村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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新選組という組織、自由、平等、民主的?

こないだのサッカー。
日本が北朝鮮に勝って目出度くワールドカップ参加の切符を得た。
大変嬉しいことで、来年に向けて楽しみは出来たし、期待と希望が膨らむのだが、無条件に喜べないのが僕の性分だ。
何か、新選組の続編が決まった事に似ているような気がしてーーー。

決まったことは嬉しいのだが、新選組は正月番組で2時間枠と聞いている。
2時間であの後、全部やるのか?
今、会津地方では、ひょっとすると会津も仙台も飛ばされて、いきなり箱館から始まるんじゃないだろうか。
それじゃ、続編が決まった意味がないではないか、という議論があると聞く。
今年の会津秋祭りは9月22,23日、毎年恒例のこととして行われるが、山本耕史さんをゲストに迎える話が進んでいるらしい。
もし、箱館から始められたら、さぞかし会津の方々はがっかりするに違いない。

僕は、土方歳三の後半生を映像化するのに、最低5~6時間は欲しいと願っているのだがーーー。

あっ、サッカーのことだけど。
あの試合をご覧になっておられた方は、よく覚えていると思うが、北朝鮮の選手が試合中に日本の選手に暴力を働いた。
もちろんレッドカード。
『なんてこと、するんだ』と、あの瞬間は頭に来た。
だが、何度かそのシーンをビデオで再現したときに、加害者の選手の顔が如実に映った。
殆んど、泣きそうな形相だった。
僕には泣いているように見えた。
北朝鮮のイレブンは全員、彼と同じ想いだったに違いない。

北朝鮮国内での幼児期からの独特な教育で、日本という国に対する憎しみがああゆう形で出たといえるのだろうが、僕には、違うように写った。

『日本に負ける』などという為体(ていたらく)は、あってはならないことであり、あの国では国辱なのである。
韓国や米国に負けても同じなのだが、日本に負けるということは、もっと特別な意味を持つ。
過去に、オリンピックを始めとした国際大会で、負けて帰ってきた選手たちは、多くが収容所行きだったと聞くし、または、炭鉱などで強制労働だった。
これらは、もとオリンピック選手だった者が脱北して証言している。
負けた相手が日本だとしたら、もっと過酷な仕打ちが予想される。

イレブンたちは、負け試合をしながら次第に絶望的な気分になってしまった。
自分のこともだが、家族たちのこれからの行く末を思えば、悲しみ苦しみがああした行動を起こしてしまったのではないか。
その気持ち、痛いほどわかる。
だから、僕は彼らに同情してしまう。
でも、マスコミを始め、日本のサポーターたちはそうしたことに予測はついていても、誰もしゃべらない。
“大お祭り大会”
「よかった、よかった」
「バンザーイ」
せめて、古館さんぐらいは、そのこと、言ってもよかったんじゃないか・・・。
『寂寥感』

ところで、監督のジーコという人は、管理サッカーではなく、個々の選手たちに自ら自由に判断させるサッカーをさせたそうな。
ここのところ快進撃を続けているプロ野球のロッテの監督バレンタインも同じで、練習は程ほどにして家庭を大事にしろといっているらしい。
自分の調整は自ら管理すればよいのであって、チームや監督の命令で行なうものではないのかも知れない。
それがプロの世界か。
すると、これまでの日本の野球やサッカーはなんだったのか。
幼児期から青年期にあったのかもしれない。
だから、藤田、森、野村監督のような『管理する』人が必要だった?
イチローや二人の松井などのように、自分で考える。
これから大人になるんだ。

新選組という組織はどうだったのだろうか。
土方歳三の独壇場だったのだろうか。
きっとそうに違いない。
新選組は軍隊であった。
軍隊は隊規や命令、上官の指令が絶対で、個々がものを考えてなぞという甘いものではない。
反発すれば、震え上がれような制裁が待っていて、当然のこととして粛清の対象になる。
土方はこれで通した。
それが成功した。  
体内的にも、外的にも、怖くも悲しい統制のとれた組織が出来上がった。
だが、土方という男、頭のよい人で、むちばかりを振るわなかった。
同時に飴も用意しておいた。

「ここにいれば、飯の心配はいらねえ、女も抱ける」
「手柄を立てれば、給金のアップとボーナスもある」
「出世だって望める」

という出自、身分を問わない『完全実力主義』を貫いていた。
これは、徳川幕藩体制の中にあって画期的なことなのである。
なんと、平等、博愛、民主的?
といっても、本当のところは、だいぶ土方さんの個性が先行していたと、思える節がありますがね。

人間、こぶしを振り上げるのは簡単だが、下ろすのが難しい(夫婦喧嘩でも)。
土方歳三は、降ろすなんてこと、考えていたのだろうか。
部下たちのことを思えば、考えざるを得なかったであろう。
だから、ああゆう風に独りで死んでいった。

桧舞台に登場しているうちは、自らは気分はいいが、観客はいづれ飽きてくる。
時には、「もう、いい加減にしろ」とまで。
だから降壇が難しい。

権力を独り占めにしてきた人は、どういうわけかそれにしがみついて、離さない。
引き際、後輩へのバトンタッチが難しい。
往生際の悪いのは、成功した人間でも後味を悪くする。

『ナベツネ』さんの、往生際はーーー。
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コメント
ジーコ監督は管理者としてやるべき事をせず無闇に自由を与えているだけですが・・・・

比較できるシロモンでは無いですよ。

サッカーサポ歴20年
新選組史実ファン歴20年
良くここ最近土方とジーコや中田選手を比較されるマスコミを見ますが、どっちもある程度永く見てきた人間としては物凄い違和感がある現状です・・・。
2005/06/17(金) 01:45 | URL | kyco #-[ コメントの編集]
誤字・脱字
すみません。一部日本語になっていないところがありますが・・「読んでみて思ったのは~ということです」などと書くべきところをなんだか動詞が2つ出てきちゃったりしてます。ごめんなさい!推測できない箇所があったらお知らせ下さいませ。
2005/06/15(水) 23:07 | URL | つぼみ #6qw.JKg6[ コメントの編集]
新選組の組織としての斬新さ
去年自分なりに新選組や幕末の日本のいろんな組織を本で読んでみて思ったのは、新選組は幕府のサブ組織として作られた割にはものすごく新しい考え方を自然に取り入れている組織だなあ、と感じました。

たとえば坂本龍馬なんかは現代人の多くの人が、新しい視点に立った幕末人として評価していますが、新選組は幕府の側についていたせいか、旧体制を支持した古い考えの人たち、と思っている人も結構いるのではないでしょうか。

まあ、負けた側の歴史やシステムを詳しく教えるわけもないので、みんなが知らなくてもしょうがないのですけど・・。ちなみに私の母は、去年の大河ドラマを見るまでは新選組といえば‘人斬り集団’と決めつけていました。とても嫌いなので私が大河を見ることが理解できない、と当初は言っていたのです。それが一年経ったとき、なんと母も横に座って楽しみに見るようになっていました。それだけでも三谷さんが新選組を取り上げてくれてありがとう!という気持ちになりました。

今は私と一緒に新選組縁の地巡りもしてくれるようになり、正直言ってここまで変わるとは思わなかったので驚きです。昔からの新選組ファンの一部の人たちには脚本や配役に不満のあった方もいたようですが、私はまず彼らを取り上げてくれたことが功績だと思います。世間の人の新選組に対する認識もちょっとだけど変わったと思いますし。より多くの人に正しく彼らの生き方を知ってもらうには、これからがまた頑張りどころですね・・。

ところで私は先週末、また函館に行ってきました。五稜郭の新タワーもだんだんできてきて、完成が楽しみな状況です。
2005/06/15(水) 23:04 | URL | つぼみ #6qw.JKg6[ コメントの編集]
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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