村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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近藤勇、浪士組への参加を決断

2月の3日(日)から4日(月)にかけて、京都に行ってきた。
久しぶりだった。
出かけるときは、東京は大雪で、その降りっぷりは見事なほどであったのだが、京都はゼーンゼン降っていなかった。
がっかり。
だって、雪の嵐山を一回は見ておきたかったからだ。自分の本の中で、総司と山南さんとの別れを『雪の嵐山』に設定した。でも、想像だけで、一回もみたことがなかったので、ぜひとも見たかったのに、残念。
でも、今回も、祇園でお化けを見ることができた。一力茶屋から入る花見小路の夜の光景は一種独特の趣があるのだが、一年のうちで、この節分の日だけは、芸妓さんや舞妓さんが思い思いに変装して出現するのだ。

今回は僕の親戚を連れて行ったので、希望があったから帰りに壬生へ寄った。
月曜日だったが、あの八木邸が人で賑わっていた。喜ばしいことなのだが、観光オフシーズンのいまどきの季節に不思議だ。

僕があの「人間土方歳三」を書いた動機のひとつに、試衛館の人々が当時、どんな生活していたのか、何に不満があったのか、について感心を持ったからであった。
だって、新選組の頭目の近藤勇が、どんな思いであの組織を束ねていたのか、それが大事だと思っていたからだ。
その不満とは、何もあの道場に転がり込んでいた連中ばかりの心持ではなくて、幕末の庶民たちが共通して持っていた政治や社会全般にわたる不信感や焦燥感みたいなことと共通していると思っている。

ペリーが日本にやってきた嘉永6年から、大きく日本丸の方向が転換し始めたのだが、具体的には翌年の日米和親条約や安政5年の日米修好通商条約をきっかけに国民生活が激変することになった。日本国内の諸物価が高騰し始め、庶民の日常生活に大きく直撃することになったのである。
生糸やお茶をはじめ金貨に至るまで、日本の優秀な製品が海外に持ち出された結果、国内で消費するものが品薄になり、当然の結果としてその値が暴騰し始める。もともと、国内で国民が細々と消費するだけのものしか生産されていなかったのだから、大量に海外に持ち出されれば、当たり前の結果であった。
それに、このことに目をつけた悪徳商人たちは、江戸へ卸していた品物を直接横浜へ直送し、外国人たちに売りさばいて暴利をむさぼっていたから、全く江戸へ品物が入らなくなった。(これにより、八王子鑓水から横浜への絹の道が整備され、養蚕農家が大儲けして絹御殿まで建つようになったーーー当時の様子を紹介する『絹の道資料館』が鑓水に建てられている)

物価が高騰すれば、一般庶民が最も直撃を受けて、途端に生活が困窮するのは現代も同じである。その上、物が入ってこなくなってしまい、絹やお茶ばかりでなく、味噌、醤油、米までも暴騰してしまったのだから、打ちこわしと言う形で慶応年間には暴動が起こった。

ご存知のように、牛込柳町に存在した天然理心流道場”試衛館”は、超貧乏道場だったから、その日の米の調達にも不便していたくらいなので、こうした失政に対する不満も並みのものではなかった。
道場主の近藤勇は、長兄の音五郎に再三借金の申し入れをしたが、断られている。総司に反物を背負わせて、再び借金申し入れを行なったのだがこれもダメで、「兄弟とはいえ、こんなに冷たいものか」と、勇自身が嘆いている手紙が現存している。

こうした現実を見かねて、土方歳三が姉のおのぶに無心して様々なものを都合してもらったと言う逸話があるが、真実はどうかわからないが、あっても不思議はない。
この使いも、ひょっとして、総司に行かせた可能性も高い。
僕は、総司の成育は日野だったと思っているから、名主の佐藤家でも剣術修行を行なったと思っている。佐藤彦五郎の妻が土方歳三の姉おのぶなのだから、そこへ総司が出入りしていても一向に不思議はないし、地元では、総司の剣は荒っぽくて手合わせするのがいやだ、と言う記述が残っているくらいだから、余計真実味はある。

こうした、物のない生活、貧乏暮らし、はたまた日本の大事な財産が外国へ持ち出されるなどの原因は、外国人のせいだと思い込んでいる風潮が当時あったから、それが“攘夷思想”へと発展していき、外国人への暗殺につながった。孝明天皇にも攘夷思想を抱く理由はあったが、一方、庶民の側にだって立派にあった。
だから、攘夷の志士たちは大いにモてた。

近藤勇が、何故、京へ上がろうと決心したのか。
世間では、武士になりたかったから、剣術家としての地位を確立したかったみたいな決め付けが行なわれているようだが、僕は、もっと純粋なものが彼を動かしたと推測している。
でなければ、周りが京都行きと道場経営の廃業を許さなかったであろうし、本人だって、説明がつかなかったはずだ。道場を一旦たたんでしまうということが、当時の常識としてどんなことを意味するのか、今の常識から類推しても、大きな決断だったはずなのだ。
よくテレビドラマにもあるように、剣術に限らず、お茶でも、踊りでも、三味線でも、生花でも宗家を継承すると言うことの意味は、常人では考えられないほどの重みと利権が伴っているらしい。だから、その後継者争いというものは金銭ばかりか、その怨念にまで発展して遺恨を残すこともあるという。
近藤さんのところだって、義父の周助が3代目を継承するときのエピソードには様々あって、もっと他に多摩地区に後継者として相応しい人物がいたにもかかわらず、いろいろな経緯があって、江戸に道場を構えた周助が襲名したと言うことだ。

でも、その道場を止めてしまうのである。
世間が許さないだろう。だって、初代の内蔵助、二代目の三助、三代目の周助と続いてきた流派なのだから、四代目の勇の代で辞めるなんぞ許されることではない。しかも、女房もいれば2歳になるたまちゃんもいる。おまけに老夫婦を養わなきゃならない。決して多いとはいえないが、かわいい弟子たちだっている。それらを全て放り出して、上京するのである。それも、命がけの仕事であった。
でも、近藤は京都で、自分の後継者のことをずいぶんと心配していて、谷周平を養子にとったとか、はたまた総司にしようと考えている旨、土方歳三に手紙を書いたりしている。彼は、江戸に帰って道場を再開しようと言う気持ちもあったのだろう。
それでいて、長州征伐に出かけて、命がけだと言っている。だから、後継者なのかもしれないが。

あとのことは、義兄弟の杯をかわした佐藤彦五郎と小島鹿之助に頼んだ。
この二人は、あとに残された周斎夫婦や家族、また弟子たちの面倒を良くみた。
だから、近藤は恩義に感じて、ことあるごとに、この二人には京都の状況を手紙で逐一報告したのであった。

幕末維新というものが、どういう力学で行なわれたかってことについて、様々な論争がある。
司馬さんは、下級武士たちによる革命と言うふうにおっしゃっておられたように記憶しているが、逆に、あれは庶民のパワーで行われたと言う説もある。確かに、直接、革命や戦闘に参加したのは、下級武士階級かもしれないが、背後に大きく支える市民たちがいたればこそのことだったようにも思える。
市民たちが参加してゆくという過程は、世情や政権に対する不満から発していることが多い。あの時代も、そういう背景から幕末へと走っていったように思える。

よく、幕末と現代と比較してものをたとえる人がいるが、僕もそうしてみたい。幕末は、桜田門外の変を契機に、徳川政権も内なる事情からも崩壊の危機にあったが、直接的には外国からの干渉で変わらざるを得なかった。そして、自ら鎖国を止めた。
今の日本も、内部的には既に崩壊していると見ていい。何せ、1000兆円にも及ぶ借金財政なのだし、年金問題を顕著にして不祥事だらけである。官僚が国民の金をネコババしているばかりか、民間企業もずーっと国民をだましてきていた。それらが昨年あたりから顕著になってきた。
だから、清水寺の住職が『偽』という字を書いた。
そして、それらを改善する糸口が全く見えない。

今年に入って、株価の下がり方がきつい。聞けば、外国からの資金が日本市場から逃げ始めているという。
日本売りが始まったのだ。
外人もあきれ果てて、日本という国の格付けを発展途上国並にまで下げているらしい。
こうした外的な要因で、日本は大きく変わらざるを得ない、と見る。
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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