村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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震災とカルメンについて


『大惨事』人間とは、極限状態に直面すると、そこから意外な新しいものを生みだすものなのか

このたびの震災と津波の大惨事は、千年に一回と言われるほどのもので筆舌に尽くしがたく、なんとも表現の仕様がない。
「お悔やみ申し上げます」などという言葉では到底及ばず、なんとも表現できない。
ただただ、『沈黙』。

普通の地震や津波などというものではない。
地球のどこかで、地殻変動が起こってしまった感じさえする。それが証拠に、未だに毎日何回も揺れている。この東京も長野も九州までもだ。

もっとすごいのは、日本列島が沈没したり、大陸と再びくっついたりする現象なのかもしれない。
今回、そこまではならなかった。
僕らには超でかい地震と津波なのだが、数十億年続く長~い地球の営みからすれば、小さい現象なのかもしれない。

生活物資が不足していて厳しい寒さが続く中、避難所生活をしている人々なのだが、その人たちの間に独特の連帯意識、仲間意識が生まれて、新しい友人、自治組織が出来つつあるようだ。
中には、比較的大きい子供たちが、幼児などを相手に遊び始めている姿を見ると、胸が熱くなる。
子供心に、今何が大切なのかをきっと、感じ取っているのだろう。
「自分たちが、小さい子の面倒を見よう」
きっと、親たちは、この惨状の中でやることがたくさんあって大変だろうから、せめてお手伝いできることはしようということなのかもしれない。

このたびの惨状を見て、全国からの支援の輪の大きさは半端でない。いても立ってもいられない、兎に角駆けつけたいと言う気持ちになっている若者が多いと聞く。
また、海外からの支援も多岐にわたっていて、これまでわが国とあまり交流はなかったと思われる国々からも、募金などが寄せられている。
ラジオで放送していたが、クロアチアという国でも、「とても他人事とは思えない」という感情から募金活動が行われていて、日本に送金すると言う。
この国も、今、失業者が多くて貧乏な人が多いのだが、そんな中から多くの労働者が、援助を申し出ていると言う。

こうした現象は、「日本人に生まれてよかった」などという狭い考え方でなくて、世界中の人々の温かい“人情”が伝わってくるものだと思える。
だから、
テレビでスポーツ選手などを使って、日本人の強靭性などを強調するCMを流し、ナショナリズムを高揚させるような雰囲気をかもし出しているが、あれはよした方がいい。

あの東北の海岸線に住む人々たちの今後は、想像を絶する労苦が伴って復旧、復興に向かうことだろう。

今年24歳の僕の息子が今朝、「宮城にボランティアに行こうかな」と、迷っていた。
「でも、怖いな」とも、言っていた。
それは、誰だって、あの惨状を見れば、怖くなるだろう。

「兎に角、行って来い」と、励ました。
きっと、
ひと回り大きくなって戻ってくるはずだから、僕としては、是非行ってほしいと願っている。

僕のメインの仕事、「カルメン」公演が中止になった。
一年前から準備を開始して、半年間毎週合唱練習に励んだ結果、前日にはすばらしいサウンドのゲネプロを行い、輝いて本番当日を迎えたのだが、その日の朝中止となった。

こんな状況だから、当たり前と言えばそうなのだが、なんとも口惜しい。
この一年間の努力は、この日のためにあったのに、その日が消えた。
合唱団の多くの人たちが、悔し泣きした。
そして、観客のいない客席で、みなしてアンコールで歌う予定だった『大地讃頌』を顔をぐしゃぐしゃにして歌った。

僕は、あの人たちのために、何とか来年、この努力が日の目を見ることが出来るようにしてあげたいと思った。
これから、その調整に入る。
でも、簡単ではない。
指揮者、ソリストたちのスケジュール、オケの意向、会館大ホールの空き具合、練習スケジュールと場所、またその指導者とピアノ伴奏者など、調整に暇がないほどだ。
何より、チケット販売に頼って行う行事だから、それが売れるのかどうか。
その見込みを立てなければならない。
未だ、中止になった「カルメン」のチケットの払い戻しの半分も終わっていない中で。
僕の中に、そのヴァイタリティーが残されているのだろうか。
仕事とはいえ、チョー大変。

それと、今年の5月連休に予定されていた『新選組まつり』が中止となった。
栗塚さんには5日から3日間、日野に来てもらうことになっていた。これは、中止ではない。
大国魂神社のくらやみ祭りは中止になったらしいが、「燃えよ剣ツアー」は『東日本大震災復興支援事業』として行うことになった。
だから、栗塚氏には、予定通り来てもらうことになるだろう。
このことについては、改めて、ここでお知らせもするし、『日野宿本陣文書検討会』のサイトで確かめて欲しい。

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コメント
久しぶりにブログを更新され、ひとまず安心しました。
2011/03/26(土) 02:47 | URL | まこりん #-[ コメントの編集]
災いを転じて
今、こんなことを言い出すのは、ちょっと早いのかもしれない。
でも、言いたい。

この大災害を体験したのは、主に東北から北関東の人たちなのだが、どういうわけか、全国の人たちが「他人事」ではなく、自分たちのこととしていて、不思議な一体感を感じるのだが。

日本は戦後経済大国になった。
驚異的な復興を遂げた。
あの焼け野原から、20年もたたないうちにオリンピックを開催し、新幹線を走らせた。
すごい民族だ。
でも、中には、行き過ぎた発展もはらんでいた。

そして、そのことが、また道を誤らさせていたのかもしれない。
大地も大気も汚染し、海も汚してきた。
それらに感謝し、素直に賞賛すべきだったのだ。

でも、そのひずみをここ数年多くの人たちが感じ始め、中には、もう一度明治維新や敗戦後の荒廃からの脱出を思い出したほうがいいのじゃないかという人も出てきた。
そうでないと、この日本は沈んでしまう、と。

そんな中、この大災害が起こった。
焼野原状態になった。
日本人の心が、不思議とまとまってきた。

不謹慎かもしれないが、なんだか、日本人が再生するよい機会のような気がして。
2011/03/26(土) 00:31 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
母なる大地の懐に
『大地讃頌』・・・文字を目にした途端、この曲が頭の中を巡り出しました。懐かしさに突き上げられ、楽譜を探し出し、口ずさんでいます。この曲を知ったとき、歌詞がやや単純な気がしたのですが、今あらためて歌詞を読むと、震災の後だからでしょうが何かしら特別の感慨があります。大地に、自然に私たちは生かされているのだと。絶対に傲慢になってはいけない、と。

母なる大地の懐に われら人の子の喜びはある 大地を愛せよ
大地に生きる人の子ら その立つ土に感謝せよ

合唱団の方々がどんな想いでこの歌を歌われたのだろう、と思うと胸がいっぱいになります。どのようなかたちであれ『カルメン』はぜひ公演されますように。そしてアンコールとして再び『大地讃頌』がホールいっぱいに響き渡りますように。
2011/03/25(金) 20:55 | URL | シノビリカ #auyQKGwQ[ コメントの編集]
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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