村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

龍馬伝―――安っぽい時代劇のようで

NHKの大河は、これまでたまに見る程度で、毎週は見てきていない。
でも、今年は、新選組の時代と重なるし、関連しているので努力して見るようにしている。

以前もここで書いたが、龍馬伝は、昨年までの手法と違って、スタジオセットのシーンが少なくて、青空のもとでのものも多く好感が持てる。
それに、どういう技法か知らないが、画面をわざとセピアっぽくしてあの時代の風俗をそのままあらわそうとしているのもいい。
昨年までのは、電気もない時代なのに、やたら部屋の中が明るかったり、着ているおべべが美しすぎたりでいやだった。
いくら武士の妻や娘だとは言え、普段から高級で新品の呉服ばかり着ているわけではなかろうに。
その点、今年は、生々しくていいのだ。

今年の10月から、連続10回の新選組講座を府中で行うが、タイトルは

「多摩が生んだ新選組と坂本龍馬」

にしようかと思っている。

だから、龍馬については、今からたくさんの情報を得ておきたい。
恐らく、これから応募なさる受講者の方々の多くがこの龍馬伝を見ているだろうから、余計知っておく必要がある。

龍馬伝1部の最後が、3月28日に放映された。
文久2年3月、龍馬は土佐を脱藩したが、それと土佐藩の家老吉田東洋が暗殺されるシーンが盛り込まれているので、見逃すわけにはいかなかった。

ところが、どうも、気に入らない。
いつもの癖で、素直になれないのである。

第一、

何故龍馬が脱藩までして世の人、国のために身命を捧げようと決心したのか、描き方が丁寧でないから、唐突なのである。

武家社会とは、藩から俸禄をもらって藩のために尽くす体制であるが、龍馬は土佐山内家のために命をささげるのではなく、日本国のために働きたいと考えた。
   
でも、あの時代、『脱藩』することの重大さ、罪深さは言うに及ばず、残された家、一族に対する藩からの叱責は死者まで出すのが当たり前だったと考えられる。
すると、龍馬の決断は坂本家全体決死の覚悟で、家族からの並でない応援があったと思われる。
姉の死は、それに由来していると思うが。
(今の北朝鮮では脱北というのがあるが、あれは、情報が正確かどうかわからないが、よく見かけるのは、あとで犠牲者を出さないために、家族全員で川を渡って中国へ逃げようとしているみたいだが)
   
多分、あのタイミングでは、龍馬はまだ勝海舟と出会っていないから、土佐藩の絵師でジョン万次郎などから情報を得ていた河田小龍あたりから、外国文明のことを聞いていた。
そして、武市との相談で、龍馬はすでに一回長州へ赴いているが、久坂玄端をはじめ、松陰門下の人たちとの交歓が脱藩へ拍車がかかったと考えられる。

第二、

吉田東洋を暗殺する動機が、いまひとつ描かれていない。

何故、そこまで思いつめたのか。
攘夷の結社が、開国を唱え公武合体を図る東洋を誅殺しただけでは軽すぎる。
   
TVでは、武市が東洋に下駄で殴られたのがキッカケのような描かれ方していたようだが、もっと深いはずだ。
あの暗殺は、武市の個人的な怨念もあるだろうが、むしろ長年いじめ抜かれてきた下士集団すなわち土佐勤皇党全体の恨みが爆発したとみるが。

だが逆に、東洋を殺された藩主山内容堂の土佐勤皇党に対する恨みは激しく、それが、文久三年8月18日のクーデター後の武市一派の逮捕につながり、獄につながれて激しい拷問の末、悲惨な最期を遂げることになったと見るが。

第三、

この龍馬伝、主役に対して準主役として岩崎弥太郎をクローズアップさせ、語りまでやらせているあたりが、ドラマの焦点をぼやかしている原因のような気がする。

こんなシーンもあった。

後藤象二郎の指令で、岩崎が龍馬を毒殺するという設定だ。
あの場面を簡単に振り返ると、こうだ。

 《龍馬が、茶屋の長いすに座って一人お茶を飲んでいる。
  そこへ、弥太郎がやってくる。
  龍馬は、「茶を飲みすぎた」なんて台詞を入れて、厠へ行く。
  その隙を見て、弥太郎がそっと、龍馬が飲んでいた茶碗に毒を盛る。
  戻ってきた龍馬は、その茶碗でまた飲むがとたんに血を吐いて倒れる。
  でも、これは弥太郎の夢想で、実際は、龍馬が飲む寸前に弥太郎が、その茶碗を突き飛ばす。
  毒を盛った本人が、やっぱ、改心するというもの。》

これって、安っぽい時代劇に、昔から良く見る手法だったような気がしませんか。
水戸黄門や暴れん坊将軍なら、割り切っていいような気がするが、大河ではよした方がいいじゃないかと。

一体、大河の時代考証とか演出とかはどうしているのだろう。
こんなシーンをはさんで、恥ずかしくないのだろうか。
多分、元の脚本にそう描いてあったのだろうが、何も注文つけないのか、つけられないのか。

2004年の大河ドラマ「新選組」の第1話を思い出す。
1853年6月、ペリーの艦隊が浦賀にやってきて、そこへ呉越同舟、皆さんで黒船を見に行く場面がいきなり出てきた。
その5人は、佐久間象山、桂小五郎、坂本龍馬、近藤勇、土方歳三であった。
ありえないシーンを作った。

あれで、ずいぶんと大河ファン、時代劇ファンが離れていってしまった。
僕は、当時、Yプロデューサーに苦言を言ったことがあった。
彼は、言った。
「最初に三谷さんが決まっていて、出し物(新選組)は彼が決めたので、仕様がないのですよ」と。
つまり、偉大なる脚本家の前には、いかにNHKとはいえ、ものが言えないようである。
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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