村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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「オー・ソレ・ミタことか」ナポリがごみで泣いている。

昨年の9月に、憧れのイタリアへ行った。
その時の報告は、イタリア紀行として、このブログに確か7回にわたって書いたことがあった。
イタリアという国、どこへ行っても遺跡だらけで、歴史が凝縮されていて、僕らが若い頃教科書で習ったそのものが現実に浮かび上がってきて、そこに見ることが出来るところである。
映画「ベン・ハー」でみたローマ帝国、そしてあのバチカン国、フィレンツェの芸術的な街並から眼に余る芸術作品群、筆舌につくしがたいほどの量と質である。

だから、欧州旅行といえばフランスやドイツ、英国だと思っていた僕だが、イタリアが一番人気だといわれると、妙に納得なのだ。
僕らは北方のミラノから入ってベローナ、ヴェネティア、ピサ、フィレンツェ、ナポリへと南へ下っていったのだが、昨年の10月26日付でこのコーナーで第6回目の報告を書いた。

その中で、こんなくだりがあった。

ナポリの駅前は、正直言って、『汚い』の一言だ。
ごみごみしていて、車が多いのか、空気が汚く感ぜられる。その上、建物も中途半端に古い。変な表現なのだが、ナポリも一応伝統があり、中世ではパリに続く大都市だったと聞くのだが、その偉大なる美しい都市を『きちんと』保存してきていないようだ。 このことは、何も駅前のだけのことではなくて、ナポリ中がそうなのだ。
あの美しい、ソレント半島が眺望できる海岸線に来ても、いまいちきれいじゃない。
ナポリの海岸線

ローマというところ、イタリアの首都なのだから、もっともっと近代化されているのかと思いきや、意外、遺跡だらけのところだった。    
ナポリなどと比べて、車の数は相変わらず多いのだが、街がナポリのように騒然としていない。街全体が世界遺産に指定されているだけあって、世界一の遺跡の町としての誇りのようなものをもっているのか、そこいらじゅうが昔のままである。
なんだか、前回からナポリの悪口ばかり言っているようだが、ナポリは、中南米の香りがするのである。とてつもなく明るく楽しい、すべてについてあまりこだわりがなく、ミラノのようなファッション感覚はない。清潔感などには無頓着な感じか(つい、悪口)。



すると、7月4日の朝日新聞朝刊に、ナポリのごみ事情について別掲のような記事が出ていた。
07-07-05_09-29.jpg

07-07-05_16-47~00.jpg

「やっぱ、そうだった」
「僕の見方は、違っていなかった」
と、この記事を読んで安心(?)した。

こんな良くない記事なのに、これでもって安心したとは不謹慎なことになるのだが、でも、僕のナポリに対する印象がひどく悪かったので、そのように言ったりしたとき、周りから批判的な眼差しが飛んできたからである。

高い金払って、憧れのナポリに来たんだから、少々汚くたって我慢しろといわんばかりに、みなさん「さすが、ナポリね」「美しい町だわ」と、美辞麗句を並べていたが、僕は、こんな汚い街だとは思ってもいなかったので、がっかりするより腹が立ってきたのを覚えている。

いかにもナポリらしい風土には触れたのだが、何かが違うんですよね。
ナポリ駅の正面を出て、周りを眺めると、実に雑然としていて、古さと汚さが交じり合っているように感じたのだ。
古いことは、決して悪いことではない。
フィレンツェの街は、多くの建物が14~16世紀に建てられたものである。でも、古さどころか、現代の名だたるブランド店が中に入って営業をしていて、またそれが良くマッチしている。感動的でさえある。だが、ナポリはソレが汚いのである。

ウ~ん、例えば、道路がべたべたしている感じかな、これは、香港でもあった。下の地面がとにかく汚い。それに、車が多いせいもあるのだろう、排気ガスが充満しているようで、街並が美しくないのである。
何かが、澱んでいる。

ナポリには、流石、例の南国特有の樹木が道路沿いに植えられていた。これは、実は、他の、イスラム圏から持ってきたものらしい。そもそもナポリにあったものではなかった。
鹿児島にはナポリ通りがあり、ナポリには鹿児島通りがあった。互いに姉妹都市になっているからである。
僕は、若い頃からよく宮崎や鹿児島へ行ったが、日本の駅付近に植えられているそうした南国の樹木のほうが、ナポリのそれより余程美しかった。

さて、この度の新聞記事だが、
『街に腐臭、たまらず火』とある。
『ナポリ周辺では、こんな光景が日常茶飯事だ』
『ごみ収集が眼に見えて滞り始めたのは約2年前からだ』
とある。
会計事務所を営むガエター・フィオレッティさんは、
「燃やさなければ、生ごみの腐った臭いで、吐き気が止まらない」
という。

僕は、このコーナーでよく年金の話をするが、以前リサイクル推進課長という仕事をしていた頃、しじゅうごみの減量のことばかりを考えていたことがあった。まだ、7年前のことである。それで、ごみの大改革を実行したのだが、そういえば、バチカンのことを思い出す。
セント・ピエトロ寺院に入るときのことだ。
ここも、あの偉大なる大理石の柱で出来た回廊の下を延々と並んでいたときのことであったが、ローマ在住の添乗員と僕は世間話をしながら並んでいた。
そこへカラスの大群が飛んできた。普通の人は、どのように感じるか知らないが、僕は習性で、カラスといえばすぐ、ごみのことを考えてしまう。実は、ごみの改革をするときに、630回もの説明会を市内で行なったのだが、この説明会の会場で最も住民から質問が出たのが「カラス対策」であった。
「ダストボックスを撤去したら、カラスにごみがあらされる」「行政は、どう責任取ってくれるんだ」
だから、ボックスの撤去は止めろというわけだ。
今、丁度、日野市の隣りの府中市が、ボックスの撤去でもめている。府中市だけが、最後まで、ボックスは撤去せず、頑張っていたが、ここへきてとうとうはずさざるを得なくなった。ごみの審議会から「早くはずせ」とお叱りを受けたからである。
住民にとっては、四六時中ごみが出せて、常に家の中は清潔に保てるのだから、あんな便利なものはないのだが、あんなものがあるから、ごみが減らないのだ。
減るどころか、いくらでもごみが増える。中にどんなものが入っているかもわからない。時には、動物の死体だって。
日野市は、これをはずして一気に『戸別収集』へと突き進んだのだが、今では、多くの市民がこの改革に賛同してくれている。

ローマの添乗員と、ローマ市のごみ対策について、並びながら話し合ったのを思い出す。
向こうでも、深刻な悩みになっているらしく、どうしたら減らせるのかと聞いてきた。即座に言った。
「あの、ボックスをすぐ止めることです」と。そう、ローマでもナポリでもダストボックスがおいてあったのだ。
07-07-05_16-47.jpg

(写真を参照、ボックスが燃えている)
確かに便利には違いないのだが、あれが環境を害する全ての根源なのだ。
新聞記事を見ていて、去年のイタリア旅行を思い出した。
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七夕様の日は、沖田さんの店で歓談

7月7日は、沖田周司さんのお店(MAMMA)に行きます。

キャンセルがでたので、今、まだ空きがあります。今からでも、参加なさりたい方はどうぞ。
参加要領は、前回のブログを見てください。
この日は、井上本家の資料館館長雅雄さんも参加なさいます。
楽しい会話が交わされるものと、期待できます。
村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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