村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

正月とは、―――リセット儀式だ

新しい年がやってきてから、約10日間が過ぎた。
静かだった街中の道路に、車や人間が出てきて、普段の喧騒が再びやってきた。
僕は、若い頃から、正月のあの静けさが大好きだ。
みんなどこへ行ってしまったのだろうと、思われるほど、静寂な中に新鮮な空気を感じる。

今、世界的に温暖化が進んでいて、昨今のニュースでは北極の氷が徐々に溶け出していて、いずれは、僕がこないだ行ってきたヴェネティアなぞは、そのうち海に沈んでしまうらしい。もしそうなら、あんな素敵なところが亡くなってしまうなんて、大変悲しいことだ。
一体、地球はどうなってしまったのだろう。

でも、今日あたり(1月12日)、まだ太平洋側のこの関東地方では、いつもの冬と同じで寒気がやってきている。1月の朝の、この冷たい、肌に突き刺さる寒さがまたなんとも心地よい、好きだ。
ここ、日野・八王子あたりは、どういうわけか、都心より約2~3度は気温が低い。
多分、多摩川を越えて、環境が変わるからそのような現象になるのだろうが、ここのところの気温の低さと天気のよさは、空気がきれいに澄んできていて、毎日の通勤が気持ちよいのである。

ところで、正月というと、日本人には一年を区切りとして人生をリセットする儀式がある。儀式というと大げさだが、多くの人たちが『初詣』に出かける。
あれは、どうして行くのだろうと思う。
若い人たちは「ダセエー」から行かないのかと思いきや、うちの息子たちなぞは、大晦日の晩から気合を入れていて、いつの間にか出かけてしまい、家にはいない。毎年楽しみにしているのだ。
前の年にいやなことがあった人は、すべてを忘れて新たにやり直したい、と思うのかもしれない。息子たちは、何でもいいから騒ぎたいだけなのだろうが、僕だって若い頃は似ていた。
学生のころは、大晦日は神保町の『響』というjazz喫茶に集合して、常連客と一緒にまず神田須田町の“まつや”か“出雲そば”で年を明けて、そのあとは神田明神か靖国神社に初詣だった。そうしないときは、その店の若い連中とお客で、暮れからスキーに出かけていた。今思い出すと、大概は群馬県の奥利根スキー場で、大したところじゃないのだが、近くに宝川温泉があって、雪の中で露天風呂に入っていた。男女混浴で、面白いことがたくさんあったが、ここでは書けないし、長くなるからまた今度にする。
そんなことだから、自分の家なぞには殆んど居たことがない。
元来、人生とはやり直しが聞かないものだが、正月というのは、皆さん、リセットして再出発の気持ちになれるのかもしれない。

今、神様から、
「人生のやり直しを一回だけ許す」
と、いわれたら、何歳まで遡るようにするか。
まさしく今現在、うちの娘が受験で苦労している姿を毎日見ているから、受験のある18歳以下はいやだし、かといってこれから就職試験もいやだし、新たな仕事を見つけるのも面倒だし、じゃあ、今の人生に満足しているかといえば、そうでもないし、―――唯、わがままなだけか。

それでも、「ああ、生きててよかった」と、思うことが、最近良くある。
随分とキザな表現をしてしまったが、「生きている」ことの喜びを感じられる人生を歩めるのは、それだけで、この時代特に幸福である。

僕は、若い頃からいろんなところへスキーに行っていたから、様々な雪模様なるものを見てきたが、特に、この国の雪景色が大好きである。東京でも、大雪が降れば一面銀世界になって景色が一変する。世の中のすべての汚れが一瞬だが、隠される。きれいに洗い流してくれればいいのだが、そうはうまくいかない。だから、雪解けがやってくると、その反動でか、街がほこりだらけで逆に汚くなる。
外国の雪景色はテレビの映像や雑誌などの写真で見た知識だけだが、スイスやフランス、中国、アメリカなどと比べると、外国のは大概が『大味』なのである。広くて雄大なのだから、当たり前といえばそうなのだがーーー。

僕は、この日本という国の”繊細さ”が好きだ。
このことは雪景色に限らず、すべてのことに共通して言えるような気がする。いつも、通常感じるのは『日本食』にだ。僕の世代は、ものがない時代に育ってきて、食えるものは何でもありがたくいただくという風に教えられてきてはいた。
戦後の一時期、うちに金も物もなくて、食卓に大根とねぎしかないことがあった。
もう何年も前になるが、NHKの朝ドラで「おしん」という番組があった。その中で『大根飯』を食べていたシーンがあって、それが貧乏の象徴のように思われてきたが、僕の家だって、広い家ではあったが、卓袱台(ちゃぶだい)を出して家族で囲み、ご飯に大根とねぎだけの時もあった。今思うとあの家は不思議だった。結構広い敷地で、200坪程度はあって、家もだだっ広かったのに金がない。
ま、それはいいとして、それでいて、成人してからは、食に対して特別関心があってよいものを求める癖がついてきている。美味しいものを探し回るようになってきた。
昨今、すしやラーメン、まぐろ、かにや牛肉など、安くて美味しいものを探し求める文化がはびこってきている。それが行き過ぎてしまって、最近では、無駄に物を捨ててしまう風潮さえある。
だから、日本発で『もったいない』などという言葉が国際的にも吹聴されることになってきたのだが、キャベツや白菜が出来すぎたからといって、トラクターで潰していて、「もったいない」を大切にしてゆきたいなんて、女性大臣が声を大にしていっている。
ほかの国では、食べるものがなくて飢え死にする子供が続出しているのに、この国、どうにかしている。

安倍総理は、『美しい国』をつくるという。
うちの市長は、『芸術の薫る街』にするという。
う~ん。
もっと、基本をしっかり身につけてからにしても遅くはないと思うが。
それにしても、我が国が『核兵器を持つ』ことに関しては、どんなにしても賛成できない。
何でそんな、議論が、平気でまかり通る国になってしまったのだろう。だって、日本という国が唯一、威張って『核』に対して反抗できる国じゃなかったのか。
世界は、それを、認めてきている。
また、日本のその姿勢に感謝し、期待もしている。
日本という国だけは、その考えを変えて欲しくないのが、世界なのだ。
『悪党党』が何を言おうと放っておけ、理屈は通ってなくても、いい。
あの日本だから、核兵器に対して反対でいいのだ。

でも、危ない。
その日本が、変わろうとしている。
もし変わったら、国際的に、既に崩れてきている日本に対する信用、評価が決定的になってしまう。

『徴兵制』が頭をよぎる。
その前に、『憲法改正』だ。
その前に『教育改革』と『防衛省』だ。
この『防衛省』は、つい先だって成立した。
これから、どうなってゆくのか。
悪く“リセット”されていってないか。
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プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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