村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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中田が引退した。

衝撃的。
日本がブラジルに負けたとき、ここでコメントした。
中田と中村が泣いていた。あの涙は、どういうことか。
知りたいと書いた。

僕はサッカーについては、専門的なことはわからない。だから、一般論として言う。
つい数日前に終えた『全米オープン女子ゴルフ』については、自分が好きでもあり、自らもプレイもするから、その顛末がよくわかる。
でも、今回の引退劇だが、サッカーという競技の持つ特殊性もあるのだろうが、そういうことよりも、人間中田の「生き方」に起因しているように思えるが。

彼のHP上のコメントにもあるように、半年前から考えていたということだ。
中田自身の人生設計というものがあって、30歳手前で第一線から身を引こうとしていたのかもしれない。
この競技、45分を、休憩を挟んで2回、全力で走りとおすものだ。恐ろしいほどの体力を消耗するスポーツなのではないか。それも中田のように、世界の檜舞台で活躍するほどのアスリートには、『手抜き』というものが許されない。Jリーグだって、その下のリーグだって許されないのだろうが、次元が違いすぎる。

ゴルフにしてもテニスにしてもスキーにしても日本のトッププロで(アマチュアもいるが)、常にメディアからチヤホラされている選手が世界へ出て行って、殆ど相手にされない実態は、既にみんな知っている。トリノオリンピックでのスノーボードがいい例だ。マスコミの責任は大きいのだが、自己批判、反省はしないらしい。
藍ちゃんと不動さんは現在の日本プロゴルフ界では、野球で言えばイチローや松井クラスなのだ。野球は通用して、ゴルフは何故ダメなのか。
野球解説者の張本勲氏に言わせると、大リーグのレベルが下がっているからというが、なんとなくわかる。僕らが小さい頃から、ちょくちょく来日してきたが、遊び気分で来ても日本のプロ野球そのものが、まったく歯が立たなかった。
それが、この間のWBCで日本が優勝なのだから、氏の言うこともわかる。
でも、それだけじゃないだろう。
イチローや松井はわが国でも数十年に一人の名プレイヤーだから、当然大リーグで通用するのである。
僕のみるところ、残念だが、藍ちゃんにしても不動さんにしてもイチローや松井レベルには到達していない。

アメリカ、ニューポートで行なわれた全米オープンをご覧になっていた方にはお分かりだと思うが、あのハワイの韓国系天才ゴルファー、ミッシェル・ウィーはまだ16歳である。
『女タイガー』と今から言われていて、とにかくすごいド迫力だ。丁度、テニスのシャラポアのような印象である。身長184センチで、ドライバーは300ヤード近くまで飛ばす。日本の男子プロと飛距離は変わらないのである。それでいて、小技もうまい。パットだって、お父さん達みんな顔負け。
彼女、まだメジャーで優勝はしていないが、常に優勝争いして上位に入ってきている。これからいくつメジャーを勝つのだろうか。計り知れない。

今回のサッカーを見ていて思うのだが、体力勝負の差が出てきていません。
僕の言うのは、何も走り続けるという意味だけではなくて、ボールを奪い合うときのあの『体当たり』である。イエローカードぎりぎりの、うまく審判をごまかしていかに反則を犯すか、である。今じゃ、サッカーで相手の衣服を見えないように引っ張るなんてコトは当たり前のようだ。
なんだか、格闘技。
これから、アジアの選手はからだが小さいから、弾き飛ばされてしまうのではありませんか。

中田だが、彼はあのブラジル戦で、試合終了後ピットに寝転んでしまった。このことにかなり批判的な論評もあったみたいだが、こうなってみると「そうか」と、判るような気もする。
自分の限界、日本の限界を悟ったのかもしれない。
彼は、3回連続ワールドカップに出場してきている。からだはボロボロだろう。まだ29歳だから、体力的には出来るかもしれないが、モチベイションが保てるのか。もう、自由にしてあげたら。
それから、彼を見ていると、今の日本のサッカーのあり方に疑問を持っているのではないかと思う。でも、一プレイヤーだから運営や方針については、とても言及することはできない。
あたりまえだ。
三浦カズヨシというプレイヤーもいたが、彼も世界を知っていた。でも、彼はWC本戦に出場はできなかった。

中田は、サッカー以外の分野で生きていくような表現をしていた。お偉方との考え方に、ズレが大きく生じているんじゃないのか・・・?世界のサッカーとは、「そんなんじゃないんだ」みたいな、自己主張があるように思える。
サッカーについては、まあ、素人の僕の意見はこのあたりにしておこう。

このコーナーで、スポーツの話題となると、大概僕は“身の振り方”について触れてきている。
一度、頂点に上り詰めたものたちの、その後のみの振り方の難しさである。あの高橋尚子は、どうするんだろう。
そりゃ、僕だってもう一回は、世界の最高タイムを出して走る高橋の姿を見たい。2時間15分ぐらいで。
でも、そのために、再びどんな過酷な練習の日々をすごすのだろう。もう、いいよね、とすら思ってしまう。
彼女は、長い間僕ら日本人全体を長期間楽しませてくれた。感動も与えてくれた。
『ご苦労様』でいいじゃないか。
前の監督は、引退の時期、タイミングまで考えてやるべきだった。シドニーで金を取って、その後ボストンで世界最高タイムを出したのだから、その時点で引退でもよかったのだ。
スポーツ選手と政治家は、特に引き際が難しい。
ベイスターズの佐々木投手もマリナーズであれだけの実績を残しはしたが、日本に帰ってきて再び色気を出したのがいけなかった。だから、引退劇はいまひとつ感動しない。
これからは、清原である。
彼は、どう引退するのか。
それより、もう引退宣言をしてしまった男が日本ハムにいる。
そう、新庄だ。
あの人は、逆に立ち居振る舞いがうますぎる。でも、ファンに惜しまれながらやめていくのが良い。上手い。

人間の欲望ってもの、どう働くのだろう。
僕の身近に、24年間も市長業をこなした人がいた。
立派に仕事されていたように思えるが、残念だったのは、最後の最後まで権力に固執した。90歳近かったのに。
ここまで多薦してくると、それまで支持してくれていた政党も逃げた。結果、立候補さえできなくなった。そして、いつの日か、寂しく死んでいった。
誰も、彼の死を惜しまなかった。いつ死んだのかさえ、多くの人は知らなかった。過去の実績も称賛されない。
僕は、その市長の功績はたくさんあると思っている。一番は、南アフリカからあのネルソン・マンデラが日本に来たとき、なんとしても彼に寄付をするために、確か50万円だったか、いきなり補正予算を強引に、議会を通してしまった。その発想がすごいと思った。でも、そういう行動は、僕にとっては魅力的だった。

中田を見ていると、僕らの『もっとやってくれ、見ていたい』と言う欲望と裏腹に、29歳にしてつかれきってしまったのか。あるいは、「自分の限界」「日本の限界」を悟っているのかも知れない。
ジャイアンツの江川投手を思い出す。彼の作新学院高校時代の寵児ぶりは、中田の比ではなかった。一体、プロに入ってどの程度活躍するんだろうと、国中が期待した。結果、オールスター戦で、8連続三振をやっていた。9連続が、最高なのだ。過去に、江夏がやっていた。江川は最後のバッター、確か近鉄の大石にごろを打たれて夢が敗れた。その江川、誰もがまだやれるだろうと思った。
30代半ばで、引退した。

中田は、自分の『行き方』『人間中田』を考えていたのだった。
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コメント
ごっちゃん、その通りですね。
ごっちゃんがご指摘くださった永井様の「ごめんなさいでいいじゃないか」という台詞、あの時のシーンが今も焼きついて残っています。

というのも、もう、今だからいいかと思いますが、あのNHKの大河は、三谷さんの脚本があまりにも軽すぎて僕的には好きでなく、正直、ほとほと呆れていたのですよ。
一番のことは、香取君の近藤の台詞でした。全く重みと言うものがない。魅力的でなかった。アレで、何故、試衛館の面々が寄り付いていったのか、近藤のどこに引かれたのかが描かれていないのです。
だから、視聴者は、なんだかわからないうちに、いつの間にかみんなで京都に行ってる。わいわい騒いでいる、と、感じたのでは。
近藤を慕っているみたいだが、画面からは、何処がいいのか、それが伝わってこなかったのです。
僕は、いらいらして観ていたのですよ。

でも、永井様のあの台詞は名言で、三谷さん、あなたは最後にいい表現をされました、と言いたい。
誰かに、ああ言わせないとあの物語は終われないのです。上手く考えた、と言うより、本人に誰か聞いて欲しいが、もしかして、あの台詞だけで、三谷さん、3時間ぐらい推敲しているかも知れませんね。
それだけ、価値のある、歴史的にも『意味のある』発言だと思いますよ。

あの、函館で、土方歳三の心境はどうだったのだろうと考えるとき、周りの、それなりの人物に「あんたは、ここまで頑張ってきたんだ、近藤さんだってあの雲の上で、『おい、歳、もうそのへんでいい。早くこっちへ来い。総司も源さんもここで待ってるよ』と、きっと言ってるに違いない」と、言わせるのはとてもいい。
僕なら、そう書きたい。
三谷さんも、きっと、似たような心境であのシーンを造ったと思います。

僕は、アレがあったので、今、安心して大河の新選組が自分の中では終わっているのです。
ごっちゃんのコメントは改めて僕に、よい思い出を呼び起こさせてくれました。
あなたの言うとおりですね。

僕は、最近、西郷のことをブログにたくさん書いています。新選組のファンには申し訳ないと思いながらなのですが、だけど、西郷さん、不当に評価が低いどころか、悪く表現されていることが、最近多いのです。
いろんな角度で評論するのはいいのですが、本筋、背筋、基本ははずしちゃいけないのです。西郷に対する批評は、悪意に満ちているものがここの所、目にする機会が多く、世間の人が、とりわけこれから学習する若い人たちが間違えてしまいます。
だから、未熟者の私ですが、お役に立ちたくて、書いています。

僕は、『人間土方歳三』の中で「武士道」を強調しています。
何故。
大事なことは、人生、「どう、生きるか」ってことだと思うからなんです。
本来の武士道とは、人間としてどう生きるかってことを追求することだと思います。他人が働いて生産してくれたものを、武士はただ飯食らっているのです。その分、人間として模範にならなきゃいけないんです。
武士は士農工商の一番上にあるかもしれませんが、大道を多威張りで歩くのではなく、むしろ憚って通行するものなのです。その分、立派な生き方を常に追求していなきゃいけない。
西郷さんは、そのような人でした。だから、敗者にたいして、いかに温情を持って接するかを常に考えていた人でした。それが、人としての道だからです。
彼は、それを『敬天愛人』という言葉で後輩たちに説明しています。

おっと、こんなところで、こんなこと書いちゃいました。
徳川の中で、最後まで戦い抜いて若年寄まで出世した永井様ですが、あの人は、本当によく時代を、世間を理解していた幕末の賢人だと思っています。
ドラマ上のことだけじゃあない。実際、そうなのです。
三谷さんは、その人にああゆう台詞を言わせました。
僕は、大満足なのです。
感謝してます。

最後に、自分の本の宣伝。
僕は、長州征伐にどうしても参加したかった近藤を書きました。
近藤は、長州征伐に参加したかった。たかが新選組の局長で、最も長州に嫌われている自分が何故、行くんだ。
「そんなこと実現できるわけがねえジャねえか」と、土方歳三に諌められるのですが、永井様に強引にお願いして、実現したのです。
実際、永井さんは、困ったと思います。幕閣から了解の決裁を貰わなきゃならないからです。勿論、殆んどが大反対。新選組を長州へ生かせるなぞ、爆弾抱えていくようなもので、とても交渉にはならない。
いらぬ騒ぎをわざわざ起こすために連れて行くようなものという風に、誰だって考えちゃう。
それを、永井様は強引に連れて行きました。あの時は、伊東、尾形など5人ほど連れて行きました。永井と新選組とは因縁がありますね。
よい人がいてくれた。
僕は、永井はよく、新選組にアドヴァイスをしていたと思ってます。近藤も相談に行った。

西郷隆盛は、明治10年9月に鹿児島の城山で露と消えました。
最後の言葉は、ずーと一緒についてきてくれていた別府晋介に
『晋ドン、もうここらでよか』
といって、自分の首を落とさせたのです。
先の、永井様の言葉に通じる何かを感じませんか。
まれにみる、50年の波乱万丈の生涯を送った西郷の最後の言葉でした。

ごっちゃんの、コメントで感傷的になりました。
ごめんなさい。
一気に、こんなに長く書いてしまった。

また、よろしく。
2006/07/07(金) 06:59 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
富山県民ごっちゃんです。私は4年に一度のにわかサッカーファンですが、今回のWCは意外に熱を入れて応援しました。(今も注目してますが。)中田(敬称略)の引退はすごくショックでした。でも心のどこかでわかってたような気もしました。そして今後の中田の身の振り方を見てやっぱりすごい人だと思いました。なにがすごいって彼は本当にやりたいこと、やるべきことがあって努力すれば、必ず身に付くというか、ものになる、ということを身をもって知っていると思うのです。最初にイタリアへ行ったとき、あっというまにイタリア語がペラペラになっていたときもホントにビックリしました。今思えばあの時も今何をしてどんな努力をすればいいかわかってたのだな、と思います。中田はこの大会にやるべきことをやれるだけやって、今後の日本のサッカーのため自分のために、やるべきことやれるべきことを見極めての引退だと思います。
 他の日本の選手はそれが今ひとつ感じられない。中村しかり、高原しかり、そして我が富山県の誇り(私はそう思っています。)柳沢しかり。今はやはりここが日本の限界なのかな?でも藍ちゃんにはちょっと期待しています。英語もペラペラだったし、アメリカ人のインタビューにも物怖じしていない感じがいいなあ、と思ったんですがどうでしょう。
 なんにせよ、『ご苦労様』でいいじゃないか。まさにそのとおり。(この言葉に新選組!!の永井様の『ごめんなさいでいいじゃないか。』が重なってしまうのは私だけでしょうか。)中田の今後の活躍をお祈りします。まだまだあなたから目が離せません。
 村瀬様 前々回のエッセイで、柳沢にねぎらいの言葉をいただきありがとうございました。例え何を言われても、柳沢選手は富山県民の誇りです。どんな結果でもあの神様ジーコから絶大な信頼を受け、国の代表に選ばれる問ことはすごいことです。それでもプロは結果を出さなければいけない、と主人に言われましたが、私はやはりすごいなあと思っています。まさに『ご苦労様』でいいじゃないか。という心境です。
2006/07/06(木) 23:58 | URL | ごっちゃん #-[ コメントの編集]
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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