村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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イタリア紀行――4

ピサの斜塔と大聖堂は、とにかく美しい。

日本を旅立って4日目、9月22日はヴェネチアから朝一番でピサへ向かった。イタリア半島のイーストコーストからウェストコースとへ一直線である。混んでなければ4時間もかからないはずだが、この時期混雑していた。
途中フィレンツェの北を通り過ぎていったのだが、このあたりをトスカーナ地方という。
斜塔1

イタリアという国はトスカーナ州を中央に持っていて、その中にフィレンツェ県があり、またその中にコムーネという『市』『町』のようなものが存在する。ヴィンチというのもコムーネの一つで『村』か。
ここで、あの万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチは誕生している。
ルネサンスの三大巨匠といえば、このダ・ヴィンチとミケランジェロ、ラファエロだ。この三人ともフィレンツェ育ちだから、この地方に特別な関心を持たざるを得ない。

前にも書いたが、日本とイタリアの違いはあるが、何故同じ時期に同じ場所で、それも眼と鼻の先のような近さで大英雄や大政治家、大芸術家、大作家、大科学者が誕生するのだろう。
時代が要求して、自然そのような資質に育っていくのか、それとも、神が創造するのか。僕は、神の存在についてははっきりわからないが、後者のような気がしてならない。神が人類にルネサンスを行なわせ、産業革命に導き、幾多の戦闘を戦わせ、仕上げに民主主義的な革命を各地に起こす。だが、その後に再び世界戦争を2度行なわせている。2度目の時は、20世紀の丁度半分言ったところで核爆弾を使わせて広島と長崎をあのような悲惨な情況に落とした。
今、北朝鮮が、この7月に6発のミサイルを撃ち、核実験まで行なった。これも神の啓示であろうか。
神は、一体、今後この人類をどのような方向に持っていこうとしているのだろう。

僕のみるところ、少なくとも19世紀までは、人類が誕生して地球規模で環境問題というものはなかったはずである。20世に入って突然、兵器産業が近代兵器を改良してゆく中で、石油製品、化学薬品などを使い始め、人体や様々な生物、環境に与える悪影響なぞそっちのけで開発競争を行なった。
同時に人類は、便利さを求めて、食品や洗剤をはじめとした生活物品一般も含めて化学合成物品を発明していった。これらが、地球規模での環境汚染の元凶である。
この地球上で、人類は古今東西大小の差はあるが、幾多の戦闘を繰り返してきた。戦争のおかげで、様々な物品の開発競争が起こって、皮肉にも一面、飛行機や船舶などの性能をはじめとして、文明が進化したこともある。でも、大概が、この地球環境によい影響を与えているものはないといえる。

僕は、今回イタリアに旅して、人類の偉大さに驚愕したが、同時にミラノの大聖堂が排気ガスで汚く汚れているのを目の当たりにして、過去の偉大なる遺産を汚く食い潰していっているような気がしてならなかった。イタリア政府も、そうしたことは既に気がついているとは思うが、対策が後手に廻っている。ようやく、少しずつ駐車料金を取り始めている。
わが国でも、似たようなことはいくつもある。

この度、こうしてイタリアに旅することが出来たが、どんな感想、どんなご利益があったかと問われるのだが、一番のことは、人間とか人類の『生き方』『考え方』である。バチカンをはじめとした、あの威容を誇る大建築物。
様々な芸術作品や天文学上の大発見などが創造される源のパワーみたいなものは、やっぱ、宗教的なものじゃないのかなあと。
でも、それらの感動は、過去のイタリア人に対してなんだよね。
今現在のイタリア人からは、残念ながら、何も得るものはなかった。むしろ、よくない印象のほうが強い。それは、泥棒とかすりとかのことではなくて、一般的に僕ら観光客に対して横柄である。それは、日本という国で育って、この国の商慣習に浸りすぎているから、そこから見るからそうなってしまうこともあるが、お客に対して丁寧じゃないんだよね。場合によっては、東洋人ということで馬鹿にしているところもあると感じるところもあった。
添乗員に言わせると、いまや世界中から観光客が湯水のごとく、大洪水のごとく訪れるので、営業努力の必要がないんだ、毎日毎日、お客お客で飽き飽きしているんだ、と。だから、怠け者になってしまっている。この見方も一面的ですべてではないだろうが、なんとなく判るような気もする。

フィレンツェのホテルの朝飯のとき、僕のツアーの若夫婦が、並んでいる食べ物を取ろうとした。そのとき、従業員がすっ飛んできて、怒鳴られて強引にスプーンを取り上げられていた。そこの島は、お前らのためのものじゃない、あっちだ、と。その二人は、実に気まずい気分を味わったに違いない。
どういうわけか、僕らと中国人だけが違う島から食べ物をとる形になっていて、西洋人とは場所が違っていた。
勿論、西洋人の島のほうが、食べ物が豊富に並んでいたのである。
僕ならずとも、うちのツアーの連中、皆腹が立っていたに違いない。
おまけがある。
そこへ、うちのツアーの運転手が食べに来た。イタリア人である。
そのホテルの従業員は、運転手は自国人だから、豊富に用意されているほうへ導いたのである。日本では、かんがえられない。お客より、運転手のほうを大事に扱っているのである。いや、こういうことは、日本でも実際あるかもしれない。だから、わが国では、そういう時はバスの運転手やガイドさんは、全く違うところで食事することになっている。
こういうことを、添乗員に訴えたが、ベテランの彼は取り合おうともしない。これは、イタリアではよくあることで、旅行者にはどうにもならないことなのである、と。言って、直ることじゃないみたいだ。
売り手市場なのである。
つまらない話をしてしまった。
人類の高尚な話を始めたはずなのに、サイテーの話になってしまった。

ピサに向かう途中、バスの中からトスカーナ地方の田園風景を眺めた。そうしている自分に、不思議に満足感がある。陶酔感さえある。生きているうちに、こんな経験が出来るとは、来てよかったと思った。
外の風景だが、日本とそんなに違わないような気もするが、何かが違う。このあたりは山岳地方になるんだが、日本と雰囲気が多少違う。わが国の場合は、太平洋側から日本海側に出るときに、中央の高い山脈を横切らなければならない。東京を基点に考えれば、上越線の場合は三国峠で湯沢方面へ、信越線の場合は碓氷峠でその先は軽井沢、中央高速を使って松本方面に行くときは、途中、野辺山辺りで標高千メートルにはなるし、その先は青木湖辺りの峠を上って白馬へ。
イタリアも似ているのだが、高くはなかった。聞いてみたらせいぜい4~500メートル級の山々だって。

違う理由は、あのブドウ畑とオリーブ畑だろう。そして時折見える杉の木も日本のものと違って全体に細長く針のように尖っているのである。それに、あたり一面が天気も快晴だったこともあるのか、明るく感じるのである。この国って、こんなに明るいの?っていいたくなるほど。
これらが、いやがうえにも異国情緒をかもし出してくれている。

それにしても、バスの中が静かである。朝早くヴェネチアを出てバスに乗り込んだのはその通りだが、7組の新婚さん全員が寝ていた。せっかくの景色なのに、とも思ったが、新婚じゃ眠いか。

ピサというところも、実はそんなに期待していたわけでもなかったのだが、よかった。美しかったのである。
あの時代の、ドでかい建築物は大理石で出来ているものが多いが、そばに行って見ると、迫力ばかりでなく、それが実に美しいのである。手前に大変広く芝が植えられてあるのだが、あれほど白亜の殿堂とバランスが取れる光景も珍しいほど、よく調和している。
ロマネスクとゴシック様式を掛け合わせた建築様式のピサの大聖堂と斜塔は予想をはるかに超えて、魅力的だった。何時までも、そこから離れたくないほど、さわやかな気分にさせてくれる空間だった。なぜ、このピサの斜塔やデュオーモー、洗礼堂などが美しく見えるかってことだけど、周りの環境だと思う。
広範囲にわたって、周りは城壁で囲まれていた。イタリアの都市というものは、まだ少ししか見ていないが大概、城壁で城なぞが囲まれている。このピサの大聖堂の近くには一切車などは入れないから、人々はかなり歩かされて城壁の中に入るのである。
アフリカ人と思われるおびただしい数のおみやげやサンの中を通り抜けて、ようやく入り口にたどり着く。その中は、排気ガスなどとは一切無縁の別世界になっていた。
ところで、このピサの大聖堂の前には広い芝が植えてあるのだが、そのこっち側は一列に強烈な数のおみやげ屋だ。おみやげ屋はあってもいいが、あの中には入れて欲しくなかった。もっと静かにあそこを鑑賞したかった。あのあたり、今のイタリア人の商魂を感じるが。しかし、今度は、アフリカ人は全くいない。白人ばかりである。
それに、この辺りのおみやげや、やけにピノキオが多い。あの童話、このピサの北のほうのお話らしい。原作者はカルロ・コルローディという人でフィレンツェ出身らしい。
僕は子供の頃、殆んど童話なぞ縁のない、西荻窪の夜の街を遅くまで徘徊するような悪ガキだったが、不思議と、ピノキオが鯨に飲み込まれて、でかいおなかの中に立っている光景がいまだに脳裏に焼きついている。『僕も、鯨のおなかの中に入ってみたい』と真剣に思っていたのを思い出す。世界中の子供達に、圧倒的な人気を誇っている童話だ。イタリアという国、すべてにわたってすごい。

ここで、またよくわからないことがある。イタリアのホテル事情である。
先ほど、イタリア人の気質のことを少し述べたが、それがホテルの施設によく現れているような気がする。
まず、この度、イタリア国内でいくつかのホテルに泊まったが、それがどの程度のグレードに当たっているのかはわからない。おそらく中程度なのだろう。だが、僕だけでなく、毎日問題がなかったことは1日としてなかったのである。それが、大概が水廻りのことであった。
お湯が出ない、みずのままであるとか、湯船がないから、シャワーの湯が外へ飛び出てしまって、水浸し。足元にお皿のような受け皿はあるのだが、油断するとあのビニールのカーテンの隙間から湯が飛び出しているのである。僕もやってしまって、その拭き掃除に30分もかかった。毎日、誰かが、それらの欠陥を訴えていた。

それに僕が個人的に、いまだにわからないのは、あのビデというものである。どこのホテルでもいわゆる便器の横に並んでいた。あれは、お尻とか足を洗うものだという。えっ、足も?と思った。
それはいいのだが、何で便器と別にする必要があるんだろう。一つにまとめれば、あの空間が広く使えるのに。日本で言う、ウォッシュレットがないから、横にずれてお知りを洗うしかない。用が終わって、そこに行くにはカニまた歩きである。
でも、危険。
行った先には、便座というものがない。中腰になって、ある程度踏ん張って足に力を入れて座るのだ。老人にはきついだろう。子供は絶対に使えない。だって、お知りが小さいから中に落ちてしまう。
それに、あの中の蛇口、油断すると上に向きすぎているのがある。
確認しないで湯を出してしまったら、便座と体の隙間から勢いよく飛び出てしまって、僕のズボンからパンツまで、びしょぬれだった。
あのビデと言うものは、一体どうやって使うのであるか。いまだにわからない。ヨーロッパのホテル全体が、ああゆう風に横にセットしてあるのか。

さあ、ピサの次はフィレンツェだ。バスに乗ってフィレンツェに着いたのは夕刻になっていた。
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コメント
絵美子さま、keikoさま、そうなんですよ。
ツアーだからでしょうね。
それもこれも、すべてが良い経験でした。
だからって、あの国が嫌いになったわけじゃない。大変な魅力を持ったところですね。

音楽家だけをとってみても、あの世界の超ベストセラーのビバルディーの『四季』を始めオペラのヴェルディやプッチーニ、この間ブログで書いたパガニーニ。
そして、昨日ライブでおしゃべりしたんですが、現代では映画音楽のエンリオ・モリコーネ、ニーノ・ロータなど、すごい人たちが出現しています。
何で、あの国、あの地方に優れた人が出るんだろう。
不思議。

それにしても、やっぱり、ホテル事情はそうなんだよね。

皆さんいろいろなご経験をされているんですね。
絵美子さんは、断ってホテルを変えるんですか。
すごい度胸ですね。
あなたのあのかわいらしい笑顔に、そんな度胸があったなんて、頼もしい。

次は、フィレンツエでのことを書きます。

村瀬彰吾
2006/10/15(日) 00:21 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
嫌な思いをされたのは残念でしたね。
確かにツアーと一般のお客さんとは食事が別ということはよくあるようです。そしてイタリアは超コネ社会。イタリア人運転手が、そこのホテルの従業員と顔見知りなら、その人だけ贔屓しちゃおう・・・ていうのもありえる話です。順番待ちしてても、知り合いをどんどん優先させたり、当然のようにやりますからね。

私もお店とかで少なからずツンケンされていやな思いをしたことはあるのですが、概して都会ほどそういう傾向があるような気がします。
田舎の人は本当に優しくて親切でした。
これは日本も同じかもしれませんが。心に余裕がなくなってる証拠かもしれませんね。
2006/10/14(土) 21:58 | URL | keiko #3hjG33lw[ コメントの編集]
なんと!
そんな嫌な思いをされたんですか!?
私は何度かあの国を旅していますが、一度もそんな不愉快な思いをしたことはないですよ。
ツアーだからでしょうか。
なんだかピンときません。
水周りが悪かったことは、フィレンツェのプチホテルで二回ばかりありました。
そういう時は、連泊で予約とっていても一泊で去ります!
翌日には別のホテルへ・・・。
そんな自由さも個人旅行の強みです。
文句を言うと、キャンセル料もとられません。

イタリアは行くたびに物価が上がっていくような気がします。
ユーロ負け組なんでしょうね。
それに伴って、人々が冷たくなっていっているようにも感じます。
浮浪者も確実に増えている。
色々な問題を抱えているのだと思います。
2006/10/14(土) 08:20 | URL | 絵美子 #-[ コメントの編集]
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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