村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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再び、浅尾藩1万石のお殿様のお孫様と見廻組談義

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ひと月ほど前から、岡山県総社市のM議員から何回か電話やメールが入り、連絡を取りあっていた。
 そのM議員のご先祖は、幕末時に、浅尾藩主蒔田相模守広孝にお供して京都に上洛したというのだ。つまり、あの京都見廻組の一員に入っていたらしい。
そのM議員がなんで僕にアクセスしたかってことだが、拙著「人間土方歳三」を読んだからだという。
「第四幕 土方歳三」の中に、更に小見出しがついていて、“見廻組組頭蒔田相模守”というくだりがある。

ここで僕は、見廻組のトップと新選組副長との交流を、仲睦まじく描いた。これまで、この両組織は、殆んど同じタイミングで京都に置かれたので、相互にライバル意識が強く、決して仲はよくなかったとされてきた。
事実、そうだと思う。
だが、僕は、この二人が意気投合して市中取締りを行なっていたという前提に立って、物語を考えてみた。何故、そうなったかというと、蒔田相模守のお孫さんの存在からだった。

そのお孫さんは、蒔田子(あきこ)さまといって、なんと、日野市にお住まいだった。彼女の存在については、もう3年位前だったか、このブログでも書いたことがある。
見廻組の組頭のお孫さんが、いまだに顕在だった。そのうえ、土方歳三の生まれ故郷で新選組のふるさと、日野に住んでいるのである。今年で84歳になられる。

その子さまが、平成16年3月4日付で僕にお便りをくれたことがあった。そこに、こんなことが書いてあった。
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特に、この中で、子さまのお母様が日野へ来たときの逸話が気になるので、ピックアップすると、

  『その昔、母が当地に参りまして、日野市は土方さんの処でしょうと申しました。又又その昔に、母の父蒔田広孝が或る朝”土方の夢を見た“と申したそうです。』

京都見廻組の組織は、見廻役として蒔田相模守が就任し、その下に京都見廻役勤方がおかれた。与頭、与頭勤方、肝煎、伍長などの役職が置かれ、あの佐々木只三郎は与頭である。
ちなみに、慶応3年6月10日、新選組は直参に取り立てられたが、近藤は見廻組与頭格、土方は肝煎格であった。

見廻組の最高権力者の職にあった者が、新選組の副長の夢を、明治になってから見たというのである。
何か、強烈な印象が、蒔田広孝にあったと思うべきだろう。でなきゃ、何十年も経過してから、夢なぞ見るだろうか。
幕末動乱の修羅場を体験してきた人たちにとって、若かりし頃のあの強烈な体験は、肉体や精神に染み付いてしまって容易には取り除けないのだろう。
特に、京都で捕り物を行なっていた見廻組や新選組は、限界を越えた恐怖体験などがあったに違いない。

明治の大実業家で、幕末の時は一橋家の家来だった『渋沢栄一』というひとがいた。
土方歳三と渋沢とは、京都で2度、縁があった。
その2度目のことだが、元見廻組の幹部で大沢源次郎というものがいた。この大沢が見廻組を裏切って尊攘側と内通している事実が判明した。この捕り物を渋沢が行なうことになっていたが、何せ、大沢という男、剣術つかいであった。渋沢の腕前では危険なので、土方歳三は、捕り物は新選組が引き受けると止めたのだが、聞かず、渋沢は一人で大沢をお縄にしてきた。土方は渋沢の肝の座りに驚き、将来大物になる予感を感じた。
この捕り物は、新選組と見廻組と渋沢の手柄だった。
こうした縁で、土方と蒔田は昵懇の中になったと、僕は書いた。

蒔田広孝は、明治になって、晩年は郷里の総社に住んで町長を務めたが、その殆んどを東京ですごしたから、渋沢栄一と何回か面会していたのだろう。そのときは、必ず昔話に花を咲かせ、土方の話に発展したに違いない。
こうした体験が、広孝の夢物語になっていったと、僕は見ている。

僕は何度も、蒔田子様に聞いたことがある。
「なんで、日野に住むようになったのですか」と。
すると、「自分でも、わかりません」といい、「きっと、土方さんのお引き合わせです」
と、言うのが口癖である。
昨日(8月9日)、総社市から市議会議員のM氏が日野へ来られたので、子様と面会する段取りを取った。
三人で、浅尾藩や見廻組、蒔田相模守、更には新選組、京都などの話しをした。
M議員は、これから、総社市の中に、見廻組の資料館を作りたいと構想を漏らされた。
僕も、蒔田子様も、できる限りの協力を申し出た。

先日は、沖田家の子孫、今回は浅尾のお殿様の子孫との交流だった。まだまだ、この方面のお付き合いも多そうだ。
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コメント
凄い話ですね!
見廻組の資料館作ってほしいです。
ところで最初の写真は誰です?蒔田さん?
2016/03/07(月) 23:37 | URL | 名無し #-[ コメントの編集]
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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