村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ホームページ開設1周年に当たって

ブログというものをはじめてから、この3月でようやく1年になる。
あの本を書いて、出版が昨年の4月だったので、ひと月まえの3月からhpを開いてブログを書き始めたってわけでした。

ブログというものについて、なんだかわからないではじめたものだから、日記なのか随筆なのか、はたまたお手紙なのかサッパリ。
それが、いまだによくはわかっていない。
ここのところ、オリンピックのことばかり書いてしまった。
ただ、だらだら書いてしまっていて、皆さんにご迷惑をかけているのかもしれない。

49455
この数字、昨年の3月から本日(3月2日)までの、僕のブログにアクセスしてくれた数字。
多いのか少ないのか、どう評価していいのかわからないが、たくさんの人が見てくれていたんだなあと、改めて気が引き締まる。
また、責任を感じる数だ。
だから、内容のあるものを書こうと気はせくのだが、ネタと知識と能力が上手くかみ合わない。
精進。

昨年の今頃は、自分が書いた原稿が果たして本当に『本』になるものなのか、不安と期待で毎日を過ごしていた記憶があるが、あの『人間土方歳三』という小説、実は、タイトルが二転三転していた。
最初は、”土方歳三の武士道“だった。
僕が書き始めたのは、今から丁度2年半ほど前だったが、その頃はまだ小説化する考えもなく、ただ土方歳三を書こうと、その一念ではじめたのだった。
だから、僕の知っている土方歳三や新選組をどんどん書いていったのだが、そのうち、自己の知識の浅薄で薄弱なのを悟るようになった。
そして、もっともっと新選組や幕末全体を研究した。
すると、今度は困ったことに、史実がわからない、不明ということに直面した。
例えば、沖田総司。
彼の母親、不詳である。
いや、父親だって果たして勝次郎が本当の父なのか、殆んど間違いはないだろうが、確証まではない。姉ミツの父は、周助という説もある。
その、姉のミツ。
彼女が本当の姉なのか、実は義兄とされてきている林太郎が本当の兄なのかも、さえ、不詳である。
次姉のキンさんも、嫁ぎ先については、沖田家の文書と実際とは違っている。
歳三についても源さんについても、試衛館についても、わからないことが多い。
こうも、史実がわからないでは、伝記ものは書けない。
『らしい』『違いない』『と、伝わる』の連続になってしまう。
これじゃあ、つまらない。
だから、途中から、自由に書けるように小説にしたのである。
それからというものは、肩のしこりがなくなったかのようにすらすらと筆が進んだ。

書き始めて、約半年間は、本の題名は『土方歳三の武士道』だった。その後、一時、『凍土の涅槃』という難しいタイトルも考えた。これはその後、日野市が組織した新選組フェスタが作成したCGIの題名になって、今、歴史館や日野宿本陣で毎日上映している。

どうしても、歳三の武士道について触れたかった。
というのも、昨年の今頃は、確かアカデミー賞のノミネートが発表されていて、『ラスト侍』と『たそがれ清兵衛』が入っていた。
結果は、その2作とも賞を逃したが、全世界で再び日本の武士道が話題になり、同時に新渡戸稲造の『武士道』が話題にもなっていた。
ラスト侍といえば、土方歳三ではないか。
その彼の武士道って、なんだったんだろうと考えた。

本当に、地元に伝わっているように、彼は若い頃から「我、壮年武士になりて、名を上げん」なんて、言ってたのか。
言ってるわけがない、と結論付けた。
彼は冷静であり、日本古来の武士道に疑問を持っていた。
自己の信念に従って死ねないのが伝統的な武士道であり、武家社会なのである。お家のため、殿のため、上役のため、どんなに理不尽であっても、また自分の家の存続のために命を投げ出す、これが日本の武士道である。
慶応3年6月には、新選組のメンバー全員が直参に抱えられた。
一緒に京都に常駐していた見廻組と、同格になったのであった。
でも、池田屋騒動のすぐあと、やはりお抱えの話は出ていた。でも、このときはお断りしたのである。
二回目のときは、素直に幕臣になったのであるが、反発した佐野七五三之助以下伊東甲子太郎の一味は切腹(あるいは殺害か)という、憂き目に会ってしまった。

僕には、まだわからないことがたくさんあって、例えば、永倉新八。
彼は、松前藩脱藩ということになっているんだが、すんなり徳川家の家臣になったのか。
原田も伊予松山藩の足軽の子?だったし、この人たち、二君に仕えることにはならないのか。
脱藩していたから、いいのか。
でも、永倉は幕府倒壊のあと、許されて松前藩に戻っている。
そして、近藤とはそりが合わない。
でも、その後近藤と土方の墓を建てている。

土方歳三は、いくら豪農だといっても百姓上がりの自分たちだからこそ、馬鹿にされないように軽率な発言には、特に気を使ったに違いない。近藤が、文久2年に、幕府の講武所指南役になれなかったが、どうやら、百姓あがりだったということが不合格の理由らしい。
彼らには、京都にいた5年の間、多摩の百姓だったということが付きまとったに違いない。
世間はそう見たし、味方の徳川の連中をはじめ、会津守護職連中でさえもそのように見ていた。
新選組の面々を、一躍その名を轟かせたあの池田屋事件も、会津の人たちは迷惑なことしてくれたと思っていただろう。
これで、また、西国の連中に会津が恨まれる種をまいてしまったと。
勇気と伝統のある武士として、プライドの高い会津の者共は、後に新選組の生き残りが助っ人にやってきても城の中に入れなかったと伝わる。
百姓の力は借りないと。
このときの新選組の人たちの落胆は、想像に絶する。会津への援軍としてのみ、その存在価値を認めてもらうことしか出来ない集団だったのだから。
自分たちは、何のために生きてきたのか、戦ってきたのか、会津に拒絶されてしまっては、頑張って生きてきた意味さえなくなってしまったのである。
土方歳三はその後、仙台から蝦夷へ渡った。
このときの心境は、―――。
まだ、研究の余地がある。
僕は、あの本では、この頃の話を書くに当たって『空蝉』という小見出しをつけた記憶がある。
歳三が生きる、戦い続けることの背景は、『意地』だけであった。
スポンサーサイト
コメント
xiyanさま、今度は日野で。
今、ゴールデンウィークのツアーを考えています。
昨年も、やったのですが、申し込みが多くて、3日を5日にしました。

今年は、新選組のふるさと歴史館主催で3日間の参加者を募集いたします。1回に30名が限度なので、申し込みが多いと、他の日に廻ってもらったりします。
昨年は、それでもオーバーしましたので、僕が個人的に2日間ご案内いたしました。
今年も、そうなるかもしれません。
2006/03/11(土) 23:30 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
あさぎさま、今月にね。
いらっしゃるのですね。
お待ちしています。

僕が、館内をご案内いたしますよ。
2006/03/11(土) 23:21 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
今更ですが、おめでとうございます。
すっかりご無沙汰しておりますが、江戸ツアーでお世話になりましたxiyanです。そして、こちらへのお祝いのことばもすっかり遅くなってしまいました。すみません。

BBSにちょっと書いてあったGWの日野ツアーも、ぜひ具体的になりましたら、参加できればと思っております。

これからも応援しています。
2006/03/11(土) 22:59 | URL | xiyan #yEvx7NDc[ コメントの編集]
村瀬さま

ブログ開設一周年、おめでとうございます。
(先日の書き込みで、書き忘れていました)
で、昨日、何気なくTVを見ていたのですが、「ムーブ」に出てらっしゃいましたね?
日野宿本陣や、ふるさと歴史観の様子も見れて、嬉しかったです。
この3月に行けるかも知れません。
その時は、どうぞ宜しくお願い致します。
2006/03/07(火) 11:19 | URL | あさぎ #-[ コメントの編集]
私もそこまで詳しくはないのですが
村瀬さん
空蝉が源氏を拒んだのは、人妻であることはもちろんですし、源氏との身分の差もありましたし、源氏の寵愛を競うことへの不安もあったでしょう。

一方、源氏が空蝉を追い求めたのには、正妻と上手くいっていなかったこと、帝の子として何をしても許される立場であったこと、初めて自分を拒絶した女性であったことなどがあげられると思います。

幼い時に母親を亡くし、初恋の相手が父帝の后だった源氏は、自分を愛し、満たしてくれる女性を生涯求め続けるしかなかった。
私は源氏物語には、情愛とか情念というより、もっと仏教的な業とか宿命のようなものを感じます。

ごめんなさい。
話題が土方さんからかなり離れてしまいました。
私は村瀬さんとは逆に、枕草子を読んでみなければなりません。
2006/03/06(月) 19:48 | URL | かよこ #PooosTlY[ コメントの編集]
かよこさま、よくわかりました。
あなたのお話で、改めて読まなければいけないなと思いました。
最近では、瀬戸内寂聴さんがわかりやすく書いてくれているみたいですね。

質問があります。
まず、あの時代、女の貞操というものがどうだったのかわかりませんが、人妻だから源氏を避けるようになったのですか。
だとすれば、現代とあまり変わりませんね。

俗っぽい言い方ですが、『逃げる相手は追いかけたくなるし、しつこく言い寄られると、いい女でも逃げたくなるものです』
この際は、源氏は追いかけたくなったのでしょうか。
恐らくそんな単純なもんではなかったのでしょうね。

ところで、
《二度と思いを遂げることのできない無念さ、寂しさや空虚感といったものに、気持ちがいくかもしれません。
悩みながらも自分を貫く空蝉にも、愛しい人が去り思いを遂げられない源氏にも、土方さんを重ねようと思えば、どちらにも重ねられるのかもしれませんね。》
という、あなたの文章、名文ですね。

ちと、強引ですが、重ねられますね。

学生時代を思い出しますね。
紫式部は男女の情愛とか、情念みたいなもので人間を描いています。
そこへ行くと、清少納言は自然とか人、物事の条理で人生、世の中を語っていたような記憶があります。
僕は、徒然草が好きでした(今も)。今、僕はブログというものを書くようになっていますが、その底流には、徒然草があるように自分では感じています。
あの作品、とても優れています。人生というものを、教えてくれるんです。とても、感じ入ります。
吉田兼好という人は、枕草子をよくお読みになっていたのではないかと、思ったりしています。
清少納言の影響があるのではないでしょうか。
こう書くと、僕は源氏より枕草子を好んでいるのではーーーと思われるでしょうね。

でも、仕様がありませんね。
僕は、男女の情愛を描くのが苦手だし、照れくさい。
だから、あの本でも、土方歳三に何処まで濡れ場を演じさせてよいのやら、随分と迷いました。
女を登場させなくてもいいのでは、とも思いましたが、それでは人間を描くのに片手落ちのような気がしてーーー。
これから先は、函館でも行ったときにお話できたら良いですね。

2006/03/05(日) 23:07 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
続きです
連投、申し訳ありません。

私は女の立場で読んでしまうので、源氏に惹かれながらも自らの立場を弁え、源氏の口説きを拒み続けて自分の生き方を貫く、空蝉の凛とした姿が素敵だなぁと思うのです。
でも男の方が読むと、自分の腕の中をすり抜けていった源氏の空蝉への思い、二度と思いを遂げることのできない無念さ、寂しさや空虚感といったものに、気持ちがいくかもしれません。
悩みながらも自分を貫く空蝉にも、愛しい人が去り思いを遂げられない源氏にも、土方さんを重ねようと思えば、どちらにも重ねられるのかもしれませんね。

長々と失礼致しました。
2006/03/05(日) 22:24 | URL | かよこ #PooosTlY[ コメントの編集]
源氏物語の空蝉
村瀬さん、そうです。
光源氏が愛した女性の一人であり、彼女を描いた章の題名でもあります。
簡単にあらすじを書きますと・・・。

空蝉は、源氏が方違えで泊まった屋敷で出会い、一夜を過ごした人妻です。
源氏は空蝉のことが忘れられず、その後も彼女に言い寄りますが、空蝉は源氏に思いを残しながらも、自分の立場を考え、源氏を拒み続けるんです。
ある晩、源氏は空蝉の弟に手引きをさせて、空蝉の閨に忍び込むのですが、それと気付いた空蝉は、薄衣を残して部屋を抜け出してしまいます。
源氏は空蝉が残していった薄衣を手に、さらに彼女への思いを深くするというお話。
その後彼女は出家して、二度と源氏は思いを遂げることはできないのですが、空蝉のその潔さを愛し続け、最終的に彼女を引き取り生活の面倒を見るんですね。
(すごい省略の仕方ですが・汗)

長くなりましたので、一度送信します。
2006/03/05(日) 22:22 | URL | かよこ #PooosTlY[ コメントの編集]
けいこさま、もう、とまってくれる?
ブログで、日にちと時間を決めて、いきなり「荻窪に集合」と、呼びかけます。
あそこのラーメン屋は確か、火曜日が休みだから、土曜日辺りにやります。

たくさん来たら、どうしよう。
そのときはその時。
でも、不安。
2006/03/05(日) 07:40 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
かよこさん、空蝉。
僕は、源氏物語をきちんと読んだことがないんです。
勉強不足で、ごめんなさい。
教授してくれるとありがたい。

空蝉という、小見出しにしたのは、中身が『カラ』という意味でつけたのですが、源氏物語のほうは、女性の名前でしたっけ。
それさえ知らないとは、トホホーーー。

あらためて、
仙台へ向かったときの歳三の心境は、辛かったでしょうね。

人間、生きる目的をなくしたり、わからなくなったりしたときって、どうなんでしょう。
もう一度、考えて見ます。
2006/03/05(日) 07:37 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
もまさん、今大変です
そう、ツアーの企画、皆さんにご満足していただけるように、また、二度と出来ないような『歳三の豪華版』にしたいので、時間がかかっています。
あなたが、江戸ツアーでご苦労なさったのがわかります。

安い時期にやりたいので、皆様のご都合とイッチするのかわかりませんが、近々アンケートやります。
2006/03/05(日) 07:27 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
耳緒さま、是非函館で
耳緒さんに頼まれた彦五郎の資料、もう少し待っててね。
必ず送ります。

函館で、ゆっくり、もう一度と死蔵について語りましょう。
今、鋭意、内容を練っていますので、お待ちください。
2006/03/05(日) 07:22 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
おめでとうございます
村瀬さん、一周年おめでとうございます。
これからも、村瀬さんが思い描く土方さんのこと、新選組や日野のこと、などなど発信していってくださいね。
楽しみにしています。

私も「いま得!」拝見しました。
日野宿本陣のシーン、素敵でした。
無我さんも、自分の感性で土方さんを捉えていらっしゃる。
素敵な俳優さんだなぁと思いました。
私もまた日野へ伺いたくなりました。
小道具第2弾も拝見しなければ!

『空蝉』というと、やはり『源氏物語』を思い出してしまいます。
源氏に惹かれつつも、自分の生き方を貫く、凛とした素敵な女性ですよね。
2006/03/04(土) 18:56 | URL | かよこ #PooosTlY[ コメントの編集]
おめでとうございます
こんばんわ、耳緒と申します。
一周年おめでとうございます。
分からないこといっぱい、一般的に広く知られてて嘘じゃないかもしれませんが、決して真実とは言い切れない「通説」も多い(歴史自体がそうなんでしょうが)新選組とその隊士一人一人、調べれば調べるほど謎が出てきますね。
土方さんが最後まで「意地」を張り通してくれたおかげで(結果論ですが)、こうして21世紀の今彼らを好きになれたと思うと、それだけで感謝です。
函館ツアー是非行きたいので、大変でしょうが、よろしくお願い致します。
すごく楽しみにしております。
2006/03/04(土) 02:07 | URL | 耳緒 #-[ コメントの編集]
止まりました~!
ラーメンと焼き鳥in荻窪(笑)
いざっ!!(行く気満々)
募集、お待ちしてます。
2006/03/04(土) 01:08 | URL | keiko #3hjG33lw[ コメントの編集]
函館ツアーについて
今、原案を作っていますよ。
第1案を京王観光の営業と一緒に作ったのですが、7月だと北海道はトップシーズンで偉く高い。
考えてしまいました。
2泊3日で、歳三の歩いた行程を全部辿ることはどうしても無理です。
でも、大方行くとして、それでも9万円もかかる。これは、バスを3日間チャーターして、函館、江差、松前、二股口などを廻ってくるものです。
同じ行程で、9月に実施すると7万円に落ちます。

人によっては、歳三たちが最初に上陸した鷲の木浜へも行きたいって意見もありましてーーー。
そうすると、さらに1日延長しなければならない。
さて、困りました。

近々、アンケートを実施しますので、皆様のご意見を寄せてください。

そういえば、これとは別に、(行きたい人たちで)、荻窪に行きたいですね。
何しに?
(ラーメンとやきとり)
不謹慎。
何といわれようとも、生きたい道を行く。
この指止まれ。
2006/03/04(土) 00:22 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
おめでとうございます!
初めてこちらに伺ったのは、開設して間もない頃でした。
最初はずーっとロム専だったのですが、ご本の通販申込でカミングアウト(笑)して以来、いろいろと楽しい経験をさせていただき、感謝しております。
これからも、このサイトを通して、たくさんの出会いがありますように!
2006/03/03(金) 23:57 | URL | もま #tHX44QXM[ コメントの編集]
本当に悲しい新選組の末路。
そう、時代に逆らってしか生きていけなかった男たちの、悲しい物語。

そして、仕舞いには、味方からまで見捨てられていった新選組のめんめん。
無念。
先に死んでいったものたちのことを考えれば、自分だけ生き残るわけにはいかない。

いつ、どのタイミングで、みんなのところへ行くべきか。
歳三は、函館に行ってからというもの、その時期を計っていたのではないでしょうか。

自然、榎本や松平、大鳥らの生き方とは違ってきますね。

この明治2年になってからというもの、歳三は、自らの魂を既に消し去っていたと思えます。
『空蝉』
筆まめだった彼が、ふるさとにただの1通も手紙を出していないのも、「既に俺はいないと思ってくれ」といいたかったのではないでしょうか。

悲しいけれど、彼は近藤や沖田のところへいけたのだから、それで幸せだったと思うべきかもね。
2006/03/03(金) 23:49 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
私も引き込まれました
この前はコメントにお返事頂き恐縮しております。
今、丁度、真ん中あたりまで読んでます(通勤の車中と就寝前に、なので遅いですが) 村瀬館長がどういう気持ちで書かれたのかよくわかりました。ので、今日一周年のメッセージを読ませて頂き良かったです。
新選組はどの切り口でも切なさを感じます。だから引きつけられるのかもしれませんが。好きになるとやはり史実が知りたくなるものです。でもやはり解らない?部分も多いのですね~。しかし真実を知って自分の作っていた新選組のイメージが壊れるのも怖い!とも思うし。全くファンはワガママであります。
これからもワガママファンの為、館長の御研究!よろしくお願いします。(後半、えんびつ片手に読み進むぞ~。)
2006/03/03(金) 23:03 | URL | あんざいみちよ #uXgpoG/E[ コメントの編集]
おめでとうごいます♪
一周年、本当におめでとうございます。
江戸ツアーに参加させていただいき、こちらのブログの方でにもちょくちょくお邪魔させていただき、楽しませていただいております。
これからも、楽しくて為になるお話を聞かせてください。
2006/03/03(金) 22:40 | URL | やまざき はじめ #lnYM7kUo[ コメントの編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2006/03/03(金) 22:24 | | #[ コメントの編集]
おめでとうございます!
村瀬さん、開設1周年おめでとうございます!
思えば村瀬さんのHPにたどり着いたのは、実在した人間・土方歳三を知りたくて「人間土方」で検索したことがきっかけでした。以来、石田散薬ツアー、京都ツアー、歴史館OPEN、江戸ツアー、とこの1年、楽しく過ごせたのは村瀬さんのお陰だとも思います。これからもよろしくお願いします!
2006/03/03(金) 22:17 | URL | ままこっち #-[ コメントの編集]
おめでとうございます!
1周年、おめでとうございます。
私は、こちらを知るようになってまだまだ日が浅いのですが、過去の記事を読ませていただいていても、とても読み応えがありました。
これからも新選組と土方さんと日野を愛する皆さんのため、ブログ、どうぞ末永く続けて下さいませ。
「いま得!」私も先ほど夕食とりつつ拝見させていただきました。
(その後大河の「天地ひっくりかえる」続けてみちゃいました。旧暦と新暦の違いはあるけど桜田門外の変の日ですからねぇ・・・)

しかし、「いま得!」観ていると、無性に日野に行きたくなりました。
また近いうちに歴史館も含め日野にお邪魔したいです。
julesさんのおっしゃるとおり、函館にも!是非皆さんで!!
2006/03/03(金) 22:16 | URL | keiko #3hjG33lw[ コメントの編集]
一周年、おめでとうございます。
村瀬さん
一周年ですか!おめでとうございます!(管理人様、いつもステキなレイアウトやデザインで楽しませてくださって、ありがとうございます)
先ほど録画していた「いま得!」拝見致しました。
確かに、無我さん、村瀬さんとお話しているときがとても楽しそうでしたね。
さっそく拙ブログでも記事にさせていただきました。
意地、に生きた歳三、かっこいいです。その原点、が日野、なんですね。日野宿本陣で、座っていらっしゃった無我さんと村瀬さんの後姿、勇と歳三、みたいでしたよ(笑)
必ず、函館、にみんなで行きましょう!
2006/03/03(金) 17:26 | URL | jules #bOk56uzs[ コメントの編集]
つい、引き込まれました。
つい、つい、引き込まれて全部読ませて頂きました。
以前にも書き込みさせて頂きましたが、著書を読ませて貰っていたので、
この記事、とても興味深かったです。
新選組の助っ人が会津に拒絶された
というのは、初めて知りました。
新選組と会津藩は、堅い絆で結ばれていた関係だと思っていましたから、
残念と言うか、悲しいです。
土方さんの無念さを思うと、胸が痛みます。
2006/03/03(金) 14:09 | URL | あさぎ #-[ コメントの編集]
コメントの投稿
【Font & Icon】
管理者にだけ表示を許可する
村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
    サイトに関してのお問い合わせ(動作不具合など)は管理人までお願いします。
    村瀬へのメールはこちら






リンク
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

カテゴリー
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新の記事
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

最近のコメント
最近のトラックバック
ブログ内検索
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。