村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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少子高齢化対策は、江戸の時代に学ぶようかもーーー

最近、といってももう1年近くになるが、僕は、自転車通勤をしている。
うちから職場まで、歩いて約30分、自転車なら5~6分の距離なので、車なぞで通勤するほうが顰蹙(ひんしゅく)ものなのである。

地方の役所に勤める者ってのは、そもそも役所に近い人間が就職するか、さもなければ僕のように勤め先の近くにわざわざ引越ししてくることが、間々ある。それは、定年まで余程のことがない限り勤め上げることが前提になっているせいだろう。
学校を出て民間会社に就職していた僕には、もともと公務員になる気はなかったのだが、ずるずるといまだにお世話になっている。
多分、居心地がよかったせいか。
でも、僕の若い頃は、終了時間がくれば帰れたし、休暇も比較的とることが出来たが、今は違ってしまった。自分の権利をどのくらい主張しないか、行使しないかで評価が決まったりする。つまり、『滅私奉公』の具合である。
これからの若い人が、気の毒でならない。

以前、杉並区の西荻窪から通っていた頃は(といっても、既に20年以上も前のことになるが)、毎日JR中央線に乗って通勤していた。約一時間の行程であった。このときは、それはそれで楽しみもあった。

僕は、元来怠け者で、決して本なぞをたくさん読むタイプの人間ではない。出来れば、テレビやラジオなぞにお世話になって、与えてもらうだけで楽に生きて生きたいタイプなのだ。
でも、そういう堕落している自分に焦りを感じる一面も若い頃からあって、それが理由で、せめて電車に乗るときぐらいは出来るだけ、文庫本を読むようにしてきた。
うちで本を読み始めると、どういうわけか、すぐに眠くなってしまって5分ともたない。電車の中だと、気持ちよく読める。たとえ、つり革につかまって立っていたとしても、本を読むとよく頭に入る。
不思議。
だから、休みの日なぞは今でも、(これは違反だから言っちゃいけないのかも)JR山手線に乗って、半日ぐらいは本を読んでいる。眠くなれば、そのまま眠ってしまえばいい。昔と違って今は検察も来ないし、山手線はぐるぐる廻っているだけだから、始発も終着駅もない。それに、あの沿線は、江戸の頃の文化を堪能するには丁度良いほどに、名所旧跡をカバーしてくれている。
それはそのはずで、江戸城を丁度、囲むようにぐるぐる廻っているのだから。

そういうわけで、思いつくと、直ちに降りて江戸の散歩が出来る。例えば、上野駅なら西郷さんの銅像があって、西洋美術館、国立博物館、寛永寺、東照宮、不忍池なぞ。隣りの御徒町駅なら、《アメ横》だ。その手前は秋葉原で電気街で有名だが、(今は、『メイド喫茶』のほうが人気ある)この街の小さな店に頼んで、例の土方歳三の軍服も作ってもらった。
《この2月3日から、僕が昨年まで館長をしていた『新撰組のふるさと歴史館』で第2回目の展示が始まっているが、そこで、今回も土方歳三の和装と洋装のコスプレが楽しめるようになっている。》

この秋葉原あたりは、湯島天神や神田明神に行くには便利で、御茶ノ水の湯島の聖堂、昌平校も近い。その隣りが神田で、ここは蕎麦屋やうなぎ屋を始め、江戸の頃からの有名なグルメ店が多く、今でも残っていて、人気がある。僕の行きつけは、神田須田町にある蕎麦の『まつや』だ。このまつやのすぐ近くに有名な『藪蕎麦』本店がある。
この神田から浅草に行きたければ、ここから地下鉄で10数分だ。
神田の隣りが東京駅で、皇居(江戸城)が目の前である。神田と東京の丁度中間の東側に日本橋がある。今は高速道路が真上に走ってしまって見るも無残な姿になってしまったが、すぐ隣りがデパートの三越本店、日本銀行である。
さらに東へ行くと、人形町で、今は明治座などがあるが、昔はこのあたりに中村座や市村座、森田座などがあり、江戸でも人々が楽しく集う場所であった。
今、テレビで松平健の《遠山の金さん》が始まっているが、あの北町奉行所は今の東京駅の構内にあった。大岡越前の南町奉行所は丁度、有楽町駅の構内だ。
まだまだ、有楽町、浜松町、品川と続いて魅力的なところが多いが、こんなこといってたら、枚挙に暇がない。いくらでも楽しいことはある。ここら辺だけで、一日のツアーを組んでも廻りきれない。
だから、JR山手線は楽しいのだ。

ところで、僕が今日書こうと思っていたのは、このことではなくて、母親の保育園の送り迎えのことであった。
さっき、家に帰る途中で、僕の自転車と横から出てきた自転車とぶつかりそうになった。その自転車は、若いお母さんが二人の幼児を前後に乗せて運転していたのだった。おまけに、どこかのスーパーで買い物を済ませた後だったのだろう、たくさんの食品、惣菜類をかごに詰めていた。だから、運転だって、ふらふらしたって仕方ない。
でも、3歳と5歳ぐらいの子どもを前後に乗せているのだから、失敗して倒れるわけにはいかない。相当危ない芸当である。
でも、そんなこといってられない。
こうしなければ、生活が成り立たないからだ。

彼女たちが通り過ぎてから、僕は、暫くその後姿を眺めてしまった。
「無事に、家まで帰ってくれ」と。
でも、それが毎日のことなのだから、今日だけ祈ったって仕様がない。
雨の日は、どうするんだろう。
多分、子どもたちには合羽を着せて、自分も着て自転車に乗るのだろう。これも、相当危ない。僕も、雨の日は合羽を着るのだが、頭からすっぽりかぶるので、ちょうど競馬馬の遮眼帯みたいに両サイドが見えないようになってしまう(馬の場合は気が散らないように、わざと正面しか見えないようにしてしまう)。だから、交差点などで横から車が来ても、見えないこともあるのだ。

実は、僕の子どもたちも保育園に通っていた。
車で、毎日送り迎えをしたのだが、都合、8年間もやった。
そのときのことを思い出す。
うちは、車だったからまだ幸せだったが、中にはやはり自転車のお母さんたちが何人かいて、子どもたちを荷台に乗せて送り迎えだった。
うちの通っていた保育園は、午睡用の布団を定期的に持って帰ってカバーを新しいのに替えて保育園に持っていくようになっていたので、そうなると、自転車の人はもう無理で、タクシーを使っていた。
そもそも自動車を持っていない共働きの家庭なのか、母子家庭なのかは分からないが、お母さんたちは大変な毎日であることだろう。

でも、いまだに同じ光景をこうしてみるのだから、相変わらず母親は大変なのだ。
最近、少子高齢化の時代を迎えて、世の女性たちにたくさんの子どもを産み育ててもらおうと、政府やお役所が盛んに喧伝しているのを見かけるが、若い女性たちがこうした姿を見れば、それだけで産みたくなくなるのでは、と、思ってしまう。
生みやすい、育てやすい環境とは何なのだろう。

最近、何かにつけ、江戸の時代に学ぶことが多い僕なのだが、この答えもきっと、江戸の庶民生活の中にあるのじゃないかと思う。
例えば、「子どもは親の子ではなくて、社会の子」っていう、概念。
最近、『他人の子を叱る』なんて、「いまさら何を」と思いたくなることが新しいイメージで言われている。
昔、江戸の裏長屋では、近所の子どもたちをまとめて引き取って遊んでくれたガキ大将や、読み書きソロバンを教えてくれた先輩たちがいた。又は、寺子屋だ。
僕が小さい頃までは、まだそんな雰囲気が残っていた。父ちゃん、母ちゃんは、商売が忙しい。どこも家も同じ事情だから、年上の子が近所の(又は長屋の)若輩の子供や幼子の面倒を見る。
「社会の子」なんて観念はないだろうが、それが当たり前のこととして近所づきあいが行なわれていた。

ちなみに、僕の母は明治43年生まれで浅草三筋町の出だと聞いている。父は38年生まれで、黒門町で丁稚奉公をしていたという(上野広小路の近くで、確か半七親分もここだ。歳三の奉公先は隣りの上野松坂屋だった)。
勿論、両親ともに既に他界している。僕は8人兄弟の下から二番目で戦後生まれだが、上の兄弟の殆んどは、戦前である。
うちは、戦後は阿佐ヶ谷から西荻窪に住んだが、戦前は新宿の花園町だった。花園町では古着屋をしていて、夫婦ともに店に出て働いていたから、子供達は近所の子らと一緒に過ごすことが多かったという。戦後になっても、うちは商売をしていたから、僕らは、近所の悪ガキと、西荻窪の駅付近で、夜遅くまでよく遊んだ。
そもそも、保育園なぞ、この世に存在していなかった時代である。
近所同士が協力しないと、生きていけなかった。

この助け合いの精神が、どうしてこの日本から失せてしまったのだろう。隣りに住んでいる人の顔を、何年も見たことがないという昨今の事情である。
なんだか、良いものがどんどんなくなっていくような気がしてーーー。
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コメント
カラヤンさん、---第九。
コメント、有難うございます。
今、僕の仕事は、新選組から移行して『芸術文化』の仕事をしているのですが、今年の日野市のテーマが《藝術文化の薫る街》なのです。
首長から、何か新しいことをやってくれといわれたので、直ちに《第九》をやりましょうといったら、即OKになりまして、12月24日に日野市民会館で行ないます。

この1月のニューイヤーコンサートで、テノールで歌っていた村上敏明さんが日野の人で、以前から親しくいていることから、頼んだら出演してくれることになりまして、今、残りのソリスト3人を探しているところなんです。
昨日、市民合唱団を召集するにあたって実行委員会を作るため、その準備会を行ないました。合唱連盟をはじめ、もう今から気合が入って大変な熱気です。

新選組まつりは毎年5月に行なっていますが、全国からパレードにたくさんの人たちが来てくれるのだけど、今年は、12月の第九を歌いに来てくれるといいな。
ただ、6月から毎週土曜日が練習日になる予定だから、遠い人は難しいかもね。

おっとっと、最初からいきなり、訳のわからないお話になってしまいました。
だって、コメントいただいた人が『カラヤン』さんでしょ。
だから、こんな話題からーーー。

本筋の話ですが、
そうでしたね、昔(と、言っても昭和30年代か)は近所づきあいってものが、自然にありましたね。
去年の12月に『三丁目の夕日』という映画をテレビでやっていた。
あれ、東京タワーが出来る頃の話で、あの頃僕も小学生だったかな。
貴方も、僕と同じ年恰好のようですね。もしかして、先輩かも。あの映画、懐かしく拝見しましたが、よく出来ているんですけど、何か足りない。

作った人は、相当若いらしい。
時代考証を良くまああそこまでやったなと、思うのですが、匂いが感じられないのです。

こぎれい過ぎる。
もっと汚かった。
街全体が、終戦後のドサクサがあちこちにまだ残っていて、なんだか臭かった記憶があるんです。
駅の近辺には、傷痍軍人が真っ白な服装でアコーディオンを弾いていた。僕は、あの白の包帯みたいなのが怖かった。

でも、そこにいる人間が生き生きしていたような気がします。なんなんだろう。
「もっと、よくなりたい」という欲望なのでしょうか。皆が、何かに向かって夢中だった。

ボクシングで白井義男って言う人が世界チャンピョンになったときは、大変な騒ぎだった。皆が街頭のテレビに群がった。声を出して声援をしていた。
最近の、カメダだかの試合を見ていると腹立たしいのは、僕だけじゃないらしい。
本物を、感じないんです。

長くなりました。また、コメント、ください。

村瀬彰吾
2007/02/24(土) 01:08 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
初めてコメントします。
三筋町と出てきましたのでコメントしたくなってしましました。
私の父の実家筋が(正式には違うのですが、説明するとややこしくなるので、≒と言うことで)隣の小島町でした。
小生の生まれは世田谷でしたが、物心ついたころには、
休みとなると小島町でちょくちょく過ごしていました。
50~40年位前のことです。
夏休みなんかは2週間位過ごしたでしょうか。
職人さんの住む家や町工場(家内工場)、商店の連なる街でした。
朝から近所のガキ仲間と路地を走りまわり、皆で悪戯をすることもしばしば、知らないおばさんやおじさんによく叱られました。
でも叱られた後にそのおばさんやおじさんが皆にお菓子をくれたりなんかしました。
ただ叱るだけではなかったんですね。
鞭と飴をうまく使っていたんですね。
お菓子を貰えるからこちらもお小言を聞いていたりして、この辺は
おとなと子どもの阿吽の呼吸があったような気がします。
それと街全体で子どもの面倒を自然と見ていたんでしょうね。
説教とお菓子がセットになっているのも、忙しい親たちに代わって
躾とおやつをおじさんおばさんがやっていたのでしょう。
勿論保育料なんて無しでね。
今訪ねると昔のような活気と言うか、街のざわめきが
無くなっています。
建物もビルに変わり、知った顔も引っ越してしまいました。
もちろん父の実家も無くなりました。
建物が木造から鉄筋コンクリートに変わり始めるとともに
人情(街の連帯)も消え始めたように思います。

さてもうひとつ、黒門町と言えば
桂文楽(八代目)ですね。
まぁどちらにしても今は昔の物語です。

長々と失礼しました。



2007/02/23(金) 12:54 | URL | カラヤン #-[ コメントの編集]
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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