村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

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●スクープ!!総司の顔は…●沖田総司の伯父、宮原久五郎の写真を発見

管理人より注:
このブログは数日前に村瀬氏から送られていたのですが、写真掲載の許可をいただいていた為、UPは今日になりました。
また、写真の無断転移などはご遠慮ください。


――母、梅は宮原家の出であると日野では伝わっていたが、本日さらに確信を強めた――



↑宮原久五郎氏(総司の叔父)
写真の拡大模写絵
画像クリックで大きな画像
顔アップはこちら

今日(8月10日)、朝一番から総司の母親の実家といわれている宮原家に行ってきた。
御当主の宮原久男氏が体調を崩されて長らく横になっておられたのだが、ここでようやく人と話ができるまでに回復したと、お嫁さんからご連絡いただいたので、さっそくお邪魔したのだ。

ここ日野では、ごく一部の人たちではあるが、惣次郎の母親は宮原家の出であると語られてきている。
勿論、宮原家ではそのように伝わっているし、子孫の久男氏自らそのようにおっしゃておられる。
だから、僕は自分の作品の中でそのように書かせていただいた。
だが、もっと確信を得たい。
じかに宮原家の方々からお話しをお伺いして、一刻も早く生で確かめたかった。

総司について、何故こんなにも資料が少ないのか。
でも、これは総司に限ったことでもなく、新選組関係の資料、遺品類などは、明治に入っていち早く焼いたり埋めたりして処分したか、蔵や納屋などの奥底に隠したものなので、遺品は少ないのである。
特に、近藤をはじめ土方、沖田、井上などは新選組の中枢人物だったから、余計である。
土方家に残る天然理心流の中極意目録の免許状は『土方義昌』と改ざんされていたが、官憲の目をくらますための算段だったのだろう。

あの、板橋での近藤の処刑をみれば判るように、薩摩の有馬藤太が反対する中(西郷の温情があったか?)、土佐の連中の強引な厳罰主張に屈して斬首となり、しかも、その首は京都の三条まで運ばれて晒された。
当時は坂本龍馬の暗殺犯としての疑いが晴れていないときだったので、新選組に対する恨みが二重にも三重にも重なっていたから、運が悪かった。

総司の遺品は、一体何処に行ってしまったのだろう。
慶応4年5月30日に、千駄ヶ谷の植木屋の離れで亡くなったと伝わるのだが(浅草説もあるが)、それにしても遺品がまったくないのである。

幕末の京都を震撼させた、新選組。
この組織によって命を奪われ、また、命からがら生き延びた桂小五郎のような攘夷の志士は、長州や土佐をはじめ半端な数ではない。
沖田総司は、その新選組の一番隊隊長であり副長助勤筆頭である。
新選組が恐怖の対象なら、総司はその徳川方、反動勢力の象徴的な存在であった。それだけに、その死は極秘にされ、深夜人目を避けてそっと、麻布の専称寺に遺体は運ばれたに違いない。
遺品類は、ことごとく処分されたと見るべきである。
只、刀は残ってもよいような気がする。
菊一文字はありえないとしても、どこかに。

久男氏はおっしゃった。
「終戦の年まで、うちに刀がありました。戦争で挑発があったので供出しました」と。

もしかして、それがーーー。
もう、後の祭りである。
刀だけが残され、何処にも持っていく当てがなかったから、母親の実家に収めた可能性はあると思える。
宮原家は、今は建設業をしておられるが、昔は百姓屋だったそうだから、刀といえば総司のものの可能性は高いのである。

日野には、昨年お亡くなりになられたが、谷春雄という郷土史家がいて、この人が新選組について、また総司についてよい研究をされていたので、そのことについて、僕は、ずっと検証したかった。

宮原家にお邪魔して、とてもたくさんの収穫があり、今日は朝からルンルン気分だ。
だが、残念なことに、書類など文書では一切、残っているものはなかった。
すべてが言い伝えとしての『語り』なのだが、それでも、十分に納得のいく内容で、大変興味深いものがある。
ただひとつだけ、久男氏が最近発見されたと見せてくれたものがある。
総司の母の兄弟で、久五郎の写真とそれを拡大した絵だった。(上参照)

総司にしてみれば、伯父に当たるわけで、母の兄弟だけに似ていても不思議はない。

ちなみに、姉、みつの晩年の似顔絵というものが紹介されていて、多くの人がすでに知っているところだが、本日僕が見せてもらった久五郎氏の顔と比較してみると、なんとなく似ているような気がする。
少なくとも、昭和に入ってみつの子孫の要さんをモデルにして描いたという、例のあのヒラメ顔とはだいぶ違う。
僕が見た久五郎さんは、実に精悍で強そうな、武士にしても立派過ぎるほどの様相に見える人だ。
近藤さんや土方さんよりも、もっと強そうにみえる。
その人が久五郎である確認は、写真に宮原久五郎と書き入れてあったからだ。


↑これは下の写真(絵の元になった)の裏。



↑画像クリックで拡大写真。

今日、お会いした久男氏は「祖祖父の久五郎爺さんが立派な人だったので、祖父(磯次郎)が久の字を取って、つけてくれた名だ」といっていた。
久男氏の祖父の連合いは『ヌイ』という人で、この祖母からたくさんのことを久男氏は聞いてきたということだ。

肝心なことだけをいうと、総司は久五郎の姉妹の息子であると聞いてきたことである(姉の子か妹の子かがはっきりしない)。
これは、日野の昔話に詳しい、幾人かの人たちが言い伝えてきていることである。
僕は、土方が京都から何通も手紙を出している中で、そのうちの2通は平佐平宛だったように記憶している(1通は元治元年、正月10日だったか、将軍警護の布陣が描かれている絵入りのもの。
もう一通は、長州征伐に行くにあたって、命はないかもしれないから、高幡山の貴僧によろしくというもの)。

この平家は土方歳三の実家とは親戚関係にあって、その子孫が平拙三さんである。
拙三さんは今年で80歳にもなるお人だが、記憶は鮮明で、昔話を僕に、よく教えてくださった方である。
その拙三さんも、先日お伺いしたとき、「沖田は日野の人間さ」と力説されていた。

ただ、裏づけが欲しいのであちこち飛び回っているのだが、文書としては出てこないが、今日の話と写真でいっそう真実味が増してきたように思う。
文書として残っているのは、井上泰助(源三郎の甥)が沖田ご祖母様(みつ)あてに出す予定だった手紙の下書きが存在することである。
この中で、かなり沖田家、井上家(本家、分家とも)、宮原家の関係が尋常でないことを示している。そして、この中に宮原久五郎の名が2箇所で出てきている。
この下書きの中身は、ちょっと深刻で、ミツのせがれ芳次郎と泰助の妹花との縁談のもつれのことだから、内容的には公にしたくないところだが、すでに井上家は公開してくれている。
このおかげで、僕たちは、その三家の関係の深いことを知るのである。

それでは、沖田家と宮原家がなんで婚姻を結ぶような関係になっているのかという、難解な問題がある。
その後、沖田家と井上本家、分家と姻戚関係が生じてきていることは、周知の事実であるのだが、沖田と宮原がどうしてーーーというのはなぞである。
ただ、考えられないことはないな、という推測がひとつ、本日たった。
それは、次回のブログに回したい。
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コメント
No title
学校のレポートで沖田総司のことについて調べているので、
この写真、使わせていただいてもよろしいでしょうか?
2012/08/07(火) 13:51 | URL | #-[ コメントの編集]
お琴さんですか
良いお名前ですね。

僕は、琴の音色が大好きなので。
それに、歳三の初恋も「お琴さん」でしたね。
アレが、お役に立てたなら、本望です。
これからも、総司の真の姿について、探求しましょう。
2010/02/10(水) 23:58 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
はじめまして。お琴と申します。私は前から新選組に興味があり、色々と調べていたのですが沖田総司のことについては謎が多く、困っていました。写真も残っておりませんし・・・。その時この記事を拝見して、とても助かりました。これで沖田さんのお顔がなんとなく分かった気がします。ありがとうございました!(*^_^*)
2010/02/09(火) 17:33 | URL | お琴 #4/ZU6LZ6[ コメントの編集]
叔父の写真
もう少し、詳しいことを教えてください。

あの写真は、宮原久五郎という人で、僕は(恐らく)総司の
叔父に当たる人であろうと推測している方です。

彼は、天保5年10月9日生まれで、偶然近藤勇と全く同じ
生年月日でした。
大正7年までいきて、大変高齢でした。
アレは、なくなる少し前に撮ったものでしょう。
でも、いい男っぷりですね。
きっと、沖田さんもーーー。

例のひらめ顔は、沖田要さんの顔を参考に描いたものですから、全然沖田総司とは違うものです。

ところで、学校のレポートで使いたいとのこと。
あの写真は、久五郎子孫の久雄氏が健在の頃、特別、僕に見せてくれたもので、特に、許しを得てココに載せたものでした。
勝手に様々なことに使うことは許されませんが、そういうことなら、子孫の方々もお許しくださる音と思われますので、どうぞお使いください。
出来れば、出来上がったら、それを僕に見せて下れるとありがたいです。
僕から、宮原家には伝えておきます。
2009/08/08(土) 00:17 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
お願いがあります
はじめまして。
今回ウィキペディアからリンクさしていただいたのですが、学校のレポートで沖田総司について調べているところなのです。
それで、この総司の叔父の写真を使わせていたただけないでしょうか?
2009/08/07(金) 09:59 | URL | いちご #-[ コメントの編集]
こんにちは
いつも見ています。継続してアップ凄いです。私も頑張ります。ここのところ寒いので風邪などに気をつけて下さい。応援しています。
2008/11/10(月) 11:25 | URL | 暁生 #-[ コメントの編集]
みんな の プロフィールは、アクセスアップをお手伝いするサイトです。
http://blog.livedoor.jp/mihomopr/


より多くのひとに貴方のブログを見てもらえます。
2008/04/26(土) 11:44 | URL | みんな の プロフィール #-[ コメントの編集]
はじめまして
こんにちは!

2006/11/16(木) 19:53 | URL | 名無し #-[ コメントの編集]
torayoさんありがとう。
お返事が遅くなって、大変申し訳ありません。
torayoさん、はじめまして。
TBありがとうございます。
当方、まだまだ未熟者ですが、よいご指導をお願いいたします。
2005/11/14(月) 01:57 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2005/10/30(日) 23:48 | | #[ コメントの編集]
Aki_1031 さん、しばらく待って
この間、総司の伯父に当たる人の写真と絵を載せましたが、そこから先の調査については、今、もっと研究しています。
もうしばらくお待ちくださいね。
2005/08/25(木) 23:54 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
ヒラメ顔?!
こんにちは~!
以前、谷春雄さんの本に
“ヒラメ顔というのは、のっぺらぼうという意味ではなく、
一族や兄弟みんな目が寄っている”という話を読んで、
そういう意味だったの?!と驚いたのですが、
こちらでお写真を拝見させて頂いて
すっごーく納得!&感動しちゃいました!
きっと総司も似た感じの人だった…と思いたいです(笑)。

素敵なお写真を公開して下さったこと、本当ありがとうございました!

沖田家と宮原家の繋がりの謎…
楽しみに待ってますね♪
2005/08/25(木) 01:40 | URL | Aki_1031 #0MwVZZKo[ コメントの編集]
jules さん、そうですか。
宮原様の、もしかしてお嫁さんですかね。

その方のお陰なのですよ。
今回の発見までいけたのは。
そのお嫁さんが僕に連絡を下さって、そして、宮原久五郎の子孫の久男様にお会いすることが出来ました。

とてもご親切で、穏やかな人です。
それでいて、あの精悍な久五郎さんに顔がそっくりです。
いかにも、子孫という感じがしますよ。

だから、総司もきっと、似ているのではトーーー。
この一族が皆この系統の形相みたいに。

僕の本、お買い求めしてくれて有難うございます。
じゃ、まだ全部はお読みになっていないかもしれませんね。

この本は、歳三が主役ですが、総司のことも愛情を持って書きました。
だって、日野の出ですし、あの新選組の中で有一、冗談ぽくひょうきんな男であったし、それでいて強くて頭もいい。
土方を書いていて、僕には、ホッと、一息つけるタイプの人です。
じっくり読んでくださいね。
特に、山南との最期のシーン。
場所は嵐山ですが、僕が大変気合を入れて書いたところなので。

実は、昨日嵐山に行って、総司と山南が最後に二人で湯豆腐を食べたと思われる茶店に行ってきました。
勿論、僕が作ったお話ですが、後追いですが、きちんと検証しておきたかったのです。

この店だなと、確信を持って帰ってきました。

こういう写真を公開することを承諾くださった久男氏には、何よりも最大級の感謝です。

だって、これから、久男氏のところには多くの人たちが押し寄せることになるからです。
その応対だけでも、病み上がりの久男氏には負担になるのではと、思うからです。

それでも、OKしてくれたのは、ご自分が沖田総司や歴史に何か役に立つのならという、ご奉仕のお気持ちであったような気がしています。

改めて、久男氏やお嫁さんに「ありがとう」といいましょう。
2005/08/22(月) 07:07 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
ゆきまるさま、コメント有難う
昨日と一昨日、京都にいました。
実は、僕のホンの中で書いた『石田散薬』なのですが、原料のミゾソバを探しに行っていたのです。
嵐山から松尾大社、あの辺りを散策しました。また、下賀茂神社の辺りも探しました。
天気が暑いばかりでなく、突然の豪雨、というかすごいスコールが断続的にやってきまして、参りました。

残念。
見つけられなかったのです。
でも、きっとあるようなきがして、また行きます。

沖田君の写真が残っていないので、皆さん、想像をたくましくしていますね。
今回の、伯父さんの写真は、総司のイメージ作りに何か、お役に立てばいいなと思います。
2005/08/22(月) 06:44 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
もまさん、箱館ですか
私は今、京都から帰ってきたばかり。
現在、8月22日午前6時30分。
そう、ちょっちゅう、京都に行くので、深夜バスです。
何せ、新幹線より半分の経費で済むので。

今回の目的は、京都国立博物館で開催中の坂本龍馬展に行くことと、僕のホンの中で書いたことを、後追いで検証に行くことでした。それが、なかなか難しくてーーー。

沖田君のファン、増えそうですね。
2005/08/22(月) 06:36 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
凄い情報をありがとうございます
村瀬様
初めまして、Julesと申します。さっそくTBさせていただきました。
実は、先日不思議なことがありまして、【人間土方歳三~】をたまたま購入させていただいた翌日に、知り合いから、「自分のお稽古事の生徒さんに宮原さんとおっしゃる方がいて、その方は沖田総司の母方の子孫らしい。日野市役所で働いている研究家の方が調べて教えてくれたそうです」とメールを下さいました。
その研究家の方、が村瀬さんでいらっしゃったのですね!
本当に偶然本を購入した翌日のメールでしたので、長年新選組を愛する者としては、とても不思議な縁を感じました。
今回の写真もドキドキしながら拝見させて頂きました。
今後もまたいろいろなお話をここで伺えるのを楽しみにしております。
2005/08/21(日) 08:33 | URL | jules #uU.7yVco[ コメントの編集]
男前ですねー
村瀬様、こんばんは。

大スクープをありがとうございます。
本当に精悍で強そうなお顔ですね。土方副長や近藤局長のように、総司には写真が残っていないので、いつも顔に靄がかかって、ぼんやりとした印象だったのが、だいぶはっきり思い描けるようになりました。
どうか面影が残っていてもらいたいものですね。

最後になりましたが、TBさせて頂きました。今後も宜しくお願い致します。
2005/08/19(金) 23:49 | URL | ゆきまる #xtc7akX2[ コメントの編集]
凛々しいヒラメ?
これは本当に大きなスクープですね!
強くて性格がよくて本物の美形!とあっては、ますます沖田ファンが増えそうです。
きりっとした表情の中にも、どことなく優しさが感じられて、にこにこしたら子供に好かれる愛嬌者の顔になるかもしれません。
伯父甥の関係なら、確実に似ていると思うのですが、「ヒラメ」には見えませんね。

明日から函館に行って参ります。
久々の五稜郭、楽しみです。^^
2005/08/19(金) 21:14 | URL | もま #tHX44QXM[ コメントの編集]
うつぎさま、肖像画ですか。
言われてみれば、そうですね。

この写真、肖像画から総司の姿を描いたら、きっと、土方歳三以上になってしまうよ。

歳三ファンからよしてくれといわれかねないと、思えるほど、この宮原久五郎という人、いい男っぷりですね。
爺さんになっても、これですからね。

実は、僕がお会いした宮原久男さんですが、このお方もこの久五郎さんに顔がよく似ていますよ。
この一家、きっと、こういう系統の顔つきなんですよ。
ということは、総司もーーー。

でも、怒ったら恐そう。
だから、総司の稽古は厳しく、誰を相手しても、手加減てモノがなかったと、日野では伝わっていますが、なんとなくその感じわかるような気がしますね。
2005/08/19(金) 20:59 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
みみぃさん、はじめまして
目力ですか。
そうですね。その通り、迫力のあるお方ですね。
この人が、伯父に当たるんですね。

この写真は、恐らく明治に入って本人が65~70歳ぐらいの間で撮ったものだと思うんですが、この人の若い頃を想像してみてください。
このままの顔で。
すご~く、美男子だったのではないかと思うんです。
もしかして、あの、土方以上の男前。
総司も甥に当たるわけで、きっと似ていた。
そう思うと、青年剣士沖田総司に胸が膨らんでくるようです。
この後も、楽しみにしていてください。
2005/08/19(金) 20:47 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
はじめまして
みみぃと申します。
いつも楽しく拝見していますが、コメントするのは初めてです。
今回、総司のおじの写真発見には驚きました!!
目力のある方ですね。村瀬さんが書かれているように、
まさに「武士にしても立派過ぎるほどの様相」です。
総司も、母方の顔を受け継いでるといいなぁ・・と思いました。
沖田家と宮原家の関係の話も楽しみにしています。
TBもさせて頂きましたので、よろしくお願い致します。
2005/08/19(金) 13:43 | URL | みみぃ #-[ コメントの編集]
こんにちは、いつも楽しみに読ませていただいています。
今日は、総司のおじさんの写真発見に驚愕、思わず書き込みTBもさせて頂きました。
精悍さも、澄んだ目も印象的な方ですね。こちらを元に総司の肖像画ができたらなぁ、と期待してしまいます。
村瀬氏の調査に敬意を表しつつ、続きのお話も楽しみにしております。
2005/08/19(金) 12:15 | URL | うつぎ #b5.M5V.g[ コメントの編集]
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総司の母方の伯父

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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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