村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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長島・王=貴乃花・若乃花=土方歳三・山南敬助

先日の野球中継に、久しぶりに長島さんが姿を見せた。
彼の声がテレビを通して聞けるのかと期待していたが、やはり無理だった。
右半身が不自由なのか、左手で観客や視聴者に挨拶をしている姿が、僕には痛々しく見えたーーー。

ここ数年、野球人気が落ちてきていて、ジャイアンツ戦は、一時は20%の視聴率を越えていたものが、最近では10%を割ることもしばしばだ。
ジャイアンツ人気が落ちてきたのか、それとも野球人気が落ちてきたのかはわからない。
少なくとも、イチローや松井を始めとした大リーグへ行った選手たちの人気は、落ちているとは思えない。
以前、大リーグの野球なぞ、全く見向きもしなかった野球ファンたちが、最近は日本の中継よりも大リーグ中継を楽しんでいるらしいからだ。

僕が幼少の頃から数年前までは、巨人戦といえばチケットの奪い合いだったが、今では空席さえ目立つようになってしまった。

僕は小学生の頃、弟と二人で後楽園球場に野球を見に行ったことがある(昭和35年ごろ)。
前売り券を持っていなかったから、当日の外野席なのだが、入場券を買おうとしたら、試合開始の3時間前なのに、売り切れで買えないことがあった。
弟に、悲しい思いをさせてしまった。
僕だって6年生の頃で、悲しかった。
後楽園球場は水道橋駅の目の前だから、ナイター照明の明かりが駅の方に、強烈に差し込んでくる。
僕ら兄弟は、駅のプラットホームから、ナイターの明かりをまぶしく感じながら家路についた。
僕らの周りには、同じようにあぶれた人たちが何百にもいた。
弟に、ソフトクリームを買ってやった。

こうした経験は、東京の野球ファンなら、多くの人たちが経験していることだと思う。

ジャイアンツ人気を取り戻すために、いっときも早く長島さんに復帰してもらって、視聴率アップと観客動員に結び付けようという思惑が見え隠れしているように見えてならない。

長島さんは、読売巨人軍と日本テレビに利用された?
最も彼は、生え抜きのジャイアンツだから、こういう申し出には不満なぞなく協力したのだろうが、見ていた僕には痛々しく映ったし、ほかにもそう見えた方もいたに違いない。
息子の長島一茂氏も娘さんの美奈さんも、家族として猛反対だったそうだが、親族としては当然だろう。
日本テレビは、この日の放送のために何日も前からPRしてきたが、この日だけは負けられなかったジャイアンツだったが、広島カープに4-1で負けてしまった。
長島復帰は、首位のタイガース戦では駄目だったのか。
セ・リーグ5位と最下位チームの争いというのも、今の野球人気を象徴していて、野球ファンとしてはなんとも寂しさを感じるーーー。

ところで、長島さんと世界の王さんはその全盛期に9連覇を成し遂げ、二人でジャイアンツの3番、4番を交代で打っていて巨人軍の屋台骨をしょって立っていたのだが、決して仲はよくなかったらしい。
だからと言って悪かったわけでもないらしい。
両人が切磋琢磨して協力し合い、破竹の連勝街道を歩んで輝かしい成績を読売巨人軍にもたらした。

若乃花と貴乃花の場合はどうだろう。兄弟が切磋琢磨してとうとう二人とも、横綱になった。
すごいことだ。
だから、二人の人気、その好感度は大変なもので、現役時代はすごいフィーバー振りだった。
そんな昔のことじゃないから、多くの人たちの記憶にまだある。
そんな二人が最近、父親の双子山さんが亡くなってからおかしくなってしまった。
いや、何年も前かららしい。
その原因や確執の内容については、週刊誌やワイドショウのレポーターさんたちが鋭意、情報収集してくれているから、いずれ近いうちにその全容が明らかになるのかもしれない。

ところで、こういう確執という事になると、どうしても土方と山南のことが頭をよぎる。
あの二人の仲、対立などはどうだったのだろう。
二人は、試衛館時代から近藤の両腕だったに違いない。
沖田総司は師範代だが、歳が若く、道場主近藤の弟のような存在だった。
性格、思考、行動、理想など、すべてが正反対だったのではないかと思っている。
おまけに山南の剣は土方が大嫌いな北辰一刀流だ(僕が勝手にそう決め付けている)。
北辰一刀流は、例の清河八郎、伊東甲子太郎、藤堂平助たちの流派だが、この3人とも、新選組や後の見廻組のメンバーに殺された。
山南も、殺されたわけじゃないが自ら腹を切った(これも自説)。

とかく、トップの下に二人の実力者、あるいは同格の役職を置けば、必ず確執は起こるものである。
意図的にそうするのなら判らないでもないが、近藤さんはお人よしなところがあって、あの二人はうまくいっていると思い込んでいた。
片一方は尊皇攘夷の思想が熱く、教養もある。
弁も立つし誰からも慕われている。
仙台藩出身の立派な武士の出である。
もう一方は、出は百姓だが、頭脳は明晰で、事に当って冷静な判断と何事にも動じない胆力を持っている。
それに、なんてったって、二人とも剣の達人だ。
近藤はこの二人を副長に持って、自分は幸せモノだと思い込んでいた。
ところが、慶応元年2月23日、山南は腹を切った。
近藤さんは、山南の追い詰められた心のうち、不満なぞ、山南の最後までとうとう判らずじまいだったように思う。

僕は、山南さんの一生が不憫でならなかった。
だから、『人間土方歳三』の中で、思い切り山南の心境を吐露させてみたのである。

長島さんの再起から、話が土方歳三と山南敬助になってしまった。
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プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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