村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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江戸文化とトトロの里―――2

前回、このタイトルで昔話ばっか書いた。
今日は、「東京のごみと江戸のごみ」の話だ。

東京ってところは、23区と27市町村に分かれていて、市町村は差別扱いされてきている。新宿副都心にある東京都庁は、三多摩を継子(ままこ)扱いしてきている、という不満が結構ある。都知事以下幹部連中は、そのようなつもりも感覚もないと言っているが無意識のうちにそのような扱いで伝統的にきている。差別している側はそういう扱いではないと言い張るが、差別される側には言い分がある。そういえば、明治の頃三多摩は、神奈川県に含まれていた。
ごみの処分も、23区は江東区の南の埋立地に最終処分してきているが(全部ではないが)、多摩地域は自分たちで「自区内処理」が原則なので、それぞれ対応してきた。だが、それも限界が来たので、約30年前から日の出町にお願いして埋め立てさせてもらっている。

今現在のごみ処理の大きな課題は、『廃プラスチック』の処理である。
これは多摩地区でも同じで、廃プラは、今でも多くの自治体で『不燃』に分別されているが、マヨネーズやケチャップのチューブ、コンビニ弁当のカラなぞもそのうちに入る。実際には、その多くが燃やされている。燃やさないで、不燃のまま埋め立てしていたら、早晩、最終処分場は満杯になってしまうだろうし、その不衛生さゆえに、既に悲鳴を上げているだろう。
23区は「夢の島」というところに捨てていたが、何年か前に一杯になり、今は「中央防波堤」に埋め立てしている。ここは、産廃は埋めない約束だったらしいが、実際は捨ててきたので、寿命が大分短くなってしまった。
そこで、延命策のために、不燃の多くを占める廃プラに注目して、サーマルリサイクルをしようって算段だ。プラスチックは燃やすと高熱がでるが、この熱を利用してエネルギー源としようとしている。温水プールに利用するとか公共施設の電気にするとかである。だが、この施設の安全性が確立されておらず、事故続きである。
だが、23区は一斉に2008年から廃プラを燃やすことに決めたのである。だったら、都の条例で規制している『野焼き』廃止を撤廃して欲しい。このお陰で、一切焚き火ができなくなってしまった。正月のお焚き上げは禁止だし、保育園や幼稚園でやってきていた恒例の秋の焼き芋の行事があったが、ここ数年、禁止されている。農家も、野焼きができない。秋になって、落ち葉焚きもできないのである。
僕は、最近のプラスチック製品はよくないが、昔ながらの枝や葉、草や紙類なぞは燃やしても良いのではと、主張してきた。
とんでもないことをいう奴だ、と、排斥されてきてしまった。
でも、いずれ近いうちに、再び燃やす時代が来ると思っている。それが自然だからだ。当たり前の姿だと思うからだ。

我国は、一つの批判が出ると、マスメディアをはじめ一斉にそちらになびく傾向がある。よってたかってなぶり者にスル。
昨年連続した企業の『賞味期限』偽装問題が、良い例である。それで、死人が出たとか病人が出たのなら、大きく騒いでも良いが、そうでない。この度の餃子事件は既に病人が出て入院したくらいだから、また、その原因が農薬だから重大事件扱いでよいが、賞味期限問題は、消費期限という記述もあり紛らわしく、食品衛生法やJAS(農林規格)などとの調整もある。そもそもそういった期限を設けること自体にも批判はあった。
それに、賞味期限なぞ守って期限切れで捨てていたら、それこそまだ食することができる「もったいない」ものを捨てることになるし、日本中余計なごみを増やすことになるはずだ。だから、殆んどの家庭では、常識的な範囲で期限切れの豆腐や納豆、牛乳などは食しているに違いない。

さて、『江戸の時代』のごみ処理であるが、一口に江戸時代といってもかなり長い。264年もあるのだ。その初期と幕末では、政治的な制度から人々の生活文化、風俗も違うのだから、順を追っていかないと説明にならない。
1590年(天正18年)に徳川家康は、天下人の豊臣秀吉から領地替えの命令で駿府、三河地方から江戸へ落ちることになった。家康にしてみれば、悔しくもやるせない都落ちだったに違いない。
徳川家の家臣団をはじめ、親藩、譜代の家柄の関係者が一斉に江戸へ移住してきたのだから、突然江戸の人口が膨れ上がった。その上、武士だけでは生活が成り立たないから、百姓町人も増えた。1603年に徳川の時代になったが、百年後には110万人の世界一の都市になっているから、ものの2~30年で5,60万人の都市になっていたことだろう。この人たちは、毎日の生活からでる廃棄物をどう処理していたのであろうか。

実は、8日(土)の日の講演会で、僕は皆さんにクイズを出して、正解を言いながら話を進めた。ここに、その時の問題をそのまま5問、載せる。

お江戸の生活事情 (ごみ処理からリサイクルなど)

問題1 徳川幕府が1603年に開府されてから約50年間は、急に膨れ上がった人々の多くが、ごみを勝手に空き地や堀、川に捨てていた。そのため、町々のくぼ地などに芥がたまるようになった。有名な「芥坂」が出現するようになったのだが、さて、その芥坂とは次のうちどれか。

ア 紀尾井坂 イ 南部坂 ウ 暗闇坂 エ 神楽坂

問題2 幕府は、ゴミ捨て場として寛文2年(1662)5月、「永代島」を指定した。この島は、もともと隅田川の河口に出来た大きな洲で、寛永4年(1627年)富岡八幡の別当寺である永代寺が幕府から拝領した地域でもあった。しかし、大部分は葦や萱の茂る干潟とか湿地だった。同時に、以下のような法令が出された。
(1)ごみの運搬は、幕府が命じた者の船で行なうこと。船は町々の突き抜けにつけるので、知らせがあり次第、町では人足にごみを船まで運ばせること。 
(2)船の運賃は町で負担すること。
(3)ごみ収集日も設けられた。
   日本橋を境にして、北の町は2日、12日、22日という2の日。南町は3日、13日、23日の三のつく日にごみ船を回航させごみを集めた。
さて、この芥を運ぶ運賃だが、誰が負担したか。

ア 町会費 イ 大家さん ウ 住人全所帯 エ 表長屋住人

問題3 しかし、月に3日では、この場所にはごみがたまるばかりだし、住人たちが勝手に処分できないのだから、やりきれない、苦情だ。
そこで、幕府は寛文三年(1663)、川岸にごみを出しておけばごみ収集日以外でも芥船が来て運ぶということに改めた。
ごみ運搬船は芥船とか芥取船と呼ばれたが、こうして幕府指定のごみ船を町々に派遣し、ごみを収集、運搬、処分するという公的な制度が生まれた。
芥船は、大芥溜から船に積んで永代島まで運んだのだが、出たごみはすべてを廃棄したのであろうか。それとも、分別したであろうか。

ア 可燃と不燃に分けた
イ まとめて捨てた
ウ 生ごみとそれ以外に分けた
エ 紙とそれ以外に分けた

問題4 永代島をごみ捨て島として指定したことから、江戸時代を通じてごみ問題は解決したであろうか。それとも、新たな最終処分場を設置したのか。

ア 明治時代まで、そこを使用した
イ ものの80年足らずで次の処分場を作った
ウ 150年は、そこを使用した
エ 30年で一杯になった

問題5 幕府は、ごみに関しては様々な施策を練って対応してきたのだが、どうしても解決できない頭の痛い問題があった。それは、お盆の時に出る供物などであった。住民は、お盆が終わると、供物や魂棚、灯篭などの飾り物を川へ流したのである。この数が半端でなく、おびただしい量になったので、川や堀がそれらで詰まり、船の運行にも支障をきたした。
幕府は、寛文2年(1662)お盆の供物などを川や堀などに捨ててはならない、という町触れを出した。
それでも、供物は川を流れた。
この、お盆の供物の胡瓜や茄子を人を雇って拾い集め、塩漬けにし、これを工事現場の人足たちに市価の3分の1の値段で売って大儲けした人がいた。彼は、明暦の大火(振袖火事)の際木曽福島の材木を独占して確保して財をなした人でもある。
さて、その人物とは、

ア 紀伊国屋文左衛門
イ 河村瑞賢
ウ 鴻池善右衛門
エ 華屋与兵衛








正解は、1がウ、2がエ、3がウ、4がイ、5がイである。
次回、この解説をしたい。
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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