰だってわかっていた。新聞記事には、「4人に一人が老人」いや「3人に一人」などと書かれていたのである。
なにも、ここへきて騒ぐことではない。
しかし、わざとらしく、ニュースにしている。
これは、年金をはじめとした社会保障費の増大で、国家の財政が危うくなってきたからなのだろう。でも、これだって、その当時から、こうなるってわかっていたのである。
問題は、何も手を打ってこなかったことに最大の責任がある。
どころか、国民から徴収した年金の保険料を、あの社会保険庁が湯水のごとく浪費していたというではないか。
これは、『犯罪』でしょう。
日本の国の役所って、こんな生ぬるいの?
こんな浪費が簡単に出来るほど、だらしがない組織機構なのか。
でもね、去年だったか、北海道の警察が組織ぐるみで犯罪を行なっていたというから、そしてそれは北海道だけのことではなかったということだから、それが、この国なんだよね。
あまりの衝撃に、もう、ため息も出ない。

今、正確な数字は忘れたが、記憶では、140兆円あった年金の原資が、今、100兆円を切っているらしい。厚生省や社会保険庁の職員たちの浪費はともかく、運用の失敗が大きいらしい。僕はいま、あえて旧厚生省の職員も付け加えた。こうした実態をつかんでいないはずはなかったからだ。どころか、奨励していたのではないだろうか。だって、自分たちの美味しい天下り先なのだから。

これ、どうするの?
毎月、年金の保険料を、血の滲むような思いで払っている人が、この国には大勢いる。今、月13860円のものがこの4月には14140円に上がる。毎年3360円ずつ上げることが年金法で決まったのだった。

しかし、頭が悪くないこの国の『官僚』たちは何を間違えてしまったのだろう。おそらく、生まれてくる子供たちの数を間違えてしまったのだろう。でも、これだって、当時から、「これからは少子化の時代」だって言われてきていたのである。すると、すべてわかっていて行なったことなんだよね。

もう、いい加減、この国の態勢を根本的に変えないといけないのではない?
“政治”や“社会の深刻な出来事”を、テレビのバラエティーで『悪党党』などといって、ふざけている場合と違うのではないか。
このまま書いていると、また今年も、長くなってしまいそうだ。この辺で切ることにする。
えっ、もう既に長い。
ご免。

総理大臣は、今年の参院選の争点を『憲法改正』にするらしい。
「えっ、?」
何かが、違うと思うが―――。
村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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