村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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歳三の恋人―――3

―――幕末と新選組と市民講座―――

君菊

舞妓の名刺


前々回、歳三が、小島家に送った手紙のほかにラヴレターを数通小包として送っていたことを述べた。
それは、小島鹿之助の長男守政が編んだ『慎斎私言』という書物に記されていたのものだが、そこにはもう一つ、歳三の隠されたエピソードが載せられていた。

土方歳三之在京  有狎妓  生一女而夭
妓亦後嫁人  不審所在


この意味だが、菊池氏は、「歳三は在京中にある女と親しくなり、彼女はひとりの娘を産んだ。
しかし、娘が早世すると、彼女は誰かに嫁いだが、その所在は不明である」と、している。

この内容は、歳三の姉“のぶ”の嫁ぎ先で親しくしていた日野の佐藤家にも伝わった。
明治22年6月、佐藤彦五郎の長男俊宣は、九州旅行の帰りに京都へ寄って近藤勇の首の所在を調査した際、元隊士の山野八十八、島田魁を訪ねている。
そして、俊宣は歳三の子を産んだ女の所在も探っていた。
これは、佐藤家に伝わる話として、『聞書き新選組』(佐藤著)の書物の中で紹介されている。
こうである。

土方歳三の愛妾を探る。北野天神東門外上七軒町の歌妓、君鶴と云いし者、その後、人に嫁してすでに四年前死去せりと聞知す。

菊池氏は、歳三の手紙の中で、北野の舞妓と記された「君菊」こそ、
この君鶴ではなかったかと想像されている。
だけど、僕がこのシリーズの【2】で紹介した池波正太郎氏の母君の記憶話も捨てたものじゃないような気がする。
歳三の恋人は、京都の経師屋の未亡人であったという、馬蹄の証言だ。

もしかして、歳三が子を産ませた女は、池波正太郎のご母堂が記憶されていたその人なのかもしれない。
真偽のほどは不明だが、ちょっと、ロマンチックなので書いてみた。

余談だが、僕があの小説『人間土方歳三』を書いている最中、何度も京都の宮川町に通ったことがあった。
それは、歳三に恋人を設定したかったからである。
男ばかりの新選組集団では、女性は登場しない。
読み物としては、つまらないものになるので、きっとこうだったに違いないとして、歳三が宮川町に通ったことにした。

そして、恋人を弥千穂という芸妓にしたのだった。
この人は、僕が京都に通っていたそのとき、宮川町のある置屋にいたからだ。

そもそも、何度か、小説のネタ探しで京都に通っているうち、京都府の観光課長と親しくなったので(これは仕事)、彼と祇園に行ったことがあった。
帰りに、宮川町に連れて行ってくれた。
勿論、はじめてであった。

僕ら一般人には、(有名な祇園には何度か足を踏み入れたことはあったが)玄人っぽい宮川町には全く縁がなかった。
行ってみて、いっぺんでハマってしまって、僕も通い始めた。
でも、ここは置屋街である。
芸妓や舞妓さんが寝泊りする日常生活の場である。

最近では、そういった置屋でも簡単に飲ませてくれ、遊ばせてくれるところがある。
それもまあまあ、安く。
アルコール一杯と簡単なつまみで5000円だから、高いといえばそうかもしれないが、考えようである。
だって、仕事を終えた舞妓さんや芸妓さんが簡単な着物に着替えて、
カウンター越しに酌をしてくれて、お座敷などでは出来ない世間話をするのである(真夏などは、髪を上の方に束ねて浴衣姿でお相手をしてくれた。小股が切れ上がってなんともいい雰囲気だ)。

例えばこんな話。

 「最近、井川の調子、いまひとつどすな~」
 「へえ~、やっぱ、タイガースファンですか」と、僕。
 野球の話題だ。
 「それはもう、勿論でっせ」
 達観したようにその舞妓は言う。
 「あの人の髪の毛、うっとうしいのがいけんの」
 「えっ、そんなところ、見てんの」
 と、僕は、半分感心してしまった。
 「私が、はさみで、切ってやりたいくらいですわ」
 そうか、そういえば、タイガースのエース井川は、髪の毛がうっとうしいほど長いのは事実だ。


僕は、Kという置屋に書きかけの原稿を持ち込んで、そこの“おかあさん”という人にある頼みごとをした。

歳三と彼の恋人弥千穂との話のやり取りで、京言葉の表現方法、仕草などで、アドヴァイスを貰うためであった。
一般の京都人と、あの世界の人々の言葉遣いは、微妙に違うところがあるので、誰か専門家はいないか僕は探していた。
何度か通って顔見知りにもなっていたので、快く引き受けてくれ、東京からメールで原稿を送って、それに注釈を加えて、おかあさんは返してくれたのだった。

僕は、これを実現するために、若い頃習っていた“小唄”を2~3曲懸命に思い出して練習し、そこのおかあさんの三味線伴奏で歌ったりもした。

おい~せ~まい~り~に きし~べ~のちゃや~で あったとさ

かあ~わ~い ちょうえもんさんの いわたお~び しめたとさ

えっささのえっささのえっささのさ


こういうアプローチが、多少は効果があったと思っている。

一例を示すと、
本の256ページの一節だが、僕は当初こう書いてお母さんにメールした。

  「ことはつまらないことで、洗濯物の干し方なんどすけど、駒野姉さんは、いつも幅を十分とってしまって、皆の場所がなくなってしまうのどす」と。

すると、返事のメールで、こう直してくれた。

  「ことはつまらんことで、洗濯物の干し方なんどすけど、駒野さん姉さんは、いつも幅を十分とってしまわはって、皆の場所がなくなってしまうのどす」と。

『駒野姉さん』ではいけなくて、正しくは『駒野さん姉さん』でなくてはならない、というのだ。
京都の色町の独特な言い回しなのかもしれない。

そのKという置屋には、何人かの舞妓がいたが、あるとき僕の隣りに座った舞妓さんが名刺をくれた。

その名がなんと、『君ぎく』であった。

びっくりした。
だって、土方歳三の恋人の名だったからだ。
聞くと、この『君菊』『君ぎく』という源氏名は、舞妓のときに使うもので、芸妓になると名を変えるものだと言っていた。

その舞妓に、土方歳三と君菊の事を話して聞かせた。
大変喜んでくれた。
「これから、お座敷でそのような話題の時は、使わせていただきます」と、言っていた。

つづく
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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