村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

「直江兼続」と「松姫もなか」、そして「八王子城」と「滝山城」と、いろいろ関連して---2

前回、八王子城と滝山城について、少しだけ触れた。
これらのお城の主は、北条家の最後の殿様氏照であったが、八王子城落城のあと切腹して果てた。
その氏照が、いつくしんで庇護した武田のお姫様がいた。
信玄の娘で、『松姫』という。

僕が住んでいる日野や八王子あたりで有名なお菓子といえば、高幡饅頭、歳三もなか、それとも―――?
大して種類はないが、八王子に「松姫もなか」というのがある。
このお菓子、その存在すら知らない人が多いが、その松姫伝説には悲しい物語が多く伝えられている。

松姫も中
松姫もなか

なぜ、ここで「松姫」なのかというと、これが意外にも、直江兼続や上杉景勝、さらには織田信長につながっていたからである。


上杉謙信が死んだのは天正六年(1578)であったが、その後継争いが二人の養子の間で起こった。
一人は景虎であり、もう一人が景勝であった。
この戦を『御館(おだて)の乱』という。
この戦は、景勝側に直江兼続という優秀な武将が活躍して後継争いに幕を閉じたのだが、それにはだいぶ権謀術数を駆使して勝利した 
のである。

越後の上杉謙信と甲斐の武田信玄は『竜虎』と呼ばれて、終生に戦い続けて決着がついていない。信州川中島の戦では五度戦った宿敵である。
この二人が死に、それぞれ子の代になって同盟を結んだ。
誰もが耳を疑った。
ありえない話である。

『御館(おだて)の乱』の前哨戦は、圧倒的に景虎側が有利に展開していた。
それは、こうだ。
景虎は、小田原北条家からの養子だから背後に北条が着いている。それに、甲斐の武田家の総領勝頼の正室は景虎の妹であった。
だから、この北条、武田の両軍を敵に回して景勝側は到底戦に勝ち目はなかった。

勝頼は北条の依頼で越後に出陣し、景勝の籠っていた春日山城まで迫った。後は、北条軍の到着を待って景勝を討ち取るだけというところまで事は整っていたのだが、事態が急変した。
北条が来ないのである。
勝頼は、北条からの依頼で戦に出陣したのに、「たばかったな」、馬鹿にするにもほどがあるというわけだ。

そこへ、狡猾なる兼続が動いた。
「我が方と、手を組まれぬか」
なんと敵側から、同盟の提案である。「---------我が上杉は、謙信公以来『義』を重んずる家風でござる。決して同僚を裏切らないことを至上としているのである。そこへいくと、北条はどうか。景虎様を傀儡にして、越後へ勢力を伸ばし、さらに武田領の信州川中島まで手を伸ばすは必定」

戦国は、乱世である。
妻の実家だとはいえ、北条は信用できない。
この度だって、援軍には来ないではないか。
その上、兼続はもっとおいしい条件を突きつけた。
「もし、当方にお味方くだされば、越後の根知城を差し上げましょう。いやいや、そればかりでない。---上野国の上杉領をそなたへ差し上げよう。またさらに、一万両を差し上げたい」とまで、言った。

根知城は、日本海に程近い城であった。
当時の物資輸送は舟運が主流であり、それも日本海側がほとんどで太平洋側ではなかった。この権利を手にできれば、莫大な富をもたらすことができる。海に面していない甲斐の国にいる武田にしてみれば、目から鱗のおいしい話で、
「良い話だ」
勝頼の心が、動いた。
そこにすかさず、兼続は、
「いかがであろう、武田、上杉の両家の同盟の証にひとつの縁組をご提案したいが---」
「------」
何を、藪から棒に。
上杉景勝はすでに24歳になるが、いまだ独身であった。信玄の娘で勝頼の妹の"菊姫"も20歳を超えていた。
「似合いであるとは、思われぬか」と、兼続。

翌天正7年、越後の内乱に決着がついた。
何よりも、武田家との同盟が功を奏し、戦いの帰趨を決めたのだった。
菊姫は、春日山城に輿入れすることになった。


この菊姫に同腹の妹がいた。
松姫という。
「姉上、おめでとうございます。私の分まで、お幸せにおなりください」

この姉妹、数奇な運命を背負っていた。
姉の菊姫は、先に長島願証寺の左堯という人に嫁ぐことになっていたが、破談になっていた。
天正元年(1573)、信玄が信州駒場(こまんば)で病死した。
すると、夫に決まっていた願証寺の左堯が信長に攻め滅ぼされ、婚約が自然消滅になったのである。

妹の松姫は11歳のとき、なんと、織田信長の跡継ぎ信忠との婚約に破れていた。
この婚約は、信長が、武田軍の尾張進出を恐れて懇願したものであった。
信玄側も、信濃全土の平定があったし、何よりも、上杉謙信との戦に専念したいという思惑が一致したのである。
だが、元亀3年、家康との間で『三方が原の戦』が起こり、信長が家康に援軍を送ったことから、武田織田の両家は縁切れとなり、松姫の婚約は解消された。

菊姫、松姫の姉妹はどこへも嫁がぬまま、躑躅(つつじ)ヶ崎館でひっそり暮らしていた。

家督は異母兄の勝頼が継いだが、天正三年長篠の合戦で織田の鉄砲隊に敗れると、武田家の家運は衰退の一途をたどり始めた。そんな中信玄の死から5年後の天正六年の冬に、上杉景勝と菊姫との縁談が持ち上がったのである。

続く。
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コメント
まさに、タイムリー
よく、政治が混沌としてくると、昭和の幕末だとか平成のーーー、
みたいに比喩される方がいますが、今まさにそうなってきているように思えます。

僕が今、書いているのは7月12日が終わって13日に入って間もない時間なのだけれど、都議会選挙の結果が殆んど出ていた。
自民公明過半数割れで民主が第一党になった。

戦後60年以上続いてきた自民だが、これでいよいよかーーー。
まさか、あの自民が、と思われる方もいたに違いない。
だって、これまでにも、選挙のたびに与党が危ないと言われてきたことが何回もあったが、結局、自民政権で変わらなかった。

今度だって、変わりゃあしないさ、と慢心していた向きもあったかもしれない。
でも、都議会で自民が野党になると言う屈辱的な状況になった。これは、過去の例からしても、次の選挙にそのまま反映するらしい。

まあ、260年以上続いた徳川様だって、瓦解したんだから、60年程度の自民あたりが崩れたって、歴史的に見ればどうってことないんだけれど、長く政権の座にいると、野に下るということがどうにも我慢できないらしい。

徳川政権末期に、これが最後だなんて思っていた幕臣がいたのだろうか。
いた。
勝だ。
彼は、自ら、「徳川では、もうダメだ。あんたたち薩摩や長州が連立を作って政をするのがよい」と、西郷に言った。
元治元年9月10日、場所は大阪。
西郷は、この一言で、勝に惚れた。
徳川には、人はいないと思っていたが、とんだ誤算だった、と。

今の自民にも、人はいるんだよね。
でも、自ら批判は出来ない。
しかし、渡辺何とかと、鳩山何とかは、今の自民を批判して距離を置いている。
今後、あの人たち、どんな動きをするんだろう。

karayanさん、お久しぶり。
『戦国』
ふ~ン。どうでしょう。
きっと、2000年以上も前から、中国大陸ではつかっていたんじゃないでしょうか。
日本では、やはり、西暦1500年代の後半あたりからかなあ。
元亀、天正、永禄、慶長の頃が最盛期でしょうね。

さっき、大河を見ていたら、あの伊達政宗が直江兼続に対して、「われらに組して、秀吉を討とう」と勧誘するシーンをやっていた。
あわよくば、上手く仲間に引き入れて天下を狙おうと山っ気はあったのでは、と思います。
2009/07/13(月) 01:04 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
なるほど、松姫(信松尼)さん
今話題の兼続さんにも繋がっていたんですね。
この後もこの方、徳川三代将軍の弟、保科正之さんにも
絡んでくるようですが、話しが複雑になるので、その辺の
事情は割愛するとして・・・
ところで
「この戦国乱世、如何に生き抜くかが知恵の出しどころじゃ」
なんて台詞を時代劇でよく耳にしますが。
あの時代の方は自分達の生きている今現在を
「戦国の世」とか「乱世」とかと表現していたのでしょうか?
実際にはあの頃生きていた方々は自分達の生きている
今現在を「戦国の世」とか「乱世」だとかの意識は無かったんじゃ
ないかと思うんですが、村瀬さん如何でしょうか?
歴史の教科書なんかではあの時代を「戦国時代」と言って
いますが、「戦国時代」と言う表現は何時ごろ誰が言い出した
のでしょうか?

さて今の日本もある意味「乱世」ですよね。
武力行使は伴わないので「戦国」ではないですが・・・
2009/07/10(金) 08:41 | URL | Karajan #-[ コメントの編集]
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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