村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

上川隆也と風間杜夫そして葛山信吾を案内した時のこと(1)

(その1)葛山信吾

2004年はNHK大河ドラマ「新選組」の年であったが、実は5月に明治座で「燃えよ剣」を上川隆也の歳三、風間杜夫の近藤、葛山信吾の沖田で舞台も行なわれていた。
約一月間の公演だったが、連日盛況で、わたしが観に行ったときも、ほとんどんど女性人で客席が占められていて、白粉(古いか)と香水の香りでむせ返っていた。

明治座のロケイションが日本橋の浜町という場所柄からか、着物姿の人たちも大勢いて、平成の時代になってもこのあたりにはまだ江戸情緒というものが感じられる。この界隈も当然のことながら、ビルの建設で街中が埋まってしまっているのだけれど、人々の気分はまだ十分江戸っ子の延長である。

公演に先立つ約一月前、確か4月の初旬だったが、日野新選組フェスタ実行委員会主催の「葛山信吾トークショウ」が行なわれた。午前中に日野市内の新選組関連施設を私が葛山君を連れてご案内したのだが、若いのに礼儀正しいすがすがしい奴だなあと思った。彼と私とでトークを行なうので、朝から一緒にあちこち廻って親交を暖めておいたのだ。実はこの日まで、申し訳ないが葛山信吾という俳優を知らなかった。

案内が終わって、いよいよフェスタが行なわれているトークショウの会場へ行ってみたら、大変な騒ぎになっていた。ステージの周りばかりでなく、客席の周りも人、人、人で歩けないほどだ。
若い女性ばかりでなく、30代以上の女性たちも大勢いた。彼女たちも追っかけだった。事務局に聞いたら、昨晩から徹夜で会場受付前に並んでいた人たちは、50人をくだらなかったという。

私はこのトークショウの中で、次のような逸話を紹介した。
「幕府の奥医師で松本良順という人がいましてね、会津で久々に土方歳三と会ったときに、松本が言いました。『総司の奴は、あれで、女をしらねえで逝っちまった』と。葛山さんもどこか沖田総司に似た爽やかさを感じますね」
 この時、会場は『キャアー』、と言う声と『爆笑』が混じっていたのだが、私にはその意味合いが良くわからなかった。
私は葛山っていう人はてっきり独身だと思っていた。実際はお子さんまでいると言うことが、後でわかった。だから、私の言った『爽やか』っていうのは、“ずれた”表現だった。それが爆笑のほうだったのだ。
ステージでしゃべったり演奏したりは、私は長年経験してきているのだが、時に失敗は当たり前のようにある。ステージ上の失態は、やってるこちらは冷や汗モノなのだが、奇態なもんで、こうした失敗、アクシデントがお客に受けたりして、世の中何がよく作用するかわからない。

トークショウが終わって私が帰ろうとしたら、ファンの女性人に取り囲まれた。私は単に司会役、聞き役だったに過ぎないのだが、何故か囲まれた。
一瞬、「俺って、まだいけるのか」と錯覚してしまったのだが、すぐ誤解だと夢は覚めた。
追っかけの女性たちは、
「とてもいいトークショウでした」
「来て良かったです」
と、ここまでは良かったのだが、次には、
「葛山さんてどんな人でした」
「楽屋なんかで、いろんなお話しなさったんですか」
「何でもいいですから、どんなこと、葛山さんが言ってたのか教えてください」
と言う。
私は躊躇してしまった。最初は5、6人だったのがどんどん増えて、終いには20人以上が私を取り囲んだ。
「彼は大変いい青年でした。人気者だからもっと態度が大きいのかと思いましたら、そんなところは微塵も感じられませんでしたよ」と言ったら、
「そうですよね」「やっぱり」「いい人なんですよ」
彼女達、お互いに確かめあっている。

要するに、私なぞどうでもいいのだ。当たり前だが……。
この人たちは、昨晩から来ていた女性たちだったが、一体何処から来たのか聞いてみた。
「私は新潟」「うちは京都」「熊本」「高知」……と様々な方面からだった。中には亭主も子供もいる人が何人もいた。お互いにスケジュールを確かめ合って、示し合わせて現地集合しているらしい。勿論最初は赤の他人だったのが、何度か顔をあわせるうちに気があって友達になったのだそうだ。
「それから?」「まだありませんか」「握手とかしました?」
私が「ええ、握手はしましたよ」と言うと、
「さわれせてもらっていいですか」
と、私の手を握ってきた。
ファンの心理とは、こういうものかと衝撃を受けた。

楽屋の出口の周りはファンで溢れていた。今か今かと彼が出てくるのを待っているのである。既に公演が終わってから、1時間は経過しているのに…。余計なことだったが、楽屋へ戻ってみた。そこには既に、葛山の姿は見えなかった。別の出口から逃走していたのである。
楽屋の窓からそっと、外を覗いてみた。
まだ、数百人の女性達が出てくるのを待っていた。
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コメント
春花さん、コメントありがとう
葛山さんが日野へ来られたのは、確か、昨年の4月7日ごろだったと記憶していますが、私はあの時の体験で、自分が一皮むけたような実感を覚えました。
ああゆう、一種、恍惚の世界にはまったく無縁だった自分が、そうした方々の中へ一時、入れていただいただけでも、幸せな気分でした。
とてもよい社会学習をさせていただきました。
世間を、大体は判っているようなつもりでいた己を恥じています。
あの日以来、少し若返った気分に浸れました。
一度、日野へいらっしゃれるといいですね。
2005/03/21(月) 01:39 | URL | 村瀬 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
初めまして
葛山信吾ファンの者です。
記事に書いてくださってありがとうございました。私自身はイベントには行けませんでしたので、ネットに上げていただけて本当にうれしいです。熱心なファン大勢で囲まれてびっくりなさったという件は思わず笑ってしまいました…。はい、ファンというのはそうしたもので、夫や子どもも無論大事なのですが、それとはまた違ったところで、葛山さんのことを非常に大切に思っているわけです。(きっと呆れていらっしゃることでしょうけれども。)

他の記事も拝見しております。私もいつかぜひ日野に行ってみたいものです。
2005/03/20(日) 20:12 | URL | 春花 #-[ コメントの編集]
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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