村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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仇討禁止令は、明治22年にでていた

 仇討といえば、高田の馬場でおこなわれた中山安兵衛の助太刀を思い出すが、忠臣蔵もそうだった。
 国立市の野球場で、中学生が互いに対立しているグループ同士、敵味方に分かれて一対一で次々と対戦して殴りあった。これがこの法律に引っかかって逮捕されたという。
 私も12歳の頃、中央線の線路向こうの連中と団体戦をしたことがあった。場所と時間を決めて、双方5人ずつ出して一斉に殴り合いをおこなったのだが、午後6時開始だった。
こちらは線路手前の『柳屋』という蕎麦屋に集合して、作戦を練ってから出発した。血だらけになって帰ってきたのを思い出すが、私の弟の守正というのが最もダメージがひどく、気の毒に思った記憶がある。終ってから、再び先の蕎麦屋に戻ってきたが、そこに居た叔父さんに、「お前ら、よくやった」と褒められた。子供ながら、向こうの島の連中と決闘をおこなったことは、その人にすれば賞賛すべきことだったのかもしれない。
江戸の頃は、届ければ仇討が許されていた。親の仇、兄の敵討ちなどは武士道からすれば当然のことで、立派な行為だという事になるのだろうが、その禁止令が明治22年に発布されていて、いまだに生きていたとは知らなかった。
子供たちの喧嘩も、それに該当するのか。
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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