村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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沖田総司と「花いちもんめ」



沖田総司の命日が5月30日で、ここ数年『総司忌』というのが、6月に行なわれている。
今年は、25日(土)に行なわれるということだ。

ところで、栗塚さんのイベントが終わってから、なんとなく腑抜けになっている自分に鞭打って、再び新選組の研究に取り組まなければならないと思っていたところ、そのイベントを主催したmunnさまが、6月なんだから、沖田を書いてくれといってきた。

っト、言われても、沖田関係で新しい発見があったわけでもないし、
興味あるものが書けないなあと、悩んでいた。
それでも、懸命に沖田関係の出物を探っていたら、新選組関係の書籍の中で、赤間さんの本が目に入った。

赤間倭子さんといえば、斎藤一の権威だが、沖田総司関係の記述もある。
赤間さんのお父様が宮城県の塩釜の出身で、ご自信も青春時代はここにいたらしい。

以前にも、このブログに書いたことがあるかもしれないが、この塩釜というところは、沖田家に深い縁がある。
総司のお姉さんミツの長男芳次郎は、この地で網元の仕事を手がけ、失敗したという。
それが影響したのか、明治28年1月26日に芳次郎はこの地でなくなってしまうのだが、大きな借財が残ってしまった。

乳飲み子を抱えた妻ハナ(井上泰助の妹で源三郎の姪に当たる)は、母ミツとともに、塩釜の地で路頭に迷ってしまった。
実の妹がこの窮状を見かねて、兄の泰助が借財の返済からその後の住まいまで面倒見たという。
この話が、井上源三郎資料館の井上本家に伝わっている。

ここからは、赤間さんの記述を参考にさせてもらう。

塩釜市の東園寺という寺に、沖田家の過去帳があった。

 【沖田家】
  故沖田芳次郎  行年43歳
  法名 ―――
   明治28年1月26日亡
    〃  正月二日(旧暦)
  住所 東京府南多摩郡日野宿345
    ~~~
  永大供養      50円
  昭和14年5月28日
  昭和41年東京へ改葬
   (この時、僕の友人の沖田周司さんが、父勝芳氏と供に塩釜に墓石を引き取りに行っている)

この東園寺というお寺は、地図で見ると塩釜市役所のすぐ隣りで、海からも程近い。
このたびの大津波で、どの程度の被害にあってしまったのだろうと心配になった。
早速、≪you tube≫の画像で拝見させてもらったが、目を覆いたくなるような例の光景だった。
海岸沿いにマリンタワーのビルがあって、そこからの映像が映し出されているが、僕らが良く見るあの津波が押し寄せてすべてが流されてゆくビデオである。
悲しくもやるせない事だが、話を先に進める。

2008年1月のブログで、「ずいずいずっころばし」という童謡とお茶壷道中について書いたことがあった。
あの折、裏の意味を持っている童謡というものがあって、このほか、「か~ごめ、かごめ」や「とおりゃんせ」などもその類だということだった。

今、赤間さんの本を開いたら、表題に
≪花いちもんめーー小説・沖田総司≫となっていた。

この冒頭に、こうある。




  ふるさとまとめて  はないちもんめ
  勝ってうれしい   はないちもんめ
  負けて口惜しい   はないちもんめ

  あの子が欲しい   はないちもんめ
  どの子が欲しい   はないちもんめ
  あの子じゃわからん はないちもんめ

 
 この唄にある"はな"とは、女郎の花代、つまり身代金のことで、一匁というのは、金銭の単位でございます。
 昔から、飢饉の年はもちろん、普段でさえ年貢に苦しめられている百姓どもが、貧苦の極みに、手塩にかけて育てたわが娘を、女郎に売らねばならない恨みが、”ふるさとまとめて”(捨てての意)たった一匁で買われていかねばならぬ娘の涙が、そして、"あの子が欲しい、”どの子が欲しい“という女衒の冷酷な目に、"あの子じゃわからん”と応じている農民の親。
“勝ってうれしい(買っての意)花いちもんめ“”負けて口惜しい(値切られての意)口惜しい花いちもんめ”と女衒と親たちのやり取りは、こうして、あどけない童歌となって、無心に歌われておるのでございます。




僕は幼少の頃、この童歌も歌ったことがある。
育ったのは、杉並区の西荻窪というところだが、昭和30年代はまだのどかなところで、近所の農家が、馬に荷台を引かせて汚わいを買い集めていた光景さえ覚えている。
だから、僕は、近所の子供たちと当然のごとく、この歌や「ずいずい」、「か~ごめ、かごめ」などを歌っていた。

あっ、そうなのか、この「花いちもんめ」もまた、そのたぐいの唄だったのかと、今回改めて知った。

わが国のこうした文化というものに、不思議なものを感じる。
だって、子供たちとは無縁の大人の世界のことを、童歌にしみこませてしまうんだモノ。
それも、決して公然と出来るものではない要素を含んでいることだから、なんとも、昔の人たちの遊び心とは、すごい。

また、大人たちが、思い切り口に出して訴えたいのだけれど、それが様々な事情があっていえないから、子供たちに歌わせて憂さを晴らしているのかもしれない。


ところで、この小説のあらすじだが、次のようであった。

生活に困窮した百姓家の娘が女衒に買われていく。
これが、一匁なのか。
この娘、武州は日野育ちである。
総司とは幼友達で、総司に恋心を抱いていた。

内藤新宿の女郎屋に入る前に、是非内藤様のお屋敷の裏手にある植木屋の離れに寄らせてくれと、少女は女衒に頼む。
女衒は、自殺などされるよりは、会わせてやってすっきり商売に身を入れてもらった方がよいと算段して、浪人が寝ている離れに連れて行く。

そこで、女は、総司に「一回でもいいから、抱いて欲しい」と頼むのだが、総司は聞き入れない。
そして、最後に、総司の口上がこうある。

「男と女の仲というものは、煎じ詰めれば身体の交わりを最初として、それから別れが始まるものなんだ。
身体の交わりくらい、激しくて、強い絆でありながら、それだけに、一面、もろくて、はかないものはないんだよ。
どろどろに、傷ついて、憎しみあうのが身体の交わりならば、いつまでも、いつまでも、好きだと思う心の交わりは、あの、裏山のわさび田の水のように、水晶みたいに光って、永久に変わることのないすばらしいものなんだ。
やっちゃんと俺は、水晶みたいにキラキラ輝いて、常に変わることがないんだよ。
そんな二人でありたいんだ!」

聞かせどころ、読みどころなのかもしれないが、僕の好みのせりふではないなあ。
えっ、僕だったらどう書く?
う~む。
素直に、抱かせてやりたいなあ、って。
そして、それが、「総司の最初で最後であった」みたいに。
ゴメン。


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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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