村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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イタリア紀行――1

『最後の晩餐』 至高の感動。

イタリア10日間の(正確には8日か)ご報告を、順を追って書くつもりでいたが、最初にタイトルどおり、『最後の晩餐』から言いたい。
あの絵は、ミラノのサンタ・マリア・テレ・グラッツェ教会の食堂にあるんですね。
それさえ知らなかった僕だが、それはそれとして、僕はキリスト教の信者じゃないけど、みんな人間に生まれて、誰もが一度はあの壁画を見てから「人生を終えて欲しい」といいたくなるほど、感動した。なんだか、自分があの壁画に包み込まれているような、吸い込まれていくような錯覚を感じたのである。
小泉首相が相撲を見て「感動した」のと訳が違う。
一緒に同行したツアーの参加者たち全員21人と若干の関係者が、あの食堂に入った瞬間に「ドォー」と喚声ともため息ともつかないどよめきが上がったほど、その部屋に入った瞬間から、全員があの壁に飲み込まれていた。
あの絵は壁画で、白い壁に横長に描かれている。僕がここで解説する必要などないほど、有名な絵だから講釈なぞしないが、今、ほんの3~4メートルの距離から眺めることが出来る。ライトアップされていて、なんとも幻想的に演出もされていて、人々の感性に訴えるのだが、まず、初日の朝一から絶品を味わった。

あの教会は、完全予約制で、1団体が15分の観覧と決まっている。僕らは運よく予約が出来て、あの広い食堂にたった20人程度で静かに鑑賞することが出来た。他のところは、観光客で人、人、人だったのだ。
あそこの写真を皆さんにお見せしたかったが、撮影が禁止されていた。だから、外の建物だけで勘弁して欲しい。
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会


この旅行、なぜイタリアなのって問われても、「それは愚問」といいたくなるほど、誰だってあの国がこの地球上で一番魅力的な国であることは認めているに違いないから、『行く必要があるから』なんです。
世界遺産というものがありますね、イタリアに半分が集まっているらしい。添乗員の佐藤さんが言うには、でも、数はスペインの方が多いんだって。
何か、変。
彼が付け加えましたよ、今、世界遺産を指定する委員会があって、その委員長がスペイン人なんだって。何処でも同じような力学が働いているんだ。

あのルネサンスの偉大なる芸術家、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ラファエロや数限りない最高の偉大なる人物を生み出したトスカーナ-地方。
ベローナやポンペイ、そしてローマにある紀元前後の圧倒される驚愕の様々な建築物。天文学や数学をはじめとした数奇な学者たち。何故、同じ時期にあの靴の形をした地方に出現したのだろう。
よく、明治維新を起こしたのは、薩摩にしても長州にしても、鹿児島や萩のごく限られたところから偉大な人物が集中して出現したと興味深く語られる。
一方は、極東の小さな国の一時期の変革に過ぎないが、あちらは人類上の二度と出来ないような大発見だったり、大発明だったり、大芸術作品なのだ。そして、それがその後のこの地球上の芸術ばかりでなく科学の常識にもなってきている。
また、人類が生きるうえでの道標だったり、人生を営む理由であったり、安心感であったり、豊かさ、癒しなどにもなってきている。
人類史上に与えている貢献度といったら、群を抜いている。

それは、最後の日に、キリスト教の巡礼地、バチカンに行って感じた。ここの芸術作品は半端じゃない。一度は見て欲しい。だって、あのミケランジェロの最後の審判と天井画があるんですよ。
世界のカトリックキリスト教信者は8億人いるらしい。
彼らがイスラム教のメッカと同様、バチカンに巡礼なのだ。僕のようなキリスト教に関係ない人間も朝早くから並んで見に行ったから、バチカンは大変な人ごみだった。
日本の革命とルネサンスとを比較するのは、あまりのスケールの違いさに言うのもいやなのだが、同じようなことがいえるのかも。
それぞれ、時代が人を必要とし、創り、活躍させる。

それから、僕は、すごい芸術作品を目の当たりに見てきて、今、大感激しているのだが、それは肯定して褒めちぎっているのとは違う。ああゆうものは、古代ローマ帝政を始め大概が、大きな権力を持った人間が自分の存在、威厳をより強大に誇示するため理不尽に作り上げることが多いので、必ずそれに対する批判なり、抵抗なり、犠牲者なりがいて、「もろ手を挙げて歓迎」ってことにはならない。
あのバチカンのすごーい建物も、いろんな犠牲を払って出来上がったものらしい。大金がかかるので、金集めをした。金を出した奴は、それまでの罪が減じられたり免罪になったりしたのだろう。これを『免罪符』といったらしいが、これに対してマルチン・ルターなどが反抗してプロテスタントを立ち上げた。その結果出来上がっているバチカン美術館が立派だからって、どう考えればいいんだ。
それも歴史、これも歴史として割り切るしかない。僕の解釈が違っていたら、指摘して欲しい。
セント・ピエトロ寺院

(バチカンのセント・ピエトロ寺院)

今回、イタリアに10日近くいて、毎日注意されたことは、『すり』『泥棒』『置き引き』にあわないようにであった。これは、僕に限らず、あそこの国へいったことのある人なら、誰だって注意されることであるし、現に被害にあった人も僕の周りにもいる。でも、カソリックの教義では、そうした行為も生きていくための1つの仕事として捕らえているらしいのだ。だから、罰するという発想はないらしい。
現地へ行ってみると、なんだかわかるような気がした。共存なのである。我々の倫理観では、到底理解できないが。

さて、行きの飛行機だが、直接はミラノへは行けないらしい。
だから、ドイツのフランクフルトへ行って、そこから飛行機を乗り換えて南へ下がり、イタリア北部のミラノに降り立った。フランクフルトまでは11時間以上かかり、そこから更に約2時間。
さすがにいやになる。

エコノミック症候群ていうのがありますよね、あれ、わかるような気がしました。足がだるくなってくるんです。血が下がるんですかね。我慢できなくて、途中から《おばあさんすわり》をやってました。それでも調子悪いんで、機内をを散歩してました。トイレに入って、恥ずかしい話ですが、あの狭い空間でストレッチやってました。海外へ行くのに、10時間以上飛行機乗るのは仕方ないとして、あの狭い座席、何とかなりませんかね。
ファーストクラスやビジネス?
とんでもない、そんな金出せるわけがない。でも、みんな行きたいから、我慢してるんですね。
オリンピックの選手も、トリノなぞに行くのに、エコノミーらしいですね。トリノはミラノの丁度隣りですね。選手たち、可哀想。
聞くところによると、JOCの幹部の人たちは、ファーストクラスだとか。
逆じゃない。
あと、時差ボケ。
いまだに僕はおかしい。帰ってきて3日目になるけど、僕は特に直りが遅くて、夜中に目が覚めてるんです。体がヨーロッパ時間なんです、いまだに。

飛行時間が長いのと乗り換えで、まいりましたが、1つ良かったのはあの本物のアルプスを上空から拝めたことですね。雲の上に、雪をかぶった山々が飛び出ているんです。突き出しているとでもいった方がいいのか。正直、どれがマッターホルンでモンブランなんだかわからなかったが、それらを上から見ることが出来て、幸せな気分を味わいましたよ。
そして、ミラノの上空に入ってまたまた嬉しくなった。これまで絵葉書やテレビの番組で見ていた家々の屋根が見えたんです。
(アタリメーダロウ)
それが、色が違うんです。
ミ―ンナレンガ色してるんだ。
i-01.jpg


これは、最初に感動したことだから、帰りに成田に着く前に、日本の家々の屋根を確認したが、黒が多く色々あってちっとも綺麗じゃないし、面白くもない。

これは、後でわかったことだが、イタリアって国、そういう規制があるらしい。他の色は使ってはいけないという。何処の都市でもあるのかは知らないが、ミラノばかりでなくあのフィレンツェやベローナなどではそうらしい。
日野の街も、新選組で一緒にするなら、また幕末のイメージを強く主張するなら、その線で住民に協力を求めるのも必要かも(と、余計なことも)。

僕の入ったツアーは『チャオ・イタリア・10日間』というもので、合計21人の参加者がいた。20人までがカップルで、あとの一人が、一人の参加なのだ。それが『私』でした。
とんでもないところに紛れ込んでしまった、と後悔したが後の祭り。もう成田を出た後だった。
最初の街ミラノから、みなさんオテテをつないで、とうとう最後の日までそのまま。(当たり前だよ、ミーんな新婚さんなのだから)
新婚さん

新婚でないのは、5~6人だった。でも、日本人って、新婚さんはみなああして同じ姿して歩く。もう少し個性ってものがあっても、と思いますが。
ひがみか。
でも、そんなことはどうでもいい、浮世のくだらないことなどすべて忘れさせてくれるほど素晴しい体験だった。

ミラノというところは、ファッションの町であり、イタリア第一の経済の都市である。僕は、女性のファッションのことは全くわからないが、グッチとか、フェラガモとか、プラダとか、まだ他にもたくさんあそこには集まっているらしい。一説には、パリのファッションの元は、そもそもミラノらしい。

ミラノでは、あの有名なオペラ劇場のスカラ座、その前の広場の殆んどトイ面に馬鹿でかいアーケードがあった。これをヴィットリオ・エマヌエーレ二世アーケードというらしいが、そのスケールのでかさといったら驚きである。見事です。そのアーケードを抜けたところにゴシック建築の最高傑作といわれるミラノ大聖堂(デュオモ)があります↓。
ミラノ大聖堂

これらみんな、圧倒されます。そして、この辺りがミラノの中心街で、有名なお店がたくさんあって、僕はわからないが、ブランド物のお好きなお嬢さんにはたまらないところです。

ミラノのことは、このあたりまでにして、この次は、あのロミオとジュリエットの舞台で有名なベローナ、そしてヴェネチアについて書きます。

村瀬彰吾
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コメント
楽しんでらっしゃいましたね!
イタリアは各地方ごとに、全く異なる顔を見せるのが、魅力の1つだと思います。

そしていわゆる「みどころ」というのは、どれみても「なるほどなぁ」と思ってしまいます。
ミラノのドゥオモ、最後の晩餐、バチカンのサンピエトロ寺院、バチカン美術館、フィレンツェのドゥオモ、ウフィツィ美術館、ヴェネツィアのサンマルコ寺院、大運河のの眺め・・・。

でも小都市も捨てがたい。
だから毎年行ってもあきないんです。

絵美子さん、私もラジオイタリア語講座やってますよ。
旅行のときは、それなりに役にたってます。

村瀬さん、次回イタリアに行かれるときは、アリタリアかJALのミラノかローマ直行便をお奨めします。
多分今回はルフトハンザだったのではないですか?(フランクフルト乗り換えだし。もしくはANA?)
アリタリアとJALだけはイタリア直行便がありますよ。
それでも12時間くらいはかかりますけどね。
足、本当にむくみますよね。
私はいつもツボ押しグッズを持参してます。
2006/10/03(火) 10:59 | URL | keiko #3hjG33lw[ コメントの編集]
おかえりなさ~い♪
私も8年前に初めてイタリアへ行き、「感動した!」といって帰ってきました。
私はマグリットが大好きで、その時は生誕100年の大規模な展覧会が出生地ベルギーで開かれていて、それを見に行った「ついで」に、イタリアまで足を伸ばしたんです。だから私の中ではあくまでメインはベルギーだったんですが・・・
フィレンツェのプチホテルに着いて、窓を開けて、あのレンガ色の街並を見た瞬間、恋に落ちました、あの国に!
その時はフィレンツェに二泊、ローマに二泊だけだったのですが、教科書でしか見たことのない美術品の「本物」の迫力とオーラには圧倒されっぱなしでした。
それ以来、NHKラジオの「イタリア語口座」で独学でイタリア語を勉強してます。
旅行レベルなら通じるようになってきました。
今度お会いする時は是非、イタリアの魅力についてもお話ししたいです!
2006/10/02(月) 19:52 | URL | 絵美子 #-[ コメントの編集]
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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