村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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≪新選組検定≫に思う

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来月の3月18日に新選組検定なるものが行なわれる。
僕も、検定の出題をやってみたくて、問題を100問作ってその回答や解説も書いたことがあったが、これを実現させるにはいくつかのハードル、難問があって、それらをクリアーにすることがとても難しくて、棚上げになっていた。

そしたら、どこかで始まるという。
調べてみたら、
何と、僕の住んでいる日野市が『後援』のトップに上がっていた。次に会津若松市、函館市、調布市などが続く。
うちの市長がトップでコメントを書いていたが、検定に際して「おめでとう」的な文言があるのかと思ったら、検定に関することは一言も触れていなかった。
会津の市長も同じであった。
ただ、薄桜鬼というアニメを賞賛しているだけだった。
どうして、このアニメを賞賛するのか、不思議である。

この検定に関心のある人が言っていたが、3級問題の中に、薄桜鬼に関する問題が出るという噂もあるとか。

主催は、新選組検定事務局とあるが、実態は、運営のヒューマンソシリア(株)・日本出版販売(株)なのだろう。

この日本出版販売(株)という会社、略して「ニッパン」といわれるところだが、龍馬検定をはじめ、これまでに、二桁の検定を行なってきているという。

こういう検定は、社会的に関心事であることから、また全国的にマニアなどが多額の旅費をかけて受験しにきたりするから、責任感を持って執行しなければならない。

内容が歴史上の史実に基づくものであるから、そのすべてが真面目なものでなければならない。
果たして、新選組という題材が、歴史的真実に基づいて出題してゆくことが出来るのだろうか。
僕は、このブログでも何回も書いてきたが、新選組はわかっていないことが多い。
が、その割には、歴史的真実または史実のような伝え方がされてきているものもある。

まだまだ、映画や小説、聞き書きなどを持って新選組を語ってきている節が殆んどである。
新選組のバイブルといえば、子母沢寛の新選組3部作が挙げられている。
あの司馬遼太郎でさえ、それらを模範にして新選組を語ってきている。
元が間違えていれば、その後もズ~ト間違える。
試衛館の場所は、小石川になっている。
今では、牛込柳町が定説になっているのだが。

僕の友人で新選組ガイドをしている人が、『燃えよ剣』の中の記述の間違いが際立ってひどいので、大阪の司馬遼太郎記念館に電話して、その間違いを今からでも直したほうが良いという連絡入れたことがあった。
勿論、断られた。

土方歳三は、本当に腰に木刀を差して、背中に石田散薬の箱を背負って道場破りをしていたのだろうか。
石田散薬作りに、女子供を使って采配を振るっていたという史実はあるのだろうか。
それが、後の新選組副長の采配に役立ったという小説上の話が、本当のように子孫の間で伝わっているが。

石田散薬という名称も、甲陽鎮撫隊という名称も、明治期に入ってからつけられたものだという話もどうやら本当のようだ。

この新選組検定、新選組研究では第一人者のK.A.氏が監修するという。
彼の研究は真摯なものが多いから、僕も敬服している。
その出題者自らが講師となり直前の合格対策講座をやるらしい。
個人的には講座をやるなら、出題者以外の講師にしてもらった方がいいような気もするがーーー。

主催・運営者は儲けることしか、考えていないのかもしれない。
だって、受験者は、誰だって、出題者が対策講座をやるんなら、受けざるを得ないでしょう。
受けなきゃ、試験に絶対不利である。

僕は、『江戸文化歴史検定』を、始まって2年目に受けたことがあった。
そのことを、このブログに書いた。
かなり、酷評をした。
どうも、やり方が、商業主義的で、すべてに誠実さが感じられなかったからである。
あれは、江戸東京博物館が深く関与して始まったものだが、それなりのオーソリティーがあった。
が、いまは、その博物館も距離を置くようになった。学芸委員に聞いてみた。
「やばい」と、感じたらしい。

龍馬検定というのも聞いたことがある。
あれも、どうやら、ここ2年は開催していないようである。
『ニッパン』が主催している。
こういう、検定というものは、始めた以上は毎年開催する義務がある。
でないと、受験者に失礼である。
というより、背信行為といえる。
前年に落ちた人は、来年に向けて再び猛勉強に励むものである。
それが、開催されませんなんていうことが許されるのか。
そう思うのは僕だけだろうか。

皆さん、受験者は真面目なのである。
お金も相当に使っているのだ。
地方から、東京に出てきて受験すれば、結構な金額が必要だ。

この新選組検定も最初の2,3年で尻切れなんてことのないようにして欲しい。
来月行なわれる検定の出題を見て、再び、論評したい。

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コメント
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2012/03/25(日) 00:51 | | #[ コメントの編集]
No title
はじめまして。
ときどきブログを拝見させていただいております。
この検定が始まると聞き、違和感を感じた者の一人です。
第一回検定がどのような問題であったのかわかりませんし、知るつもりもないのですが、何の公的資格にもならない検定に自己満足以外の意義があるのだろうか?その満足のために監修者が直前講習を有料で行うのは金もうけ以外の何なのだろうか?そして直前講習に土方家の方まで動員し、検定の勧誘ともとれる記述がその資料館のブログにアップされるのはいかがなものだろうか?(あるいは業者に頼まれているのかもしれませんが)・・・・・・などとあまり好意的な感想は持っておりません。新選組の面々も生身の人間であり、その一人一人を、そして彼らの行動の軌跡を、美化することなくそのまま受け取ることが大切なのではないかと考えております。その向こうに「人間とは何か」という一端が見えればそれで良いのだ、と私は思っています。
ですから、新選組に興味をもって研究なさっている研究者の筆頭に挙げられる方や、祖先に新選組ゆかりの方をお持ちの方で多くの人の前に出る機会のある方には、ことに慎重になっていただきたい・・・とも思います。
以上でしゃばった感想を申し上げました。
2012/03/24(土) 10:33 | URL | M #-[ コメントの編集]
新選組検定、頑張れ!
にぽぽさんへ

昨年、あの時、ご一緒だったのですか。
あの3日間、竜宮へ行ったかのように楽しい日々でした。
また、ああした機会ができるといいですね。
主催したmunn様にお願いいたしましょう。

さて、
新選組検定。

僕は、「新選組が好きですか」と、聞かれると、実は、返答に困る。
自分は、あの集団が好きなのかどうか今でもわからないのです。

幕末に生きた様々な若者達、血気にはやって命を粗末にしてしまった人もいました。
あの時代に生きた人たちは、敵味方を問わず皆、魅力的です。

僕は、よく考える。
なぜ、近藤は、道場を閉じてまで、浪士組なぞに応募したのか、と。
生まれて間もないタマという娘もいたし、勿論ツネさんという奥さんもいた。
近藤周助という義父もいたしその女房もいた。

道場には、弟子たちだっていたし、何よりも、天然理心流四代目の宗家を継承しているのだ。
それらすべてを捨てて、命を懸けて、京都に行く。
何のために。

人はよく、「武士になりたい」から、という。
確かに、近藤は将軍家指南役に受験して落ちてしまっている。
百姓身分が、落ちた原因だとされている。
武士の資格がほしかった、という主張も頷ける。

でも、僕は、あえて、
近藤は、『熱い尊王攘夷』の思想を持って、その実践のために、つまり、
日本国のために上洛したと思いたい。

純粋だったに違いない。
それが、佐藤彦五郎や小島鹿之助を動かしたのだ。
後のことは、この二人に任せて多摩を去ったのだった。

この想いが新選組に発展した。
果たして、土方や沖田総司たちがどの程度、近藤を理解していたかはわからない。
きっと、近藤ほどの一途な想いはなかっただろうと推測する。

こういう、生真面目な統領の新選組。
一時は良い時もあったが、大政奉還、王政復古、鳥羽伏見の戦と続いて、運命は逆回転していった。

新選組を楽しむのはいいか、
これを材料にして利潤を追求し、その結果、歴史を捻じ曲げるのだけはよしてほしい。

僕は、近藤さんや土方さん、沖田君などの真実を知りたいから。





2012/03/08(木) 01:20 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
No title
村瀬さん、こんばんは。
昨年5月の石田散薬イベントのおり、府中にてK氏を交えての夕食(宴会?)に参加させていただいた八王子在の者です、ご無沙汰しております(^^

新選組検定、申し込んでみましたが、実は、村瀬さんご指摘の通り、一体どんな問題が出て、何が正解となるのだろうと思っております。
K.A.氏が監修なので、ヘンテコな事にはならないだろうと期待しているのですが・・・。

『薄桜鬼』はゲームをしたことはありませんが、アニメはそれとして楽しみました。

新選組好きの一人として、史実の新選組やその時代に興味をもつチャンネルがあることは大歓迎です。
今回のような検定も、新選組の人気があるゆえに取り上げられるのだろうと思えば、何もないより嬉しい事です。

しかし、なんだか最近は、『薄桜鬼』をもって新選組を語る方々が多くて、ちょっと辟易しています。
検定にも『薄桜鬼』の協賛は、ちょっと違和感を覚えました。

日野新選組まつりも、今年は『薄桜鬼』のキャラクターの格好を許可したらしいですよね・・・集客を高めるには目玉がないといけないのかもしれませんが、それでいいのかという思いも少しあります(^^;

私などは、八王子であっても都内ですから(笑)、受験会場までの交通費もいかほどでもありませんが、地方から出てくる方も多いはず。
村瀬さんのおっしゃる通り、誠実に、継続性をもって運営していただき、芯のある新選組好き(笑)が楽しめる検定にしていただきたいと思っています。

試験、どんなだったか、またお邪魔しますね!


長文、失礼いたしました。
またお会いできる機会がありましたら、西郷さんのお話や歴史の話を伺いたいです。
お体、お大事になさってくださいね!

では(^▽^)/”
2012/03/07(水) 22:55 | URL | にぽぽ #-[ コメントの編集]
こんばんは。

私のような意見で良かったのでしょうか。本当に光栄です。嬉しいです。

うん、そうですね。決め付けすぎるのはいけません。
彰吾さんとは別の例え方になってしまいますが、

まず、例えば、

誠の武士はなんぞやと問われたら、私は、
人をあやめるのは武士ではないと応える。

誠の男はなんぞやと問われたら、私は、
喧嘩ができる、女を抱いたからといって、
「俺は男になったのだ」と威張るような男は、男ではないと応える。


この私の意見は他人から見れば、間違いなく反感を買うだろう。

それぞれ、物の見方や価値観などが違うから、やたら決め付けないのも大事、なのかもしれない。

白黒ハッキリつけなければ気がすまん性格なものですから、どうしてもそこら辺は我慢できんのですね~。やれやれ。


そういえば、彰吾さんはサックス奏者なんですね。

私は、大牟田奏友会という地元のバンドでパーカッションをしている女です。何かのご縁なのか、徳川さんという方がいらっしゃいます。

私は未熟者なのですが、お互い奏者の立場もあるので、親近感を覚え、また嬉しいです。

また、いつかお話を。

彰吾さん、おやすみなさい。

お体にお気を付けて。

それでは。
2012/02/27(月) 23:08 | URL | ウサギ #-[ コメントの編集]
何が史実、厄介ですね。
うさぎさんのようなコメント、
大変、ありがたい。
こういうの、待ってました。

僕の小説の、最初のほうで、
試衛館の連中が、いつから人を斬るようになったのかを、問題に
している個所があります。

これは、僕自身が知りたいことなので、わざわざこれを話題にしたのです。
新選組の人たちが、言い伝えでは、当たり前のように人を斬っていたように伝えられています。
でも、彼らは、いったいいつから人を殺めるようになったのでしょう。

京都に行って、いきなり人を斬るようになったというのも、不自然さを感じたので、江戸で「外人斬り」をしていたことにしたのです。

近藤さんや歳蔵、総司たちは、どの程度強かったのでしょうね。
剣術家としては近藤さんかな。
歳蔵や総司は、やっぱ、喧嘩殺法かな。
山南さんあたりは、作法に忠実な人だったかも。

こういうこと、考えていると楽しいですね。
皆で、楽しく議論していると夢が膨らんできます。
わからないことが多いのですから、
やたら、
決めつけないことが大事ですね。
2012/02/27(月) 00:49 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
こんばんは。初めてコメント致します。

私も思います。

ただ美化するためだけの後付けのエピソード。

そんなものはいらない。

しかし、小説家は、勿論それで食っていくために、史実を大いに装飾する必要があるし、まず、そうしなければ客の注目を集めることも出来ますまい。

確かに、昔の多摩人は、皆が皆喧嘩ッ早くて、人を簡単にあやめることは、今と幕末とじゃあ違うわけですよね。

喧嘩で死ぬのが当たり前な時代だった訳ですから、近藤さんも歳も、京に上がる前はもう既に人殺しだった確立が高いわけですよね。

いや、私には分かる。人をあやめてると。

ショウゴさんの言う通り、ミゾソバを巧く人を動かして刈り取ったのは違和感感じます。

私は歳は、たくさん喧嘩はやったかもしれないが、喧嘩師と呼ばれるほど喧嘩は強くなかったと思う。

すみません。ついつい文が長くなってしまった。

小説とアニメと漫画と、史実と混同してしまうのは、厄介も何も本当に困り物ですね~。
2012/02/26(日) 22:35 | URL | ウサギ #-[ コメントの編集]
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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