村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

幕府は、ペリー来航を事前に知っていた

 ――NHK『歴史秘話ヒストリア』を見て――

偶然、というか、表題にあるこの番組を横目で見た。
この歴史シリーズは、大分長い間『その時歴史は動いた』というタイトルだったし、以前は『堂々日本史』などという題名だったこともある。
この番組で日本史を勉強される方も多いと思うし、もしかして、大河ドラマ以上にまじめに見ている人もいるはずだ。

だから、僕は、この番組の作り方が気になる。
歴史の真実に沿って、きちんと検証しているのだろうかと。
ドラマではないから、そのあたりは大河とは大きく違うが、でも、主役や主題にスッポットを当てて輝かせているから、単なる「聞き書き」程度の内容でも、いかにも「史実」みたいに作るから誤解も生むし、余計な誇張も多い。
このあたりは、割り引いてみていく必要がある。

例えば、『井伊直弼』という人がテーマだとすると、日本のテレビ局というのは、大概が、「井伊は、本当はよく勉強もしていて、開明的な人で、大老自らが通商を開始したのに、殺されてしまった」「再評価が必要だ」という、作り方をする。

この場合は、殺した18人の水戸を中心とした浪士たちは軽はずみなテロリストとして描かれることが多い。
でも、逆に、水戸浪士たちをテーマに描く時は、その逆になる。
その度に視聴者の意識、見方は変えられてゆく。
きっと、わが国の歴史教育に一貫したものがないから、このような現象が起こるのだろう。

止むを得ないか。
歴史とは、時の権力者が上手く利用するものだから。

僕は、井伊直弼という人は『徳川幕府の権威』なるものを回復させるために大老という権力の座について手腕を振るい、逆らう連中は大獄の捕縛の対象としたと思っているから、先見の明があった人だとは思われない。
むしろ、洋式の調練を刀槍に戻させた旧式の人間だったと思っている。

でも、番組というのは、作り方でどうにでも視聴者の意識を変えることが出来る。
よく行なわれる『世論調査』と同じで、この世論調査なるものが世間の風評を生んでしまうものではないのか。
話がそれて恐縮だが、僕には、この調査、意図的に質問項目を作って、結論をある一つの方向に持っていっているように思えて仕様がない。

どの新聞社も、どのテレビ局も、一斉に殆んど同じタイミングで同じ質問項目で行なう。
まさか、新聞社が横の連絡を取っているとも思えないが、きっと関係者は、その結論はわかってやっているはずだ。
結果、国民(有権者)からの集計は殆んど同じような答えで出てくる。
「国民の多くが、このように考えています」とキャスターが締める。
視聴者は、「それじゃ私も」となる。

誰かが、『世論』を作っている。
毎年、総理が変わるのは当然だ。
でも、そのキャスターは、「諸外国からは、毎年変わる日本の首相に辟易している」と、結ぶ。
こういう放送局もあっていいが、わが国の場合は、国営的放送も含めて全部が一斉なのだ。

鳥越俊太郎というジャーナリストがいる。
この、一斉に右向け右の時代にあって、
彼は、数少ない『自分の意見を、自分の言葉で喋る常識人』だと僕は思っている。
だが、彼が喋ると、周りの解説者(その資格もないほどの人が多いのだが)と雰囲気が大きく違うことがある。
何だが、鳥越さんの方がずれている様な結びになることがある。
彼はガン患者だが、もっともっと長生きして欲しい。

またまた、話が大きくそれてしまった。
ペリー来航のことだった。
これだって、殆んどの日本人は、突然やってきた黒船4隻の艦隊に幕府の幕閣たちは慌てふためいて、止むに止まれず開国してしまったと、思い込んでいるし、そのように教えられてきた。
どうしてだろう。
不思議でならない。

あらかじめペリーがやってくることは、幕府の高級官僚たちは先刻承知で、「あ~あ、とうとう来ちゃった」が、本当のところだ。
これは、僕がその証拠を開かすまでもなく、いろんな書物で紹介されているから当たり前のことなのだが、一般には知られていない。
何で、こんなことが起こってしまうのだろう。

いろんな書物と書いたが、その書物の出所は「オランダ別段風説書」というものである。

長崎に、『出島』という扇形の島が人工的に出来ていて、ここだけが江戸の時代、外国人たちが日本に踏み入れられるたった一つの場所だったことは、よく知られている。
とはいえ、その外国人とは、オランダ人と清国人だけだった。
そのオランダ人から、江戸初期から『オランダ風説書』として海外の情報が毎年幕府に入ってきていた。
鎖国をしていたからといって、幕府は国際情報について何も知らなかったわけではなく、大概のことは知っていたとするべきである。

特に、アヘン戦争が終わって清国と英国が結んだ南京条約のあたりから(1842年)、幕府の求めによって毎年提出されてきた『オランダ別段風説書』は、注目しなければならない。
毎年起こっている、世界のあらゆる情報が網羅されているのである。
オランダの目的は、どの国よりも早く日本国と通商条約を結んで利権を得たいから、幕府に情報を与えて詰め寄っているのである。
そして、日本国を守るのはオランダである、と。

ペリーがやってきた1853年6月当時の、この別段風説書をざっと見てみると、様々な情報が盛りだくさんだが、特にペリー関係だけを見てみると、こんな風だ。

  日本に向かうペリー艦隊12隻
  船の名前、トン数、大砲の数、乗組員の数、船長の名などが述べられている。
  また、インド洋から東の大英帝国の軍艦18隻も同時に述べられていた。

  1852年、アメリカ国務省からペリーに命令が出されていて、日本派遣目的は、第一に通商であり、次に薪水の補給、そして遭難船員の保護にあった。
又、半未開の国が相手だけに、武器弾薬を積みいれての威嚇も許されていた。

1840年のアヘン戦争で清国の一部(香港)が割譲され、次に極東の日本が餌食になることは誰の目にも明らかだったのだが、当時の日本の権力者たちには、何らの策も打ち出せなかったのが実情である。

唯、今と違って、情報といえば瓦版ぐらいの時代だから、一般市民には正確な情報なぞは入っていない。
黒船の来航は脅威だったに違いない。
大八車で疎開したという話は、嘘ではないだろう。

スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
【Font & Icon】
管理者にだけ表示を許可する
村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
    サイトに関してのお問い合わせ(動作不具合など)は管理人までお願いします。
    村瀬へのメールはこちら






リンク
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

カテゴリー
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
最新の記事
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

最近のコメント
最近のトラックバック
ブログ内検索
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。