村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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『すってん業平』になった土方歳三―――2

12月24日のここのブログで、以下のようなコメントを書いた。

『このお話は、二度目で恐縮だが、ご覧になっておられない方も多いだろうから、多少脚色しなおして、もう一度「すってん業平になった土方歳三」を4回に分けて連載する。』

そして、4回のうちの第1回を載せた。
その後、そのままにしておいて、ちっとも第2回が出てこない。
お叱りを受けた。
直ちに第2回を載せます。
申し訳ありません。


『すってん業平』になった土方歳三―――2

吉原通い
歳三は、吉原へ行ってみたくなった。
あそこへ行けば、自分が求める理想の女、癒される女に出会えるかもしれない。
吉原は、江戸で唯一の遊郭である。

江戸時代、公許されていた遊郭は、江戸では吉原、京都では柳町の島原、大阪では新町であった。これらが三大遊郭と呼ばれる。ほかには長崎の丸山など20箇所以上あった。この場合の公許とは、公認という意味ではない。せいぜい営業の許可を得ている程度なのである。これらの場所以外、遊女屋が集まっていても遊郭ではなく、岡場所なのである。『岡』の意味は、中心のもの以外の総称みたいなもので、岡目八目などともいう。

吉原は最初、日本橋の人形町付近にあった。有名な明暦の大火によって焼けた後、今の千束四丁目あたりに移転した。だから、夫々「元吉原」「新吉原」などとも呼ぶ。

吉原は「おはぐろどぶ」と呼ばれる用水路で囲まれている。遊女がおはぐろを捨て、そのために水が黒く濁ってこの名がついたものだが、このどぶを渡るとそこが吉原大門であった。大門をくぐればすぐそこが「待合の辻」で、上級の遊女がここで客を待つ。

歳三がはじめてここに足を踏み入れたとき、丁度、花魁が禿(かむろ)や振袖新造を引き連れて揚屋に向かう『花魁道中』に出くわした。
なんとも優雅な姿である。高尾太夫であった。江戸の吉原では、高尾太夫が花魁の位としては最高で大阪では夕霧、島原では吉野だった。
歳三は、この太夫と呼ばれる最高位の花魁こそ、自分が求めていた女の姿のように思えた。自分に相応しい、と。

大変な思い上がりである。
どうにか、お近づきになりたいと思ったのだが、どうにも出来るわけがない。何せ、花魁を上げるには数十両を超えて数百両の金を用意しなきゃならない。だから、お大尽のあそびなのである。
だが、歳三だって、百姓ではあったが石田のお大尽の息子なのである。自分には、その資格があるように錯覚していた。尤も、その錯覚とは金持ちというより女に持てるという意味で、第一級品だとおもっている。だから、吉原でも当然女が寄ってくるという前提に立っている。

『おれは、銭がなくたってもてて見せる』
今に見ていろ、なのである。
人間、そうなるとその一念が通じるものなのか、どうにかなってゆくから不思議である。だが、それは誰にでもあるものではなくて、この土方歳三という人間だけに天が与えたものなのかもしれない。男っぷりばかりでなく、刀槍は無論、洋式の争いごとに長けているその才覚までも。
安政6年の秋には、土方は、高尾太夫宴席の末席に座っていた。

歳三が吉原に、最初に足を踏み入れたときは、金もなかったのだが、見学だけで帰ってきた。自分なりに作戦を考えた。まず、何とか太夫の宴席に入る手立てはないものかと。
二度目に足を踏み入れたときに、例の大門をくぐってから、客の出入りをじっくりと見ていた。どんな連中がどんな女たちと遊ぶのかを。

遊女といったって、随分と位によって格付けがされている。最高位が太夫で、次が格子、散茶と続くが、これ以下は普通の遊女で、花魁とは言わない。
花魁と座敷を一緒に出来るようになるには、結構な段階を踏まないといけない。まず、大金持ちが前提である。
たとえば、大店の若旦那が何人かの若い衆を連れて、吉原でも一番の老舗茶屋『三浦屋』へ入って豪遊する。そう、最初は茶屋に金を落とすのである。
次に、その茶屋に花魁を頼み込むのである。
花魁を上げるには、相当な金が要る。その資格があるかどうかを、それまでの実績で、茶屋は計ることになる。

ようやく花魁に座敷に来てもらうことができたとしても、最初は花魁が上座にすわりお客は常に下座である。しかも、最初から口なぞ聞いてもらえない。離れたところにすわり、飲食もしないのである。たくさんの芸者を呼んで派手に遊ぶだけである。二回目も、殆ど同じで、相手にされない。
三度目になってようやく馴染みになれるのである。
勿論、馴染金というものが必要になる。この段階から、花魁に気に入ってもらえれば、床入れも可能だ。だが、馴染になってもらえる保障はない。花魁に選ぶ権利があるのである。

島原では、何と太夫に正五位相当の位が与えられていた。十万石クラスの大名にそん色ない格式なのである。そのくらい、知識、教養を身につけていて初めて太夫になれるのであって、花魁の中でも最高級の位に君臨していた。
場所は吉原であったが、この太夫に近づこうというのだから、歳三の思い上がりも桁違い、ここまでくれば頭が下がるというものだ。
しかし、この思い上がりが後年の土方の飛躍につながっていく。

歳三がまず考えたのは、瓦版屋であった。
まず、瓦版の表題から考えた。江戸百態、江戸自慢なぞだが、結局は『江戸みやげ』にした。
一人前の物書きになるための修行中の身の上であり、吉原と花魁について『ネタ取り』にやってきたことにした。
まず、高尾太夫を、ここのところ頻繁に座敷へ上げている廻船問屋『長崎屋』の若旦那に近づき、「一人前の瓦版を出せるように、日々精進しています。相撲や芝居にあるような遊女の番付表を作りたいので、ご協力をお願いしたい」と、申し出た。
これが功を奏して、その若旦那「面白い」と、二つ返事で許してくれた。これで、念願の太夫の座敷へ上がれることになった。

普通じゃ、こんな申し入れ、聞いてもくれないし、問題にもされないのだが間がよかった。
若旦那も、座敷では、遊女たちの興味のある面白い話題を探し、面白おかしく座を盛り上げるのだが、ここのところネタが尽きていた。そこへ、歳三がタイミングよく「遊女番付」の話を持っていいたものだから、「これは座興じゃ」ということになった。
歳三は、その日のために、瓦版屋の調度品をそろえた。
頭に乗せる手拭、よく見る法被、印半纏(しるしばんてん)である。後は筆記道具と紙があればよい。

土方歳三は、丁度いいことに、書が得意だった。親戚に書家で有名な本田家があって、歳三の実家から多摩川を渡れば谷保天神、その前が本田家であった。本田家は医家としても名をはせていたが書家としても有名であった。そこへ、閑を見ては書を習いに通っていたから、後年の歳三の手紙を見ても、男性的でありながら流麗な流れを持っていて魅力ある品のよい書体を身につけていることがわかるのであるが、それが、こんなときに役立った。

歳三は、自分の顔かたちに自信を持っていた。これまでも随分とこの武器を使わせてもらって得をしてきた。失敗もあったが。
そして、これまでの女性遍歴から、おれの顔かたちはどんな女にも通用するはずだと確信に近いものまで持っていたのである。
歳三は、十代の後半から街の女たちの評判になっていった。石田村には大した数の女はいなかったが、日野宿まで出れば数は勿論、質もいいのがいる。歳三は有頂天になって遊んだ。だから、日野宿のゴロツキどもの餌食にされるようになった。所詮、隣り部落、石田村の百姓の倅(せがれ)に過ぎないのである。

歳三が、喧嘩が強くなったのは、この連中のおかげである。天性の感に加え、日々、喧嘩に負けない方法を考え、工夫していたからであった。この方法はたまたま、天然理心流の極意に通じていた。
『肉を切らせて骨を切れ。骨を切らせて、命をとれ』というものだ。
これを可能にするものは、近藤から習った『気組み』であった。この『気』の入れ方は、最初が大事であって、敵方に先に『気』を入れられてしまうと、遅れをとる。これは修正がきかないものらしい。このことは人の一生に似ていて、最初の歯車が自分にあわないと、死ぬまで狂ってしまうものだと、後年、近藤は歳三に言った。
最初、遅れをとっても、忍耐し精進しているうちに、そのうち運が廻ってくる事もあるという。

近藤は言った。
「長州の桂ってやつは、ツキのない奴で逃げの小五郎だったが、慶応2年あたりから運がついてきやがった。その後は、飛ぶ鳥を落とす勢いで、うまく薩摩と手を組んで運をつかんだ。剣もそうだが、人生も見切りってものも必要だ。あの犬サルの薩摩と長州が手を組んだんだぞ。両方とも、うめえ見切りをしたってことよ。その点、徳川は何時までも一つにこだわった。これも生き方だが、時流ってものがあったのさ」

つづく
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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