村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

『すってん業平』になった土方歳三―――3



瓦版屋になった土方歳三
 歳三は、幼い頃から、先手を打って相手を打ち負かしてきた。
何よりも、先が大事なのである。だから、剣にしても喧嘩にしても、歳三の流儀は立会いと同時に先んじることであった。
世の剣客といっても、捨て身で突進してくる相手には恐怖感が先にたち、本来の実力が発揮できないうちに負けてしまうことが往々にしてある。
それが隙である。

歳三は、剣そのものは総司などと比べれば劣るのだが、勝負には強かった。喧嘩のときは常に捨て身で勝負してきた。これは誰彼に教わったものではなく、自然に身についていた。
天性の才覚か。

ただし、道場での稽古は苦手だった。互いに蹲踞(そんきょ)して見詰め合い、呼吸を合わせて「始め」だから、機先を制するわけではなく、剣術そのものの実力で争わなければいけないからだ。歳三は、道場では負けが多かった。総司や山南、後には永倉や原田などにも遅れをとることはちょくちょくあった。

自分の住処を日野から試衛館に移してからも、付近の女どもにはもてた。大概が、「役者にしたいほどだねえ」という台詞が返ってきた。
歳三は知っていた。
多くの遊女たちは、役者と遊びたがっていることを。
だから、その武器を最大に使わせていただくことにした。

長崎屋の若旦那が、歳三を瓦版屋として皆に紹介したのは、安政6年の11月も末に近い頃であった。今日の日のために、自分の顔かたちをより役者風に仕立て、磨きをかけた。元来すっきりしている目鼻立ちではあったが、さらに際立たせた。
歳三が座敷へ入って座ったその瞬間から、その場に居合わせていた遊女たちの視線が一斉に一点に集まった。それを感じていた歳三であったが、座敷ではわざと寡黙で通した。そして、唯、只管筆を進めた。そのほうが効果があると知っていた。
この男の、女に持てるための「動物的な感」であった。

憎いほど、歳三の狙いは当たっていた。
滅多に座を立たない高尾太夫が、歳三の前に現れたのである。
そして、言う。
「そなたは、町人であろう。瓦版屋だということだが、その筆の運びは筋が通っている。一介の物書きとは思えないが」
そもそも、花魁とは美貌のほか、教養のある遊女を意味している。太夫とは、その中でもとびっきりどんな芸事にしろ、習い事にしろ優れている女である。当然、書も優れているのである。茶道、華道、書道は当たり前で、囲碁、将棋にまで精通しているのである。

「それに、それは剣ダコであろう」
超一流の人物は、一流を見抜く力を持っている。
歳三は、当然視てくれると自信を持って書き綴っていたから、これは思い通りに事が運んだのだが、まさか剣術で出来た手のひらのタコまで見抜かれるとは思わなかった。太夫という遊女の底知れぬ大きさ、人を見抜く不気味さを感じた。
歳三がどんなに瓦版屋に化けても、高尾太夫のほうでは、歳三の嘘を見破っていた。では、どんな職業なのか。さすがの太夫もそこまではわからなかった。当たり前である。その当時の土方歳三は試衛館の食客で、きちんとした職業なぞなかったのだから。
後は、男と女である。理屈はどうでもいいのであった。

高尾太夫は歳三を欲した。役者のような面構えであったが、それは二の次であった。一流を見抜いていたというべきか。
これまで出会った男にはない特別の魅力、神秘的な霊気を感じていたからである。
歳三も、太夫のすべてに熟練しているその技に、身のとろける満足感を味わうことになった。
歳三は、何度も何度も通った。勿論、金が尽きてしまった。あらゆる物を質に入れた。ようやくできた一両、二両の金で、何とか太夫に会うことができた。が、そもそもそのようなはした金で太夫に面会が出来るわけがない。これは、太夫側の特別な計らいであった。  
吉野が歳三を欲したからであった。


上野寛永寺境内
翌安政7年、大老の井伊直弼が、桜田門外で水戸浪士に暗殺されて、年号も万延と変わっていた。
もうとうに亥の刻(午後10時頃)を廻っていたから世間は暗闇なのだが、吉原だけは行灯に灯が入っていて、まるで昼間のような明るさであった。そのような時刻に、歳三は吉原を後にした。陽気はすでに春を感じていたが、夜中ともなれば冷える。昼間の暖かさで薄着をしてしまった歳三、幾分猫背姿で先を急いでいた。

歳三の帰り道はいつも決まっていて、上野東叡山寛永寺の境内を通り抜けて不忍池脇を右に折れ、湯島天神を左に見てそのままほぼ一直線で柳町に向かうのである。
寛永寺は、寛永2年(1625年)秀忠の隠居後、3代将軍家光のときに本坊が建立され、初代住職は天海上人である。当時の年号を取って寛永寺とし、京の都の鬼門(北東)を守る比叡山に対して江戸城を守る東の比叡山という意味合いから、山号を東叡山とした。比叡山は琵琶湖をいただき、竹生島を持っている。江戸では不忍池を配置して、中に弁天島を置いた。
寛永寺は、徳川将軍家はもとより諸大名の帰依を受け多いに栄えた。承応3年(1654年)、後水尾天皇第3皇子守澄法親王が入寺して以後は、代々皇族が門主を勤め「輪王寺宮」と尊称され、日光山、比叡山の山主をも兼務して絶大な宗教的権威を持っていた。
広大な敷地の中には東照宮まで包含している。家康を奉るために作られたものだが、社殿は藤堂高虎によって草創され、家光によって大改造されたものである。内外ともに金箔が施されており、きらびやかな装飾や彫刻が施されている。

夜陰に沈み、森閑とした寛永寺の境内に入ったとき、異様な空気を感じた。
いつもこの境内を北から南方向へ入って不忍池の北に配置してある東照宮の脇を抜け、湯島天神の方へ向かうのだが、大概は夜中で人気はまったくなく、静寂な中にも迫り来る荘厳な寺院の圧力を感じるのだが、今晩はちと違う。何か、騒(ざわ)ついているのである。
そして、殺気というものを感じる。
歳三はこれまで、人というものを斬ったことがない。真剣の勝負というものの経験がないのである。
胸が高鳴った。
一応、腰には安物だが、長刀は刺していた。
東照宮へ向かう参道沿いにあるけやきの大木の陰に、人影のような動きを感じた。それも一人や二人ではない。
「俺を狙っているのか」
 まさか。
狙われる理由が思い当たらない。後ろを振り向いてみた。人の気配はまったく感じられないから、「やっぱり俺が目当てか」

「一体誰が、どうしてだ」
 思い当たる節がないのだ。
 歳三の歩調が幾分、ゆっくり目に変わった。あたりの気配を探るように、そして敵は何人程度いるのか探るようにである。同時に、逃げ道を探した。すぐ前の辻を右に折れれば寛永寺の五重塔で広い境内の中だ。左に折れれば別な神社を左に見て目の前に大池ということになる。
 何にしても、相手は一人や二人じゃねえ。
 こんなことに関わっていては、命がいくつあったって足りるものじゃない。逃げることにしたが、右か左か。
 判断がつかなかったが、その時の感で、歳三は辻までやってきたとき、咄嗟に左の不忍池方向へ走った。前方に待ち構えていた何人かの刺客たちも、歳三の動きを見て一斉に後を追った。

 月は出ていた。
 薄く雲がかかっており、はっきり人影を確認できるほどの明るさではなかったが、注意して凝視すればわかる程度であった。
 歳三が猛然と走り出したそのとき、そこに一人の刺客が待ち構えていた。後ろから追ってくるのを感知していたから、もたもたしてはいられない。前後で挟まれちまっては、一巻の終わりである。いち早く目の前の浪人風の黒影を倒さなければ、自分は追ってくる連中の餌食にされてしまう。
 こういうところの咄嗟の判断が、歳三は特に優れていた。土方歳三という人間に天から与えられた天性の感というのか、すばやく腰のものを抜いていた。
 待ち構えていた刺客の殺気よりも、数倍の殺気を発していた。猛然と突進して体当たりする直前で、抜いておいた長刀の刃で男の脛を払った。相手が戦闘態勢に入る前の出来事であった。刺客は、猛然と進んでくる歳三に、間合いをあわせる余裕がなかったのである。
「ギャアー」
 だが、土方歳三も斬られてはいた。
 相手の刺客も一応の腕はもっていたらしく、大刀を抜いて間合いを計って突進してくる歳三を横へ払ったのであったが、低い姿勢で飛び込んだその背中にわずかにかすっただけであった。それでも、歳三の背中はひどく斬られていて、血しぶきが上がった。
 ひざの下を斬られた刺客は、その場でだらしなく倒れた。一本は完全に切り離されていて、もう一本も骨を切られてだらんとしている。
「ウウ、ヤマッタ。ゲニ、マッコト」
 その瞬間には、歳三の姿は見えなくなっていた。
 追っ手が現場に到着したが、ホシの姿は見えない。

深手ではなかったが、かなりの出血である。
いつもは池の西を通って南へ下がっていたが、今は東側であった。このまま下がると御徒衆の住む街に入るが、その手前で料亭を探した。池の途切れたあたりに数件が見えた。とりあえず、その中の『池之端』という一軒に飛び込んだ。
 暖簾をくぐって、店の入り口で倒れこんでしまった。
 料亭といっても、このあたりは男を相手する商売が主流だから、飯を食べる時刻が過ぎても開いている店はあるのである。

つづく
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プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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