村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

京都で、みぞそば狩りをしたのだが――

8月の20,21日に、京都へ行って石田散薬の原料、みぞそばを探しに行った。

僕の本の中では、慶応元年8月に、総司の提案で新選組は暑気払いを行い、嵐山で遊んだことになっている。
その帰り道、嵐山の渡月橋を渡って松尾大社まで南下し、再び桂川を渡る辺りで土方歳三がみぞそば(牛額草)を見つけ、隊士たちに採取させるというシーンである。

実際にそのルートを自分の足で歩いたわけではなかったので、生で確かめたかったのである。
僕のイメージしたとおりの雰囲気だったのであるが、残念ながら、みぞそばは発見できなかった。
京都ではこの「みぞそば」を「かえるぐさ」とか「ぎゃーるぐさ」などと呼んでいるもので、ソバと同じタデ科の植物で、日本全土の山野の水辺に群生する一年草だそうだ。
溝に生えるから『溝蕎麦』というのだ。葉の形が牛の顔によく似ていることから、牛額草とも呼ばれる。

桂川沿いには発見できなかったので、翌日には下賀茂神社へ行って境内に流れる小川沿いをくまなく探して歩いたのだが、ここでも見つけられなかった。
でも、きっとあるに違いない。
そして、歳三は京都でも作ったに違いないと思うのだ。

日野でさえ、群生しているところは限られているのだ。
京都だって、何処にでもあるというものでもないだろう。
限られたところにあるに違いないのだ。
探し当てるまで、根気よく歩こう。

今回、一度は体験してみたかったから、保津川下りの舟に乗った。約1時間40分もかかる渓流下りで、結構スリルがある。
それに、眺めの素晴しさに加えて夏の暑さの中、身体に降りかかる水しぶきがなんとも気持ちよい。
船底が川底にある石にこすれて『ガガガ』と響き渡る。大きく揺れるたびに、お客たちが歓声を上げる。
流れが緩やかになったと思うと、再び急流に変わる。
何度も繰り返す。
行き着く先の終点が、皆さんよくご存知の、あの平安絵巻を再現して舟遊びをする、渡月橋の北側の川幅をゆったりととってある情緒あふれる嵐山なのである。
これも千年の都、京都である。
一度は体験されることを、お勧めする。

今回、嵐山にこだわったのは、僕の本の中で『渡月橋の花嫁』という山南さんと総司との別れのシーンがあって、それも検証したかったからである。
現場をよく確かめもしないで書いてしまったことに対する無責任を詫びなければならないのだが、後からでも確かめておきたかったのだ。
本の中では雪のちらつく嵐山であったのだが、慶応元年2月23日はどのような天気だったのであろうか。
雪のちらつく嵐山にさせていただいたのだが、よくよく考えてみると旧暦だからもう春めいていたのかもしれない。

でも、あの、井伊直弼が殺された桜田門外の変だって、3月3日だったのだから、2月23日に雪が降っていてもいいか。
などと、自分に言って聞かせた。

船を下りてから、総司と山南さんが二人で食べた湯豆腐屋を探した。ちょうどよいところに、それに相応しいお店があった。
江戸の末期にも、きっとこの場所に同じような料亭があったに違いないと確信を深めた。
そこで、湯豆腐を食べた。
えっ、真夏に湯豆腐。
でも大丈夫。
お店の中は冷房が効いていて、湯豆腐を食べるのにちょうどよい気温になっているのだ。

僕が書いたとおり、京都の湯豆腐は関東のものとは違って、薄めのスープ仕立てのたれの中に豆腐を浸して薬味と一緒に口の中へ流し込むのだ。
だから、総司が幼少の頃から口にしていたものとはちょっと違う。僕の幼い頃も、お袋が作ってくれた湯豆腐は、豆腐がゴトゴトしている脇に実に濃い目のたれの入った器が浸してあって、それにつけて食べるのだった。
ちなみに、僕の母親の生まれは浅草の三筋町というところだ。

真夏でも、湯豆腐はおいしいですよ。
スポンサーサイト
コメント
ままこっちさん、おかえり。
あなたの息子さん、8月27日に参加できなかったので、参加者たちの殆んどが残念がっていましたよ。

みんな、再会するのを楽しみにしていたようです。
石田散薬が、仲間を作る役を買って出たのかもしれません。

参加された女子高生が、ブログにコメントくれました。
学校では新選組のこと話せないけど、日野に来て思いっきりお話できたと。

そうですね。
今度から、新選組のこと、思いっきり話したい人は、日野へ来てくるといいね。
それも、僕のいる歴史館に。
出勤しているときを捕まえてください。
話し相手になりますよ。
そうか、館の中に、『ヒジ語るコーナー』でも、作ろうかな。
誰でもが、話せる場として。
日ごろの鬱憤、ストレス解消の為にも。
意外に、学校や職場では出会えないタイプの人たちと友人になれるんですよね。

何だか、ままこっちさんというより、多くの人に語っているみたいになってしまいました。

会津にみぞそば、ありましたか。
よかったですね。
採取して以来、あなたも川べりを歩くたびに、草を見てしまう習性がついてしまったようですね。
僕は、実は、もうそうなっています。

京都になかったのは残念なのですが。というより、まだ、大して探していないので(桂川沿いと下賀茂だけですから)、もっと探してみます。

歴史館が開店したら、是非いらしてください。
2005/09/02(金) 00:16 | URL | 村瀬彰吾 #VvKxtd/k[ コメントの編集]
京都のみぞそば、見つかるといいですね。
歳三も川辺を通るとき、ふと気が付くと見慣れた葉を探していたかもしれません。

さて、今回参加できなかった娘が、27日に少し持ち帰らせていただいた乾燥みぞそばで石田散薬を作り、宿題のレポートとして、今日無事に提出してきました。
「江戸時代民間家伝薬を作る」と偉そうなタイトルです。
フライパン、すり鉢、茶漉しで、きちんとそれらしいものが完成しました。
今回の企画に、改めて感謝いたします。
2005/09/01(木) 23:46 | URL | もま #tHX44QXM[ コメントの編集]
村瀬さんこんにちは。
7/30の石田散薬Aコースに参加した川崎のままこっちです。
2回目は残念ながら会津旅行とマンションの夏祭りの関係で参加できませんでしたが、とても良かったようで何よりです。次回もこのようなイベント是非企画してください!
ところで会津にも「牛額草」ありましたよ。東山温泉の川沿いと、奥会津「塔のへつり」の川傍です。意外といろんな所に生えていると思いましたが、京都は少ないんですかね。現代は当時よりも気温が上昇しているので、少し涼しい場所を探してみると見つかるかもしれませんね。
2005/09/01(木) 22:40 | URL | ままこっち #-[ コメントの編集]
コメントの投稿
【Font & Icon】
管理者にだけ表示を許可する
村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
    サイトに関してのお問い合わせ(動作不具合など)は管理人までお願いします。
    村瀬へのメールはこちら






リンク
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

カテゴリー
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新の記事
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

最近のコメント
最近のトラックバック
ブログ内検索
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。