村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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土方歳三書簡の一節

『京師表時勢柄追々切迫の由』
――土方歳三書簡の一節(慶応3年11月1日)


ここのところ、いろんなところから要望があって、あちこちでライヴを行なっている。
中でも、吉祥寺駅ビル『アトレ』では、ひと月か、ふた月に一度は必ずやる。

今週も二つあって、一つはA市のショッピングモール、もう一つはT市で行なわれるシャンソンの伴奏である。
昨年あたりから、カラオケの伴奏は頼まれるがシャンソンは始めてである。
でも、結構いける。
テナーサックスという楽器は、こういう伴奏にも相性が良い。

ところで、このブログにもコメントを寄せてくれている清水泰郎氏は、吉祥寺駅ビルライヴのプロモーションをされている方である。
ご自身は、何年も前から若い女性を伴って『打ち水音頭』というものを夏になるとあちこちの商店街などで行なって来ておられる方だから、今年も特にお忙しい。

その清水氏が、僕の『人間土方歳三』も気に入ってくれて、これを朗読したいと、既に何本か自分の声をテープに録音して僕のところに送ってくれている。
近いうちに、どこかのライヴハウスで朗読するから、サックスの生演奏もしてくれと頼まれている。
面白そうだ。
具体的に決まったら、ここのブログでお知らせしたい。

その清水氏が、朝日新聞の切抜きを送ってくれた。

Image4681.jpg

土方歳三の書簡を佐藤彦五郎記念館で公開するというのである。
これは、長らく、佐藤家の菩提寺の大昌寺に保管されていたものを子孫にお返しするというものであった。
この手紙の存在は、以前から広く知られており、真新しいものではないが、実際に見ることは出来なかったから、ファンには魅力的であろう。

僕は、このころのご時勢と、新選組の土方歳三や近藤、沖田などの心境を量る上でも貴重な資料だと思っている。

今回の表題を、

『京師表時勢柄追々切迫の由』――土方歳三書簡の一節(慶応三年11月1日)とした。

これは、歳三がその手紙の中で、実際に宛先はないが彦五郎(多分)あてに書いていたものである。

この慶応三年という年は、6月に新選組の面々が直参に取り立てられていて、歳三は「見廻組肝煎格」という役職であった。
昭和13年まで生きて、新選組で最も長生きしたと思われる池田七三郎が子母澤寛に語った話によると、

「黒紋付に仙台平の袴をはいた歳三は、一万石や二万石の大名にも引けをとらなかった」

と、証言している。

歳三は、二度目の隊士募集に、慶応3年9月の下旬に京都を出立した。
10月8日に日野の佐藤家についているが、このとき斎藤一が一緒だったと「聞き書き新選組」は語っているが、間違いである。
斎藤は、御陵衛士の伊東一派に潜入しているので、ありえない。
斎藤が新選組に帰還するのは11月10日だといわれている。

このとき、井上源三郎が歳三と一緒だったことは事実であるが、その割には、井上家にもそのほかこの地で(日野)、源さんのことは、不思議と語られていない。

歳三はこのとき、何人かの新入隊士を引き連れて京都に引き返しているが、先の池田のほか、新選組に入りたくて京都まで押しかけていったこともある松本捨助、源さんの甥に当たる井上泰助、また、このあたりで(武蔵野国や甲斐国)隊士募集の下工作をしていたといわれる中島登などがいた。

慶応3年という年は、新選組内で6月に立て続けに事件が起こっている。
10日に幕臣取立てが決まり、その2日後に不満に耐えかねた佐野七五三助、茨木司ら4名が守護職邸を訪ね脱退請願書を提出するが拒否され、その場で切腹したとされる。
その翌日15日には、屯所が、西本願寺から不動堂村に移転しているし、そのまた7日後には、武田観柳斎が殺されている。

慶応3年は、その後は新選組としてたいした事件は起きていないが、再び、11月と12月に大きなものが集中している。
11月は、坂本龍馬暗殺事件が15日で(結果として犯人は見廻組らしいが、当時は新選組が疑われていた)、18日が油小路暗殺事件、12月は7日に天満屋騒動、18日に近藤狙撃事件である。

唯、10月14日に例の大政奉還が京都の二条城で告示されるのだが、このときは、土方歳三一行はまだ江戸にいて、21日に立っているが、初めてこの情報を耳にしたのが大津についた時で、11月1日だったらしい。

いち早く、佐藤彦五郎にこの大事件の速報を届けているのが、今度公開された手紙である。
だから、『京師表時勢柄追々切迫』なのである。

この頃は、情報の届くのが今から見れば極端に遅いのは使用のないところだが、それにしても、「大政奉還」という大事件だから、江戸には早飛脚で届けられたに違いない。
船を使い、その気になれば、3~4日で届くといわれているので、歳三が気を使って速報のつもりで出した手紙だが、もしかしたら、もうとうに彦五郎のところには、その情報は入っていたかもしれない。

いづれにしても、この大政奉還という大転換は、近藤や土方歳三には、大ショックだったに違いない。
せっかく直参に取り立てられたのも束の間、その徳川幕府が崩壊するのであるから。
それだけならまだしも、12月9日には王政復古の大号令で、慶喜が罪人とされて、『徳川断絶』の危機が迫ってきた。
忠臣蔵は、浅野家断絶を徳川将軍家が行なったものだが、今度はその徳川が薩長によって断絶の危機にあるわけだ。

(よく、西郷は徳川を武力討伐するために、徹底して戦争を仕掛けたといわれるが、それは、時代を変革するためにそのとおりであっただろう。だが実際は、徳川を残すために西郷は最後まで100万石は残してあげたいと、主張した。しかし反対する藩も多く、最終的に70万石で駿府に移転となった)
こうした時期の、近藤や歳三の心境を改めて考察してみたい。

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コメント
シノピリカさんへ
『シノピリカ』
この響き、何となくよいですね。
血風録の最後のタイトルがこれでしたね。

そうですか。
あの、井戸端会議、いよいよやるんですか。
この間は、中止になってしまって。
京本政樹さんと。

そういえば、あの3日間、本当にいまだに夢のような日々でしたね。
今思い起こすと、よく、あんなとてつもない発想のイベントが行えたと、振り返ります。
あなたが、いまだに引きずっているという感覚、わかります。
おそらく、ほかの人たちも、同じ感触で毎日を過ごされている方もきっといますね。

京本さんからもらったという帽子、僕との最終日のトークショウの時に、栗塚さん、皆さんに見せていましたね。

それと、司馬さんの記念館で血風録の上映会を行っているんですか。
この間、NHKの衛星で現代版の血風録をやっていたそうですが、僕のところには、あまり良い評判は入ってきていないですね。
だから、やっぱり、土方は栗塚だと。

栗塚さんは、NHK大河の時、山本耕史に、「これからは君が土方歳三」
だと、言ったそうですが、やっぱ、栗塚さんですね。

もう一回、あの時の人たちと、栗塚さんと、気持ちのある人たちが集まって、お話ししたいですね。
2011/07/25(月) 00:47 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
ご無沙汰しております
ご無沙汰しております。私はまだまだ5月の夢の中にいて、『人間土方歳三』と『燃えよ剣』をかわるがわる読んでいます。7月18日から、大阪の司馬遼太郎記念館で栗塚旭主演『新選組血風録』の上映会が始まりました。ただ今のところ、皆勤です。日野で栗塚さんとご一緒に『燃えよ剣』を拝見したときも、大きな感動がありましたが、司馬先生のお膝元でみる『血風録』も格別の感動があります。石田村と司馬先生の書斎が土方歳三の故郷だと思っています。

明日7月25日4時05分から55分まで、栗塚さんと京本政樹さんご出演のNHKラジオ第1『ラジオ井戸端会議・時代劇俳優が語る!土方歳三こそ本物のサムライだ』が放送されます。急なお知らせになってしまい申し訳ありません。もしおよろしければ、お聴き下さい。

『人間土方歳三』、小説というより「幕末についての教科書」という感じになってきました。知らないことをたくさん教えて頂いています。有難うございます。
2011/07/24(日) 20:34 | URL | シノビリカ #auyQKGwQ[ コメントの編集]
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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