村瀬彰吾がつづる新選組話題を含む日記&エッセイ。

勝海舟は、百年後の日本を憂えて行動を起こしたが

勝海舟は、元治元年9月の11日だったか、薩摩の西郷吉之助と初めての面会を大坂で行なった。
 この時、「幕府はもうもたねえから、薩摩をはじめとした雄藩で連立して政を行なうように」と、幕臣とも思えない発言をして西郷を驚嘆させ、また、其の時から二人の友情が始まったと伝わる。
 この時点で、勝は藩や幕府を否定して、日本国全体をどうするかを考えていたのであり、この発想が、弟子の坂本龍馬に伝えられた。
 果たして、百年後の日本はどのようになったのか。
 新選組が池田屋に襲撃をかけ、幕末の最終幕がきって落とされたのは元治元年であった。これは西暦で1864年だが、百年後の1964年は例の、東京オリンピックが行なわれた年で、私は高校二年だった。確か、入場行進を池袋の大スクリーンで、女の子と一緒に観ていた記憶がある。
まあ、それはいいとして、このオリンピックの年に新幹線が東海道を走り出し、日本の国が高度成長期に突入したわけだ。一面、何もかも、物、金が優先される時代に入り込んだともいえる。
よい大学を卒業して、よい企業に就職して、一生を会社にささげ、いわゆる企業戦士といわれる男たちが出現した。
この人たちのおかげで、日本という国は発展した(?)。
家庭なぞ顧みない、仕事のためという「印籠」を前面にブル下げれば、有無を言わせず女房子供を黙らせ、その実、休みの日には、接待と称してゴルフ三昧だ。だから、この狭い国土におびただしい数のゴルフ場が開発され、生態系まで壊してしまった。この頃、私もゴルフを始めた。そして今も行なっている。だから大きなことを言えた義理じゃないのだが、ゴルフそのものが面白いから仕方ない。
結果、親父とほとんど会話を交わしたことのない子供たちがたくさん出現し、夫の定年まで我慢して、晴れて離婚を楽しみにする妻たちまで現れた。定年後に、妻から引導を渡されて、慌てふためく馬鹿な男たちにあきれるのだが、そういう自分も気をつけなければならないが。
この間に、妻たちの不倫という社会問題も起こったし、ゆがんでいく子供たちが大勢できてしまった。

ここ数年、3月あたりから、毎年『花粉症』で悩ませられる人たちがいる。僕はたまたま罹ってはいないのだが、今年の花粉の量は半端じゃないらしい。去年の10倍にもなると、連日ニュースは伝えている。
百年前には多分、花粉症などという症状はきっとなかったに違いない。いや、僕の若い頃だってそんなものなかった(自分じゃ今でも若いつもりだが)。
何故。
この花粉、そのほとんどが杉の木のものという。人工的に植えたものらしい。人工的なら、人工的に除去できないの?と思うのだが。
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村瀬執筆 時代小説
プロフィール

村瀬彰吾

  • Author:村瀬彰吾
  • 2004年大河ドラマ「新選組!」の決定以来、新選組特命主幹、日野市立新選組のふるさと歴史館館長を経て芸術文化担当として歴史に触れる毎日の生活を送っている村瀬彰吾のブログへようこそ!
    日野市在住。2006年に小説「人間 土方歳三」を出版しました。小説の詳しい情報や通販はH Pに。
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