村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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五稜郭に、新しいタワーが出来たんですね

今朝、知りました。
情報が遅いのかもしれませんね。
もう、みんな知っていたのかなあ。
今度のは、これまでよりずっと背が高いらしい。
何でも、高さが107メートルで、90メートルのところに展望台ができてるってことだ。
真下に五稜郭が見えるって言う寸法で、あの星のような西洋の城郭に似せたものが間近に眺めることが出来るのだ。
見てみたい。

でも、ロマンティックな話はこれまでで、どうしても、僕のひねくれ魂が出てきてしまう。
前に、『人間土方歳三』を書いたとき、五稜郭についてはほとんど書かなかった。
というより、正直言って、あそこのことがよくわからなかったから、書けなかったのだ。

五稜郭って、何のために造ったのだろうか。
どうやら、徳川幕府が、ロシアからの侵略に備えて、北方警備のために要塞として建造したものらしい。
それにしちゃあ、ちょっと貧弱なんじゃないだろうか。そして、場所も。
壁の高さはわずか6メートル程度で、堀も小さい。
僕は、一人であの堀をボートで一周したことがあるが、たいした時間はかからなかった。
城を攻める軍隊が大砲を進めれば、簡単に城の中に弾が飛び込む。現実に、明治2年5月には官軍の甲鉄艦の砲弾が3キロの射程を飛んで、ことごとく城内に落ち兵隊の命を奪った。
榎本武揚は何故、このような城にこだわったのだろうか。他になかったからという理由か。

大体、何故、あんな中途半端な位置に要塞なぞ造るのか、僕はまったくの素人だが、よくわからない。
あの城は、安政4年から数年かけて建造されたものらしいが、その当時の函館奉行は竹内保徳という人だった。
この人が監督し、武田斐三郎という専門家が設計したらしい。こういう中途半端な施設を作ること自体、何か、当時の徳川官僚のいい加減さを想像してしまう。
お役所仕事なのだろう。形式だけがまかり通る。

僕は、人間として、北海道のアイヌ人の生き方、人生哲学に感銘を受けることが多い。
何しろ自然というものを大事にする。人間を最優先には考えない。
すべての生き物と同等に見る。だから、この世の生き物たちみんなで、獲物は共有するし分け与えるのだ。
人間だけが、独占するようなことは決してしない。
それが、真の共存なのだ。
だから、自然をいじめるようなことは決してしない。
汚さない。
まして、破壊するなぞ、とんでもないのだ。
子供が川で小便でもしようものなら、顔中晴れ上がるほど父親に殴られる。
下で、その水を呑む人がいるかもしれないからだ。
でも、内地の人たちが蝦夷地に入り込んで、どんどん破壊していった。自然ばかりでなく、アイヌの人たちの生活権までも。
幕末から明治期に、日本人は北海道を破壊し始めた。
札幌農学校の第2期生の内村鑑三は、これを真剣に非難した。
僕は、自分の本の冒頭で、土方歳三に反省の言葉を言わせた。
蝦夷の自然と上手く付き合える人のみが、この地で生活できると。


それにしても、今度のタワーには、是非上ってみたい。そして、反対側から、あの美しい腰のくびれを拝ませて欲しいのである。

僕は、高校の修学旅行が北海道で、初めて函館山から半島を見たときに、筆舌に尽くしがたい感激を味わった。
こんな美しい風景ってものがあるんだろうかと、感心してズーと眺めていた。
それから、夜景も見てこのきれいさに勝るものがどこかにあるだろうかと関心を持ち、日本全国を旅するようになった。
六甲山から眺める神戸港も確かにいい。
稲佐山からの長崎もいい。
城山からの鹿児島・桜島も素晴しい。
でも、函館の夜景にはかなわない。

実は、五稜郭に新しい展望台が出来るってことは、今から約4年も前から知ってはいた。
五稜郭タワーの社長をしている中野豊さんと、一緒に土方歳三家に訪れたことがあったからだ。
五稜郭に、歳三の銅像を新しく作りたいので、土方歳三家にご挨拶したい。ついては、案内してくれと依頼があったからだ。
彫刻家の小寺さんという女性も一緒だった。
この人が、自分のアトリエのあるローマで制作したのが、今五稜郭にあるあの歳三の銅像である。

中野社長は、新しいタワーは、函館空港などの電波の関係でなかなか実現できずにいたのだが、規制緩和でようやく背の高いのを作ることが出来る、と、おっしゃっておられた。
ああ、それがようやくできたんだと思った。
あの時、社長は、『逆から見る半島はきっと、素晴しいですよ』といっていた。
僕は、そのとき、一時も早く見てみたいものだと思った。
それがようやく、この4月からオープンなのだ。
早くいってみたい。

ところで、僕はこの4月1日に人事異動で、再び企画部に戻ることになった。
新選組のふるさと歴史館の館長になって、まだ1年弱なのに早すぎる。
でも、僕らの仕事はそんなもの。
今度は、『芸術文化』を担当しろということだ。
まだ、具体的な任務は聞いていないので、なんともいえないが、自分の性分に合っているともいえる。
僕のことを知っている人が、うちの組織の中に結構いるってことかもしれない。

仕事が変わっても、このコーナーに影響を与えるものではない。
今後も同じ考え方で続けるつもりだ。
土方歳三~新選組~幕末という時代と人間像~そして現代について、コメントを申しあげていくつもりだ。
僕自身は変わらないので、今後もよろしくお付き合いを願いたい。
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コメント
やまざきはじめさま、大勢でいらしてください。
GWには、この間のツアーに参加された方々が大勢いらっしゃる様子です。
一部は、次の週の新選組祭りに廻るでしょうが、いづれにしても、この辺りに大勢の関係者が来るでしょう。
やまざきさまも、是非、来てください。
日時などわかれば、僕も合わせているようにします。
そういえば、5月3日に来る人が多いようです。
出来れば、この日に皆さんこれると良いですね。
2006/04/16(日) 06:57 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
そうなんですかぁ、
五月の後半に、大挙して訪れようとしていたんですが、残念です。
でも、新しい職場の「芸術文化」も村瀬さんのイメージに合っている気がします☆
また、ツアーでお会いして、お話できたらうれしいです♪
2006/04/15(土) 12:23 | URL | やまざき はじめ #lnYM7kUo[ コメントの編集]
耳緒さま、お便り有難う
そうなんです。
今、元の企画部に戻って、今度は《芸術文化》をやれってことなんです。
でも、僕にはよくあっている仕事なのかもしれません。
12歳の頃からですから、もう40年以上も楽器を携えて人生を送ってきましたから、水を得た何とかなのかもしれません。

この間、幕末や新選組に関心を寄せることになって、これも一生のライフワークになるでしょう。
音楽と両立させることは不可能じゃありませんから、今後は、今までどおりやって生きますよ。

GWに、日野にいらしたら、是非ご連絡くださいね。
お待ちしております。

村瀬彰吾
2006/04/14(金) 06:36 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
そうだったのですか
お久しぶりです、耳緒と申します。
異動があって色々大変でしょうが、お体ご自愛下さいませ。
GWには日野を訪れようと思ってました。むしろ今でも訪れるつもりで、ますます新選組への熱が加速してまして、日野はもちろん、まだ見たことのない五稜郭(と新しくできたタワー)に思いを馳せる日々です。
2006/04/14(金) 00:17 | URL | 耳緒 #-[ コメントの編集]
せとさま、ご連絡を。
日野に来たら、連絡くださいね。
これまでより、もっとゆっくり一緒に見学できます。

今までは、仕事中なので、長々と話していられませんでしたが、これからは大丈夫。
読後の感想も聞きたいしーーー。
2006/04/09(日) 00:08 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
もまさまも、異動ですか。
そうなんだよね。
この家業、仕様がないね。
それにしても、僕の場合は早い。

でも、今度の仕事もなかなか味のあるものかも。
何しろ、《芸術文化》たんとうですから。

こんな名称、日本全国、何処探したってなかなかない仕事ですよね。
僕は、そのような仕事をさせられる運命にあるのかもしれません。
常に、パイオニア的なものをやれと。

これも人生ですね。
2006/04/09(日) 00:06 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
絵美子さま、ご心配かけてすみません。
次に、日野に来るときがあったら、必ずご連絡ください。
お会いして、皆さんとゆっくり、新選組談義をしましょうよ。

僕の仕事が変わっても、中身は変わりませんから。
2006/04/09(日) 00:01 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
せとです。なかなか上京できずにいましたが、5月には歴史館におじゃまして、村瀬さんにお会いできるのを楽しみにしておりました。残念です。でも人事異動だけはどうにもなりませんね。企画部とのこと、またあの熱意で本領を発揮してください。新五稜郭タワーからの眺めはどんなんでしょう。
2006/04/08(土) 19:44 | URL | せと #-[ コメントの編集]
新タワー
去年の夏、建設中の現場は見ましたが、星形全景が見られるようになったのですね。
函館山方向の眺めも、新たな観光スポットになることでしょう。

それにしても、随分と早い異動でびっくりしました。
残念ですが、新しい分野でのご活躍をお祈りしています。
私も4月から全く勝手の違う部署に異動になり、慌ただしい毎日です。
この仕事の宿命ですね(^^;
2006/04/08(土) 09:49 | URL | もま #tHX44QXM[ コメントの編集]
ゆうちゃん、いつも前向き。
ゆうちゃんとは、初めてお会いしてから、もう4年になります。
あなたは覚えていないかもしれないけど、僕はこの仕事をやり始めて、彼方此方に足を向けるようになって、調布の『たづくり』で《近藤勇と新選組の会》のイベントが催されたときに初対面でした。

以後、池田屋(高幡)などでもお話しましたし、いつも、物事に対して誠実で感じのよい人だと思ってきました。
僕のここにコメントくれるときも、いつも前向きですね。
ありがとう。
2006/04/07(金) 23:01 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
動揺が・・・
「江戸ツアー」でお世話になった絵美子です。
もう歴史館に行ってもお会いできないんですね・・・
寂しいです。
ショックですよ。
ツアー仲間にも動揺が走ってます。
2006/04/07(金) 21:53 | URL | 絵美子 #-[ コメントの編集]
頑張ってください
 紆余曲折あったようですが、
 新天地で逆に史跡めぐりやツアーなどが柔軟に組みやすくできる職場へ移ったと思えば好転してと思えるのではないでしょうか?
 また史跡めぐりの案内で活躍できることを祈ります。
2006/04/07(金) 21:30 | URL | ゆぅちゃん #fZQeSxjk[ コメントの編集]
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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