村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

講演体験談 暮らしが織りなす地域の美―――5

実は、この京都大学で行なわれた学会の最後に、希望を募って嵐山の『宮廷鵜飼』なるものを見学した。
僕は、鵜飼というと、例の長良川しか知らなかったので、嵐山でそんなことができるのかと思っていた。でも、嵐山での鵜飼の伝統は古く、新古今和歌集やあの源氏物語にも登場するというのだから、自分の浅学に反省させられた。
場所は、嵐山のシンボルとも言える『渡月橋』のすぐ上流側のため池のようなところで、そこは、川なのに不思議と全く水が流れていないのだ。きっと、平安貴族たちがここで遊ぶために、そこだけ広く切り裂いたのかもしれない。そしてここは、もっと上流の丹波亀岡というところから有名な保津川下りがあるが、その下船場にもなっている。
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僕らは午後7時過ぎに乗船したのだが、この日は土曜日だけあっておびただしい観光客の数で、この鵜飼見物に20隻以上、一回のショーに船が出ていた。これを何回か繰り返すから、一人2,000円だとして、結構な観光収入だ、と、つまらない計算をしてしまった。
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それにしても、これまで、余り気にも留めずに”渡月橋”というものを見ていたが、この響からすると、月を眺めるに風情のある場所という意味なのかもしれない。僕らは、その橋のすぐ上流の川面で月を眺めたのだが、これが実に情緒のあるものだった。
嵐山に、夜行く用事がなかったから気がつかなかったが、川と橋と正面の山々と月のコントラストは、確かに僕のようなボンクラでも、一句読みたくなるような趣があった。
皆さんも一度は、夜の嵐山を経験してくださいね。
と、いっても、僕は本の中で雪の嵐山を書いた。実際に見たことはなかったが、想像した。そこで、総司と山南さんとの最後の別れの場面を作った。今年の2月、大雪が降った2月3日に急いで京都へ行き、嵐山へ行ったのだが、全然積もっていなかった。
でも、今回、貰ったパンフレットの中に雪の嵐山があったので載せる。
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ところで、近藤さんの書簡の話が、まだ途中だった。
壬生の浪士組は、文久3年3月から京都守護職の配下で市中見廻りなどをもっぱら行なっていたのだが、近藤さんは発足半年の間でも、何度か、早く「攘夷」をやらせてくれと頼み込んでいる。
有名なのは、文久3年10月10日に開催された祇園一力での「国家之議論集会」である。ここには、薩摩をはじめ土佐、芸州、細川、会津国政周旋掛りなどが列席していたが、どういうわけか、そこに近藤勇が出席していた。容保が誘ったということだが。
そこで勇自身が語った内容を、日野の佐藤彦五郎他8名に書簡で知らせている。
「~~~然る上は第一公武合体専一致し、その上幕府に於いて断然と攘夷仰せ出だされ候は、自然国内安全とも存知奉り候~~~」

そして、翌元治元年に入っても相変わらず過激な攘夷を主張するのだが、強烈なのは、5月3日付の老中宛の上書である。

「併し乍、見廻りの為にて御募りに相成り候儀には御座なく候哉と存知られ候、尤も燃し私共において見廻り等は、御奉公見込みにては決して御座なく候、万一有変の節一廉御奉公つかまりたく一同心得罷り有り候得共~~~」
(つまり、見廻りのために京都にやってきたのではない、と強調している。)

そして、この5月20日付の小島鹿之助・橋本道輔宛の書簡はもっとすごい。

「~~~幕府は因循姑息候、苟安の謀のみ、之により御国体殆言へからず瓦解、志明の勇顕し、併しながら只只臣たる道を守り、楠公宋の岳飛の志続致したく候」(幕府は古いしきたりに拘ってその場しのぎばかりだ。こんなことなら瓦解してしまう。)
「~~~此のまま御東下相成り候ば、幕府衰運挽回無賢策候間、我々共義速やかに離散、御暇願い上げ奉り候処、~~~」(このまま江戸へ将軍が帰るなら、新選組は離散だ。暇を出してくれ。)
と、強烈だ。

しかし、新選組はこの数日後にあの有名な”池田屋急襲“を行なっている。そして、攘夷の志士たちを滅多斬りにした。
勿論、相手は討幕派の志士たちが殆んどなのだからかまわないのだが、佐幕派と討幕派との争いごとだった。この後、慶応四年正月には、鳥羽伏見でこの両者が武力衝突した。そして、佐幕派が惨敗した。
この数日前、近藤さんは右肩を撃たれて大阪城に総司と二人で寝たきりになっていたが、独り呟いた。
「関が原で、武力で勝ち取った政権だしな。それが、武力でもぎ取られた。……時代か」
近藤の右目から、液体が一筋輝きと伴に流れた。

このシリーズ、終り。
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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