村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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プラハ~ウィーン~ブダペスト―――その4

《ウィーン国立歌劇場、宮殿コンサート、そしてハンガリーへ》

翌日は、朝早くからウィーン市内見学であった。
最初に駆けつけたのは、あのハプスブルグ家の城、「シェーンブルーン宮殿」である。

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宮殿 

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豪華な部屋

僕は、まだ、パリのベルサイユ宮殿には行ったことがないのだが、ここの建物の豪華さはいまさら言うまでもない。
あきれるほどだ。
世界史で習った、《会議は踊る》で有名な部屋がある。
王女マリア・テレジアが、転んだモーツアルトを抱きかかえてあげたという部屋がある。
そしたら、5歳のモーツアルトがこう言った。
「僕の、お嫁さんにしてあげる」と。
この逸話は、オーストリアの教科書に載っているらしい。

また、ここの敷地の広さといったらすごい。見事な庭園である。

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宮殿の鳥瞰図

日本の権力者の富の象徴として城や別邸が作られるが、豪華さという点ではかなわない。
例えば、今はない信長の安土城、秀吉の大阪城、家康の江戸城だが、その当時を偲ぶには、今となっては二条城が適当か。
徳川家は、264年にわたって権勢を振るい、長すぎると思っていたが、ハプスブルグ家は第一次世界大戦まで600年の統治だという。
気が遠くなる。

ウィーンの街中は、そんなに広くない。
リンクという昔城壁だった環状線の道があり、その中に大概の公共施設はあるという。
このなかを通り抜けるのに、30分もあれば充分だというから、大きくはない。

Image2171.jpg
ウィーン市街図

あの山手線の中だって、直線で抜けるには、丸1日はかかるだろう。
有名なドナウ川は街の北側を右へ流れているのだが、大したもんじゃない。

あのヨハン・シュトラウスの「美しき青きドナウ」の流れは、ハンガリーの流れを音楽にしたものではないかと、僕は勝手に思う。
翌日、ウィーンからハンガリーへバスでやはり、国境を越えて入ったのだが、殆んどドナウ川に沿ってブダペストまで行った。

BlueRose-Wiki---ドナウ川
ドナウ川の地図

ハンガリー領内のドナウの流れが、ゆったりと雄大でとっても良く、
あの曲のイメージに良くはまる。

Image129.jpg
屋根の向うのドナウ川

日本で言えば、僕の経験からは最上川の流れのようである。
日本ラインや保津川下りのような急流を楽しむのでなく、川幅がある程度広く、ゆったり流れていて、船頭さんが艪を漕ぎながら、最上川舟歌を歌ってくれる。

Image220.jpg
最上川の川くだり

芭蕉は奥の細道で、

 五月雨を 集めて早し 最上川

と読んだ。
最初は、「集めて多し」だったが、後で直したと、高校のときの授業で習ったことがあった。
僕には、「多し」のほうがぴったりくるのだがーーー。

最上川では、お客は、乗船する前に酒やおでんなぞを買い込んでいるから、それを頬張りながら船上から景色を楽しむ。
船頭の歌う最上川舟歌の庄内訛りが、またいい。
あの浪士組を提案した清河八郎の出身地、清川村もこの辺りである。

例の「美しき青きドナウ」というウィンナーワルツの出だしを思い出すと、最初はゆっくり始まる。
それから、だんだん早くなるのだが、この日の夜、シェーンブルーン宮殿のコンサートで聞いたその曲は、極端にゆったりと遅く始まっていた。

もう、止まりそうなくらい。
そして、徐々に徐々に、インテンポに入ってゆくのであった。
それは、あたかも、ウィーンではなくて、ハンガリー領内のドナウの流れを表現しているようである。

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ゆったりのドナウの流れ

きっと、シュトラウスはハンガリーへ旅したときに、あの曲を書いたに違いないと、思ったりした。
実は、この日の次は、ブダペストに泊まったのだが、夜飯は酒場でライヴを聞きながらのものであった。その報告は、次回に書こうと思っていたが、少しだけ言うと、
そこでの演奏も際立って上等なもので、ここら辺(東欧)の音楽芸術のレベルはすごいんだと思わされた。

思い起こせば、ハンガリーといえば、リストの狂詩曲や、ブラームスのハンガリアン舞踊など、すごいのがたくさんある。
芸術性豊かなのは、当たり前であった。
そういえば、ブラームスの舞踊の5番なぞもゆっくりだったものが早くなったり、また遅くなったりを繰り返す。
それが、極端である。
その酒場のミュージシャンたちの演奏も、大方、そのようなものが多かった。

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酒場のライヴ

そういう風土なのかなあ。
それはきっと、ドナウの流れから来ているのかも。

ブダペストというところは、街のど真ん中をドナウ川が街を二分するように雄大に流れている。
それが、この街を一段と美しく輝きを増している。次回、紹介する。

ウィーンでは、様々な施設を見たが、印象的だったのは「国立歌劇場」だろう。


夜の青い建物

オペラは見ることはできないが、歌劇場の中を見学させてもらえる。オペラハウスの職員が専門に毎日案内しているのだ。日本語もあればスペイン語もある。勿論英語もドイツ語も。だから、見学のグループがいくつもできて、午後3時に次々と出発してゆく。
さすが、ウィーンのオペラハウスだけあって、見ごたえのあるものだった。それに、僕にはステージや上手下手の様子まで見ることができたので、すごい収穫だった。

話には聞いていたが、本当に上手も下手もホリゾントの奥もステージと同じ大きさのスペースなのである。だから、ステージのセットそのものが“全とっかえ”できるようにできている。次の場面がそのままやってくるのである。
日本の芝居だと、暗転して、次の場面までの間、ステージ上で釘を打ちつけている音なぞが聞こえるが、そんなことはないのである。

客席で説明を聞いていたとき、突然、僕らの隣りのグループの中の見学の女性二人がソプラノとメゾソプラノで歌い始めた。

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客席の様子

英語だった。
それが、実に美しく会場に響き渡った。
余りの響きの美しさに、僕ならず、その場にいた世界中の見学客たちは聞き入ってしまった。
歌い終わったときは大喝采である。
僕も、思い切り拍手をしてしまった。
案内のガイドたちが、苦虫を潰したような顔をしていたが、止めないで、最後まで歌わせていた。
だって、その間、その近辺にいた見学のグループ全員が聞き入ってしまったので、ガイドさんたちは終わるまで待たされたからである。

こういうハプニングは、実に楽しい。
きっと、アメリカかイギリスの音大の学生に違いない。
歌い終わって、二人の女性は、涙を流して感激していた。

ここのオペラハウスで歌うのが夢だったらしい。

きっと、あの二人は、本国を出るときからそういう作戦を練っていたと思う。
世界最高のオペラハウスで歌おうと。
そして、自分たちの一生の思い出にしてしまおう、と。
デモ、そのときは、夜の公演準備のためにステージ上は職人たちであふれていたのである。
だから止む無く、彼女たちのステージは、オケピットのすぐ前の客席の辺りに変わった。

ところで、この日、あのウィーンフィルのコンサートがこの歌劇場のすぐ近くの「楽友協会」であったのだが、チケットがとうに売り切れでとても入れるものではなかった。
仕方なく、毎日行なわれている「シェーンブルーン宮殿コンサート」に行った。これは、開演時間が遅く夜8時30分からである。

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宮殿コンサート

フルオーケストラに比べれば人数が大分少ないが、それでも結構工夫してアレンジし、ボリューム感のあるサウンドを出していた。バレエ曲やオペラの曲も多く取り入れて、男女のバレリーナやオペラ歌手も交えてのコンサートだったが、レベルも高く、さすがウィーンを感じさせるものであった。

チケットは60ユーロだったが(約7000円)、高めである。
お客さんは約200人以上は入っていて、観光客ばかりでなく土地のウィーン子もたくさんいて意外だった。
あの人たちも60ユーロなのかなあ。
高いと思うが。

ウィーンに2泊してゆったりとできるかと思いきや、そうでもなかった。今度来るときは、ゆっくりオペラ見学かウィーンフィルを聞きたいものである。

翌日は、最後の見学場所、ハンガリーのブダペストである。
(続く)
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コメント
こんにちは
 
はじめまして、匠と申します。演劇公演のことですが、私も情報を一つご提供いたします。よろしくお願いします。

米国神韻芸術団は2010年3月に4度目来日公演、詳細はホームページをご参考ください。
http://www.ticket-online.jp/home/

2010年日本公演スケジュールはこちら
http://www.ticket-online.jp/home/index.php?main_page=page&id=3

有名人から2009年日本公演への評価:
http://www.epochtimes.jp/jp/spcl_shenyun_1.html

作詞家・東海林良氏(日本音楽著作権協会会員)の絶賛
世界的チェロ奏者で作曲家でもある平井丈一朗氏の称賛
演技派俳優・村田雄浩氏の評価
日本映画ビジュアルエフェクト(VFX)クリエーターの第一人者・柳川瀬雅英氏の評価
人間国宝の善竹十郎氏の評価
デヴィ夫人の評価
等など
2010/02/08(月) 23:06 | URL | たくみ #-[ コメントの編集]
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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