村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

――海音寺潮五郎談――1

「土方歳三はなかなかの戦上手、驚嘆した」
「天才だ」
――海音寺潮五郎談――1

僕は、幕末を公平に研究し、幕府軍にも薩長軍にもどちらにも組しないで、功績を残してきた人物に光を当てて語っていきたいと願っている。

だから、ここは新選組関係のブログではあるのだけど、幕末のいろんな人たちをこれまで取り上げてきた。中でも、個人的に西郷さんが好きだ。
このコーナーを読んでくれている方々の中には、猛烈な『組』ファンの人もいて、薩長なぞ憎き敵であり、奴らこそ『賊』であると思い込んでいる人もいる。そうした人たちからは、裏切りの薩摩、戦争好きの西郷として、僕は顰蹙(ひんしゅく)を買うことになるのだがーーー。
心情的にはわかるが、僕はもっと冷静に考え、みんなで幕末を楽しみ、先人に学びたいと思っている。
幅広く遊び、研究なぞしていると、これまで知らなかった意外な一面にぶち当たることもあるし発見もあって、うれしくなることもある。
今日は、そうしたことを一つ紹介したい。

西郷隆盛研究者の第一人者は、なんと言っても、鹿児島出身で西郷を研究し尽くしてきた海音寺潮五郎に違いない。
海音寺さんは、小説を書かせても魅力的ではあるが、日本の歴史の実相を検分させたら、その調査内容といい洞察力といい、群を抜いていて他人の追随を許さないと思っている。
小説では、もしかして司馬遼太郎に一日の長があるのかもしれない。その司馬さんはずーっと海音寺さんを敬い、慕い、何回かこのお二人は対談しているが、それらは対談本として発刊されている。
僕は、文芸の評論家じゃないしそれほどの造詣もないから、ほんとのところ、彼らの価値はいまいちわかっていないのかもしれない。
だが、自分ではこの両者の薫陶をずいぶんと受けたし、何よりもこの二人が好きなだけに、今は故人となってしまったお二人だが、最大の敬意を払うし、今後も「わが国の歴史」を語る上で、この人たちの名が長く語り継がれることは間違いない。

海音寺さんの西郷は『敬天愛人 西郷隆盛』という書物で、学研文庫から4巻で刊行されていたのだが、絶版になっている。
また、それ以前にも、朝日新聞社や角川文庫などから出版されているのだが、どれも絶版で手に入らない。
残念ながら、どこへ行っても何も手に入らない。なぜなんだろう、維新最大の功労者なのにーーー。不思議でならない。
僕も、学研版を全巻手に入れるのに、相当苦労した。ほかに、氏の西郷さんが出版されていればいいが、僕は知らない。

海音寺さんは、歴史というものを、誰にもわかりやすく公平に見てきている人なので、どちらにも偏っていない人なのだが、それでも、西郷さんを書くときは特別な感情が働くみたいで、情がこもっている。
その分薩摩寄りかというと、そうでもない。
薩摩の当時の島津家のお殿様は忠義という人で、実際の権力は父親の久光が握っていた。こうした当時の体制については、かなり批判的である。
今、多くの人は、『西郷=薩摩』と見ているようだが、実はぜんぜん違っていて、西郷は、藩の中では武士としての位はせいぜい中ぐらいで、決して偉い方ではなかった。故に、お殿様の指令は絶対服従であり、逆らうことなぞありえないのである。幕末に、西郷が行なってきたことは、藩の命令であり、一個人の意思なぞではないのである。
そうはいっても西郷さんは特別で、実権を握っていた久光は、殺したいほど西郷がにくいのだが、彼の進言を聞かざるを得ず、しぶしぶ許可してきた。
その人気の絶大なのに対抗できなかったのである。

明治3年、鹿児島に隠遁してしまった西郷を中央に引っ張り出さなければ、新政府が成り立たなくなったことがあった。
何より、最大の改革『廃藩置県』を挙行するには、西郷の力を借りなければ出来なかった。なんてったって藩をなくして県を置く。ということは、大名でもなくなり、お城も土地もすべて国が取り上げてしまうのである。これまで、何百年も最高位に君臨して、武士階級と威張ってきた階級は、実質これでなくなってしまう。全国の士族の反乱は、必至であった。
勿論、政府は、そんな事態には出来ない。
こうなりゃ、西郷の偉容に頼るしかないのである。
だから、鹿児島へ呼びに行ったのだが、久光の許可が必要であった。
ことに窮した新政府は、考えた挙句、《天皇の願いである》という形をとることにした。
明治天皇がお願いするものを、久光といえども拒絶は出来ない。天皇は快く承諾した。そして、その使者に大久保利通は勿論、弟の従道、岩倉具視自らも鹿児島へ行った。
こんな大掛かりにしなければ、西郷を引っ張り出せなかったのである。
それは、西郷の意思もあったが、何より久光の許可を取るためであった。その上、久光にも上京を促した。政府で働いて欲しいと。久光に気を使ったのである。
これについては、さらにバランスをとるために、帰りに長州へ寄って毛利敬親にも政界進出をお願いしているのである。
ここまでしなければ、島津の殿様の顔が立たないのであり、西郷も鹿児島から出られなかったのである。
それは、幕末時も同じで、西郷の個人の意思で自由に動けたわけではない。
だから、西郷は久光の怒りに触れて、奄美、徳之島、沖永良部と3回島流しにされている。久光も、殺す勇気はないから、島流しなのである。

こういう殿様だから、西郷も大久保も、長年久光をだましてきた。
「きっと、徳川に変わる世の中を作り、あなたを慶喜の代わりに据えます」と。
これは、はっきり言葉にして発言はしてこなかったものの、そのように臭わしてきているのである。

海音寺さんは、ただ一念、『人間西郷隆盛』なのであって、薩摩藩はどうでもいいのである。

学研版の第4巻に興味深い内容が書いてあった。
海音寺さんが、徳川の脱走軍の、しかももと新選組副長で今は箱館で陸軍奉行並の役職を得ている土方歳三に触れている文章を目にしたのである。
学研文庫から出ている『敬天愛人 西郷隆盛』第四巻、340ページにそれは書いてあった。
いかに、氏が、物事を平らかに、偏りなく洞察してきているかがこれを読むとわかってもらえるのではないかと思う。
あまりの嬉しさに、皆さんに紹介したくなった。氏の文章そのままを紹介する。

 「官軍の北海道征伐が始まったのは、四月に入ってからでした。北海道軍はよく戦いました。中でも私の感心するのは土方歳三がなかなかの戦上手であったことです。土方は剣を取っての一人ひとりの斬り合いには長じていても、軍勢を指揮して火戦を主としての戦いはどうだろうかと疑っていましたが、その戦いの後を調べてみて、その巧みなことに私は驚嘆いたしました。西洋流戦術の専門家として当時有名であった大鳥圭介は、旧幕でも蝦夷島政府でも陸軍奉行に任ぜられていたのですが、土方のほうがはるかに戦術には長じています。戦術は生まれつきの天才によるものではないかと考えざるを得ません。後天的に努力して学んでも、天才のない者は高きには至れないものではないでしょうか。」

 海音寺潮五郎という作家、歴史小説では『天と地と』『平将門』、海音寺文学で有名な
のは史伝として『武将列伝』『悪人列伝』などである。特に、明治中期以降衰退していた
史伝文学の復興を願って多くの史伝を手がけた。
 海音寺氏の豊富な歴史知識と史観は、読者を大いに魅了し、圧倒するものだが、この正統派の文学者が、上記のように土方歳三を最大級にほめている。

長くなるので、また。
つづく
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コメント
お世話になりました
こんばんわ、耳緒と申します。GWは大変お世話になりました。
彦五郎さん資料館は去年はいけなかった場所で(当然ですね)今年初めて行きましたが、あの近藤さん、歳三さん、沖田君の書簡は三者三様の性格が書体に出てるようで面白かったです。
近藤さんがあんな早い時期にピストルを持ってたことも驚きでした。
今後もまたなんらかの企画やイベントなどでお会いしたいです。
2006/05/10(水) 22:43 | URL | 耳緒 #-[ コメントの編集]
あんざいみちよさま、次も書いてますよ。
お稽古事、音楽ですか。
もっと詳しく知りたいですね。
今、僕も、毎日がSAXなのです。
今になって、なんだか、滅茶苦茶に吹きたくなって、毎日一人でライブしてます。

西郷さんも、次、書きました。
どんどん書きますね。
応援してください。
励みになってるんです。
2006/05/08(月) 23:41 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
昨日、帰阪いたしましたので、お礼コメントが遅れました事をお許し下さい。

GW新選組ツアー、最高でした!
念願だった「土方歳三資料館」を訪れる事が出来、大好きな日野宿本陣とふるさと歴史館へ再度足を踏み入れる事が出来、オープンしたての佐藤彦五郎資料館へも行く事が出来、「池田屋」で昼食をとる事が出来たこと(歳三丼、美味しかったです)そして、なんだか温かいものが感じられた、井上源三郎資料館をたづねる事が出来た事は、大切な思い出となって私の心に生涯残る事だろうと思います。

本当に大変お世話になりました。
有難うございました。

日野は本当にいい所ですね。
是非とも又、訪れたいと願っています。
2006/05/08(月) 09:12 | URL | あさぎ #-[ コメントの編集]
絵美子さま、GW新選組ツアー、参加有難う。
お返事、遅くなってすいません。
お天気もよかったし、サイコーでした。
また今度、新しい企画したら参加お願いします。

2006/05/08(月) 05:47 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
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2006/05/05(金) 21:43 | | #[ コメントの編集]
ありがとうございました。
日野ツアー、とっても楽しかったです。
念願だったお墓参りができ、嬉しかったです。
私も、幕末について調べ、先人の偉大さを学びたいと考えています。
まだまだ、時間はかかりそうですし、どうも「幕府贔屓」から抜け出せないのですが、あきれないで待っててください。
まずは、「北へ!」。
2006/05/05(金) 12:40 | URL | 絵美子 #-[ コメントの編集]
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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