村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日野ケーブルTV出演模様の動画をUP

2005年6月8日
日野ケーブルテレビ『ウィークリーひの』

番組に村瀬が出演している模様(8分)はこちらから見ることができます。
プロフィール、日野での新選組情報、自著『人間 土方歳三』の紹介など。
スポンサーサイト
コメント
村瀬さん、ありがとうございます。
村瀬さん、お役所の平日業務が忙しい中、こんなに丁寧にお答えを頂き、なんとお礼を申し上げてよいのかわかりません。
興味深く読ませていただきました。土方歳三の女性関係についてはホントに謎が多いですよね。だからほとんど「作品ごとに相手が違う」状態です。
小島鹿之助にあてた手紙についての村瀬さんの解釈、すごく興味深かったです。リアルで、でも故郷に対する歳三の気持ちが感じられると思いました。
私は単なるミーハー新選組ファンで、史実は二の次、フィクションとして新選組作品を漁っているだけの低レベル人間なのですが、少しずつ史実のことにも目を向けていこうかと思っています。去年と今年、2回日野を訪れて、歳三が確かにいたような感慨を持ちました。日野大好きです。これからも、新選組イベントで大いに活躍してください!http://yaplog.jp/tosizukin/archive/48

2005/06/21(火) 21:57 | URL | としずきん #-[ コメントの編集]
土方歳三の恋人と子について
このご質問にお答えするのは、なかなか大変。

よく言われるんです。
「村瀬彰吾さんは、日野で新選組のお仕事をされているし、子孫の方々とも交流があるし、特別な情報があるのではーー」と。

実のところ、そんなものはないのです。
新選組や土方歳三については、すでに調査し尽くされ、深く研究されてきていますので、それ以上の特別な情報なぞありません。
若しあった場合、いつかは新聞紙上などで公開され、直ちに、それが世界中の人たちの共有情報になりますので、秘密のものなぞはありえないのです。

だから、例え子孫とはいえ、書籍や研究書などで発表されている以上の資料、情報はないといえます。

一昨年の秋、佐藤彦五郎の日記が公開され、これは、僕がずっと「絶対、あるはず」と確信していたものがとうとう発見されたわけで、小躍りして喜びました。

準備を整えて記者会見をし、翌日の新聞に大きく載りました。
こういう性格のものですから、特別なインサイダーの秘密事項なぞ、西武じゃないから、ない。

そうはいっても、発見されてから公開までは何ヶ月もかかります。特に、文書の場合には、解読しなければなりませんので、1年以上も秘密にしておくこともあります。
確信を持ってからの、発表にするからです。

実は、ここだけの話し、まったく違ったことですが、発表できないものも、今ありますよ。でも、それは、近いうちに公開するでしょうが、それは持ち主の意向と準備を整えてからのことになりますから、いつになるか。
だから、これ以上はいえないのです。
日野は、新選組の宝庫です。
まだまだ、眠っていますよ。

話がそれてしまいました。
ですから、その上で、私が持っている資料と想像、推測などで、ご質問にお答えしたいと思います。

ノストラダムスの大予言というのが、ありましたよね。
最近、あまり話題にならなくなってきましたが、地球が爆発するのではと、一時は大変な騒ぎでしたよね。
でも、ノストラダムスが爆発するといったわけじゃなくて、彼が書いた詩の意味がそうなのだと、解釈してきた人たちが勝手に決めつけた。
新選組もこれによく似たところがありまして、すでにある情報によって、研究者や小説家が仮説を立てるってものですね。

土方歳三が小島鹿之助にあてた手紙がありまして、文久3年の11月だといわれています。
この中に、舞妓や芸妓にもててもてて、ラブレターがたくさんあるから、それを送るよ、という内容のものです。
実際、送ってきたようなんですが、僕は信用できないんですよね。
勝手にそう思っている。
小島さんには悪いがーーー。

文久3年の3月中旬から、壬生の浪士連中は、晴れて京都守護職松平容保のお抱え私設軍隊になれた。
その月のうちから、市中見回り、逮捕、斬殺などを行なったようですが、金銭的にはどうだったのでしょう。

4月2日に、鴻池に200両の借金をし、その後も行なっている。まだたいした活躍もしていない時期です。世間から認められた最初は、8月18日に例のクーデターに出動したことでしょうか。これだって、出動しただけのことで、ご褒美に値するほどのものなのか、僕にはわからない。
でも、このときに『新選組』の名をもらったということになっている。
9月に芹澤を暗殺して、試衛館の天下になったわけですが、この間、土方歳三自身、祇園から始まって上七軒、島原、大坂新町、北新地などの花町で豪遊するほどの金があったのか、不思議でならないのです。
あの世界、女性にはわかりにくいかもしれませんが、一度で5両や10両はすっ飛ぶのです。今の金に換算すると、20万円や40万円ぐらいでしょうか。それを、毎晩のように繰り返せるものでしょうか。
舞妓や芸妓からラブレターが来るようになるには、結構な馴染みにならなければ不可能なことです。いくら歳さんがおとこっぷりがいいたって、先立つものは同じです。
無銭飲食や豪遊なぞできっこないのです。

歳三の手紙は、筆跡からは本人のものに間違いないと、僕も断定していますが、内容はかなりの誇張があるのでは、と思うのです。

ふるさと日野の人たちや小島家、橋本家の人々を安心させるために、何の心配も要らないんだと言いたいがために。
また、幾度も失敗して日野に舞い戻ってきた自分だけに、「二度と日野の土は踏まない」という固い決意を印象付けるためのものだったのはないでしょうか。
僕は、こういう気のつかい方をしなければならない土方歳三に、なんともいえない哀愁を感じるのです。
わざわざ、こんな戯れ歌までそえて、

『報国の心を忘るる 婦人かな』

余談ですが、私の「人間土方歳三」という作品は、歳さんや近藤さんの悲しい運命と京都での華やかさ、そして時代に逆流せざるを得なかった男たちの壮絶な生き様が、物語になっているんですよ。

お尋ねの君菊のことですが、確かに、歳さんの手紙の中に出てきますね。
でも、子供のことは書いていない。

これは明治22年5月に、彦五郎の長男俊宣が本田退庵という人を探しに九州へ出かけた帰り、京都へ寄ったときに起きたことなんです。

俊宣は近藤さんの行方不明になっている首を探したかったのですが、西本願寺にいた島田魁のところへ寄ったときに、土方歳三の子の話が出たそうです。

俊宣は、思い出した。そういえば、小島鹿之助の長男守政が書いた『慎斎私言』の中にこういうのがあったな、と。

土方歳三之在京、有狎(こう)妓、生一女而夭、妓亦後嫁人、不審所在。

(歳三の在京中、馴染みの芸妓がいて、一人の女の子が生まれたが夭逝し、後にその芸妓は他家へ嫁いだが、その所在は知れない)

そして、俄然その子が実在したのか、母親は健在なのかなどを調べたのですが、母親も「君鶴」という名だそうですが、4年前、すでに死亡していたということです。

この話、君菊と君鶴、ちょっと違うのですが、同じと考えて。
信憑性はあるのですが、ーーーこれは日野の佐藤家に伝わるお話ですね。本当のことと思いたいのですが、さっきも書いたように、歳三さんがどれほど、京都で遊んでいらしたのか。
あの手紙はありえないと思っているので、皆さんの夫々の解釈でよろしいのでは、と考えます。

てんで、長くなってしまいました。
これでも短くしたんですよ。
まだまだ、この件については、書きたいこともあるのですが、ブログでは長すぎるのでーーー。

ご感想を、お寄せください。

村瀬彰吾
2005/06/21(火) 20:45 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
としずきんさん、はじめまして
テレビ写り、イイ!

それは、それは、有難うございます。
自分は、嫌いなのですが、ほっとしました。

ところで、「帰ってきた象」をご覧になったんですね。
そうですよ。僕がリサイクル推進課長をしていた五年前、日野市の「大ごみ改革」があったんですが、その際に創ったものなんです。
殆んどが新聞紙からのリサイクルです。只、市販されているトレペと比べると高めですね。
生産量が少ないので、どうしても高くなる。

あれで面白いのは、トレペのキャラ。
きた象君が包装紙にアニメで描かれているんですが、日野市のゴミ袋にも同じキャラが描いてありまして、かわいい歳三風になっています。

先日、日野市内の女性から言われました。
「あれが、日野市のキャラクターなんでしょう」と。
あれは、ゴミ袋とトレペだけのものなんですが、市民はすでに親しみを持ち始めていました。

昨年の『大河ドラマ』の際のキャラは「幕末チャレンジャー選之介」なんですよ。
わからない?
そうですねーーー。
昨年の大河の最後に、「ふるさと紀行」というコーナーがありましたが、その最後に犬といっしょに出てくるかわいい隊士を覚えています?
あれは、某国営放送が日野のキャラをまねていつの間にか使っていたものなんですよ。
だから、あれに似てる。
何だか、逆の話しですが。

あっと、
君菊とその子供のことですが、これは、明日また書きます。
2005/06/20(月) 18:37 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
村瀬さん、はじめまして。としずきんと申します。日野新選組祭りの頃から、こちらのサイトに時々読みに来ておりました。今回初めて画面でお姿を拝見し、若々しいし、テレビ写りもいいと思いました(正直な感想です!)
「日野市役所新選組特命主幹」なんて素敵な肩書きでしょう!リサイクルのほうもやってたとかで、あの、日野に行ったとき感心したトイレットペーパー「帰ってきたゾウ」のネーミングにもかかわってらしたのでしょうか?

実は、村瀬さんにお願いがあるのです。私のブログで「土方さんの娘と君菊」について質問があったのです。すごく関心があるのですが、知識がなくて全く答えられません。村瀬さんは歳三の実像について研究されているということで、何かご存知でしたら示唆をいただきたいのです。(うちのブログへのコメントでもこちらでもどちらでも結構です。)
突然やってきて図々しくて申し訳ありません。何とかよろしくお願いいたします。

2005/06/19(日) 23:03 | URL | としずきん #-[ コメントの編集]
絵の具さん、お久しぶり
最近、新聞や様々なメディアに出ることがあるんですが、実は、今から5年前の方がもっと多かった。
その頃は、『ごみ減量、リサイクル』の仕事をしていて、日野市が大改革をしたものですから、連日のようにテレビ局や新聞社が来ていた。
当時は現場の責任者だったので、忙しさと責任の重さで、自分自身を失っていましたね。

今は新選組。
幕末と新選組の魅力にひかれて、やっぱ、今でも引きづられているかも。

本当は、自己に軸をおいてあの時代の人物や様々な出来事を書きたいのですが、自己中心にするには豊富な知識と想像力、自信などが必要になります。
そういうものを備えるには、日々の勉強、精進しかない。
俺って、本来怠けもんで、そういうの向いていないんだよなって、いつも自分と戦っているんですよ。

ところで、ああゆう放送を見ていて、いつもがっかりしています。自分の顔が大嫌い、声ももっといやだ、しぐさも駄目。
僕は、テレビ移りが悪いと、自分ではいつも思うのですが、他人に聞くと、「あんなもんだよ」といわれてしまう。
実物は、もっと若々しいですよ。
2005/06/18(土) 09:29 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
村瀬さん、こんばんは。

動画拝見しましたよ~。ブログや新聞から想像していた村瀬さんより若々しい(ごめんなさい 汗)感じを受けました。声のトーンのせいでしょうか(^^)また、何か面白い情報などがあれば教えてくださいませ。

また、
2005/06/18(土) 00:48 | URL | 絵の具 #ZBcm6ONk[ コメントの編集]
コメントの投稿
【Font & Icon】
管理者にだけ表示を許可する
村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
    サイトに関してのお問い合わせ(動作不具合など)は管理人までお願いします。
    村瀬へのメールはこちら






リンク
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

カテゴリー
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新の記事
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

最近のコメント
最近のトラックバック
ブログ内検索
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。