村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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ベルリン『第九』体験記-5(終)

ベートーベンは、偉大である。
世界の人々に、共通の「歓び」を与えてくれている。
そう、ポンペイでも、珍事が起こった。あの遺跡の中の小劇場で「第九」を歌ってしまったのだが、それだけではない


――― ベルリン『第九』体験記-5 ―――


素晴らしい「第九」だった。
僕は、これを歌うのは3度目だが、今回が一番満足できた。
それは、病気をして、医者から「大丈夫」と、お墨付きをいただいた後だったので、体調が万全だったことが大きい。

そういった、個人的な事情もあるが、やはり、ベルリンフィルの本拠地のステージに乗れただけで満足なのである。

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ステージ

簡単には、経験できないことなので、良い思い出作りになった。
そして、よいお友達も出来たし、前回、旅行費用のことを話題にしたが、金には変えられない。

さて、本番が終わって、翌日には、直ちに日本へ帰る組とローマ、ナポリへ寄る組とに別れた。
僕は、もう一度ナポリとポンペイへ行きたかったので、イタリアへ飛んだ。

でも、あの飛行機の乗り継ぎには辟易する。
所謂、ハヴ空港ってやつだろうが、必ずどこかの空港へ寄る。
直接は、飛んでいないのである。

行きは、成田からフランクフルト経由でベルリンへ。
帰りは、ベルリン空港からミュンヘンへ寄ってから、乗り継いでローマ空港である。
その後も、ローマからフランクフルトで乗り換えて成田である。

飛行機そのものに興味があった時代には、それでも良かったのだろうが、現在のように移動の手段となっている今、それらが苦痛である。
何せ、日本からヨーロッパは、1回のフライトで10時間以上も缶詰にされるわけだから、こうした高齢化の時代になるほど、300人~500人ものる乗客の中には、具合の悪くなる人も出てきて当然である。

僕は、今回、そうはならなかったが、仲間で1人、気分が悪くなって歩けなくなり、飛行機から降りられなくなってしまった人がいた。
まだ50代の人である。
車椅子で、何とか降りたが、僕らは、その人が成田空港で、救急車で運ばれるまで見送った。

経営破綻したJALをはじめ、各航空関係の企業も生き残りに大変なのだろうが、マイレージとかいって様々なサービスをあの手この手と考えるのもいいが、これからは、長時間乗るフライトへの配慮なども、もっと必要になるだろう。
それは、子供や幼児向けの配慮も含めて、考え直すときがきている。

缶詰にして乗客を運べば儲かるかもしれないが、これからの時代、それでは客は離れる。
エコノミー症候群対策として、座ったままの体操なぞを最近、飛行機の中で放送しているが、あんなもの、大した効果があるとは思われない。

むしろ、軽い体操やストレッチなどが出来る空間、幼児が遊べるところをわざわざ作って、
「いつでも、お使いください」
と言った方が、客はつくのではないか。

あまり良いことではないが、僕は、あの狭いトイレの中で4~5時間に1回はストレッチをしている。
いろいろ、工夫して。

さて、《ナポリのごみ》だが、今回はバスの中から車窓でしか街中は見られなかったので、実態がどうなのかはよくわからなかった。
だから、現地のガイドに《ごみ事情》を聞いてみた。

すると、意外なことを言った。

「今は知りませんが、一時は、ごみの捨て場所がなくて、わざわざドイツまで捨てに行っていたそうです」

勿論、ドイツ政府の許可を貰ってのことだろうが、イタリアからドイツでは、間にアルプス山脈があるだろうに、大変だ。
僕が、今から約10年前、ごみの仕事をしていたころは、ドイツがごみ処理の先進国で、よく視察に(本当か?)出かけていく役人がいた。
今回、ベルリンの街中でゴミ箱を見たのだが、確かにここは、可燃と不燃の別がない。
今の日本では、考えられないことだ。

我国では、現在、できるだけ分別してごみを少なくし、多くのものをリサイクルすることが美徳とされている。
燃えるごみも燃えないごみもいっしょくたになぞという発想は、許されない。
だが、燃えないごみの埋立地にも限界がある。
実際、不燃の量が多すぎて、多く人が困っているはずだ。
いや、これは、量が多いのではなく、殆んどがプラ・ゴミだから、空気である。
それも、多くが脂っこく汚れている。
実際は、埋めているより燃やしている。
じゃなきゃ、最終処分地が直ちに満杯になる。

ナポリは、車窓から見たのだが、街中が相変わらず汚い。

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公演や道路のゴミ

景色は、抜群である。

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ナポリの風景

でも、下を向くとだらしがない。
ある人は言う。
それら全部を含めて、ナポリなんだ、と。

ところで、旅の最後に、ポンペイを見学した。

ここは、僕が、特にお気に入りのところで、2度目だが、なんとなくいいのだ。
遺跡に入ってすぐのところに、小劇場がある。
石造りの、アテネやローマにもあるあの半円形のものである。

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ポンペイアラカルト

ここで、椿事が起こった。
我等は60名の合唱団で、その半数が既に日本に帰っているが、残りの約30名は、このポンペイに来ている。
この人たちが、突然、その石舞台に勢ぞろいし始めた。

沖縄から参加してきた一人の男性が前に出て、仕切り始めた。
そして、指揮を始めた。
「男性はこちらへ、女性はそっちに並んでください」
「それでは、4楽章のフロイデ・シェーネのところを歌います」
と、誰の許可を取るでもなく、勝手に歌い始めたのである。

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小劇場で歌う合唱団

打合せをしたこともない。
沖縄の髭のおじさんが、自分勝手に言い出したのであるが、不思議なことに、誰も、
「やめようよ」とか「まずいんじゃない」とかも言わず、当然のことのように、全員が素直に歌いだしたのであった。

僕も、結構、図々しいところのある男だが、このときばかりは躊躇した。
だって、ポンペイというところは、勿論世界遺産だが、その中でも突出して人気のスポットで、世界中からワンサと観光に来ている。
だから、その小劇場の中には、世界の観光客でひしめきあっているのだ。
でも、我国の第九合唱団は、全く意に介せず、動ぜず、当たり前の如く「歓喜の歌」を歌ったのである。
それだけではない。
その指揮者は、
「次に、花を歌います」
『は~るの、うら~ら~のーーー』

それが終わると、《もりのくまさん》である。
ポンペイともりのくまさん。
なんとも、意外な取り合わせ。

日本から来た『第九合唱団』の歌声が、ポンペイの小劇場に鳴り響いた。
不思議なもので、世界中から来ている観光客たちももの珍しい顔で、拍手喝采なのであった。
『第九』は、世界共通言語なのだ。

こんな椿事も、第九好きが集まったツアーだから出来たことなのだろうが、旅の終わりに、あのポンペイで、良い想い出ができた。

ベートーベンは、偉大である。
世界の人々に、共通の歓びを与えてくれている。

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(おわり)

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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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